第三話 妖魔の土地
ダグ・ドーソンの人生はことごとく誰かに振り回されている。
しがない農家の三男坊として生を受け、幼いころから受け継げるわけでもない畑で働かされ、やってくるゼインクルの役人たちに横柄に税をとりたてられてきた。
十五になるころに家を離れ、腕っ節の強さから地位を求めて兵士に志願するが、結局そこでは横柄な貴族や生まれついての騎士共にこき使われ、楽しくもない仕事を淡々とこなす日々。隣国との戦争でも手柄は全部騎士達に持って行かれ、命がけで戦っていたダグたちは結局端金だけ渡されて馬鹿を見た。そしてその不満も冷めやらぬうちに領内で化け物が溢れ、挙句仕えていた領主の汚職がバレて共に育った兄たちにすら悪党の手先扱いされる始末である。
『知ったことか』、と誰彼構わずそう叫びたい。町を歩き、兵士としての仕事をこなすたびにそう思わされる。ダグ自身は領主の汚職になどまるで関わっていないし、それによるいい目などまるで見られたこともないのに、街の連中は自分たちの姿を見るたびに怨みがましい目を向けてくる。
そして何よりも我慢ならないのが、そんな連中のためにダグが唯一無二の命をかけなければならず、そしてその命すら得体のしれない化け物に奪われかけてると言う事実だ。
「クソ……、クソォッ!! ふざけやがって……、ふざけやがって畜生!!」
ダグの目の前には今、体のあちこちに大量のカタツムリの殻を生やした巨大なカエルがあさっての方向を向いて鎮座している。殻の中にはしっかりと中身が入っているものも多く、ダグの同僚の一人などカエルに踏みつぶされたあげく足から生えたカタツムリにバリバリと食べられた。十六人もいた兵士たちはすでに壊滅状態で、踏みつぶされるなどして死体として転がっているのが四人で食われた者が三人、残る八人に至ってはすでにダグを見捨てて逃げだしており、暴れるカエルに跳ね飛ばされて怪我を負ったダグを助けようと言うものは一人もいない。
唯一良かったのは部隊をこんな壊滅状態に追い込んだ無能で横柄なな騎士の指揮官がカエルの腹に収まってくれたことだが、そんなものは今何の慰めにもならない。死んでからも助けてはくれないと言う意味で、あの騎士はとことんまで無能な存在だった。
(くそぉ……!! 俺の命はこんなにお安くねぇぞ!! だってのに、畜生っ、畜生っ!!)
折れた足を痛みをこらえて引きずり、ダグはどうにかカエルから離れようと地面を這いまわる。だが無情にもカエルはダグが一ギーマと離れないうちにこちらへと向き直り、その虚ろな眼玉をぎょろりとこちらに向ける。
否、こちらを向いているのは片方だけだ。もう片方はどんどん眼窩からはみ出し、目玉のあった場所から新たなカタツムリが湧いてくる。
「ひぃ、ひぃぃぃぃ……」
もはや喉から漏れ声を抑えることすらできなかった。農村育ちのダグだが、カタツムリと言う生き物がここまで醜悪だと思ったことはかつてない。
カエルの口の動きがやけにゆっくりと、しかしはっきり見える。ダグにとって死刑宣告にも等しいその口の動き。そこから飛び出す舌こそが、三人もの人間をカエルの胃袋へと放り込んだ元凶だ。
「やめろぉ……、やめてくれェア!?」
悲鳴を上げようとしたその瞬間、いくつもの炎弾がカエルの横っ面へと炸裂し、強烈な熱風がダグの体を弄ぶ。
耳の鼓膜が痛みを訴え、あまりの閃光に目を開けることこそ放棄したその瞬間、何かが体に絡みつき、ダグの体が勢いよく後方へと引きずられる。
「いがぁっ、なんだっ、なんだってんだ畜生!?」
折れた足の痛みと突然の状況の変化にダグが慌てて周囲を見渡すと、自分の体に鎖のような魔術が絡みつき、その先に最近よく見るようになった忌々しいよそ者たちの姿が目に映る。
(ああ、畜生。こいつらに助けられたのかよ……)
どんどん遠ざかっていくカエルの姿に安堵の感情を覚えつつ、ダグは結局騎士だの貴族だのといった連中に助けられてしまったことに内心で煮え切らない感情を覚える。
同時に、ダグはカエルから遠ざかる自分とは正反対に、恐るべき速さでカエルへと向かう見慣れない風体の男を見てとった。
ひどく特徴的な、明らかにこの国のものでない顔立ち。珍しい黒い髪を頭の後ろで縛ったその男は、人間とは思えぬ猛烈な勢いカエルめがけて肉薄していく。
どこを見ても化け物ばかりだ。
遠くのカエルではなく、すれ違った人間を見て、ダグは改めてそう感じた。
村が近づき、その気配を感じられるようになると同時に、忠継はすぐさま動きだしていた。
他の騎士の後ろに乗る形でここまで乗って来た馬の背を飛び降り、全身に魔力を巡らして気配のもとへと走り出す。
叩き出す速力は既に馬より早い。この国に渡った際に転移魔術の影響で肉体が恐ろしく強化されてしまった忠継だが、今はその肉体を魔力で強化してさらに速力を上げている。
地面を蹴り飛ばして既に戦闘を開始している顔見知りの騎士達の間を駆け抜けて、引きずられる形で助け出された兵士と入れ替わるように妖気の源へと走り寄る。
忠継が一気に距離を詰め、鯉口を切って抜刀しようとしたそのとき、
「っ!!」
再生したカエルの頭部が急激に膨らむのを目にし、忠継はとっさに右へと身を躍らせた。
直後に忠継がいた場所をカエルの舌が通り過ぎ、背後の地面を粉砕して常人では目にもとまらぬ速さで口の中へと戻っていく。
(飛び出した舌を切り飛ばせれば早かったのだが……、やはり大元を叩くしかないか)
この世界の服装になっても変わらず腰にさし続けている刀の感触を確かめながら、忠継は腰を落として相手の動きに対応すべく身構える。
対するカエルの反応は予想以上に早かった。
「っ!!」
こちらへの警戒心もなにもなく、ただ莫大な脚力を持ってして、カエルは闇雲に忠継めがけて飛びかかる。
ただしその大きさは忠継の実に数倍。まともにぶつかれば、忠継など簡単に吹き飛ばされてしまうほどの巨体だ。
(だがどてっ腹が隙だらけだぞ!!)
対する忠継の対応は実に単純だった。自身も身を低くして走りだし、宙を飛ぶカエルの真下へと潜り込む。
これはある程度妖魔全体に言えることだが、元が小さい生き物が巨大化した場合、高確率でその妖魔は自分の真下からの攻撃に対応できない。エルヴィス曰く小さい生き物は踏みつぶされることはあっても下から襲われることはめったにないため、体が構造的にそうなっているとのことなのだが、要するに一度懐に入られてしまうとろくに反撃できないのだ。一度懐に入ってしまえば、後は忠継なら一刀の元に相手を斬り捨てられる。実際、忠継がこの一か月の間に刀の錆とした妖魔の中にはこの方法で葬ったものが数多くいるのだ。
ただし、それでもまったく例外が無いわけではない。
「むっ!?」
カエルの腹の下で、忠継が抜き打ちを放とうとしたその瞬間、突如カエルの腹が盛り上がり不気味な触覚が顔を出す。
とっさにカエルの腹を狙っていた居合を湧き出したカタツムリめがけて叩きこむと、巨大化して醜悪さを増したその生き物はあっさりとその姿を消滅させ、同時にカエルの巨体が忠継の背後へと着地した。
すぐさま走る勢いを殺して背後へと振り向くと、こちらに背中を向けるカエルの巨体から続々とカタツムリが湧きだしているのが見て取れる。
(表面のカタツムリを切ってもカエルが消えない。やはりこやつ『寄生型』か)
いきなり相性の悪い相手へとぶつかったことに、忠継は内心で舌打ちしながら右手の刀に加えて左手で脇差の方も抜き放つ。
この一ヶ月間、ゼインクルにおいて妖魔を退治する中で、エルヴィスは忠継の【カタナ】への反応から妖魔を三種類の型に分類していた。
一つ目は一番数の多い『融合型』。妖魔というのはゼインクルで使われた【死属性】の魔力が、死に際の生き物の生への執着によって変質し、それがさらに何匹もの生き物のにとり憑き、それらの死を経験しながら集まることで生前の形をとるようになった魔力のことだ。そのためその姿はとり憑いてきた生物の姿に酷似しながらも、いくつかの生き物の生前の情報が混在しているため、生き物が混じり合った形になる場合が多い。
『融合型』というのはこの性質に即した姿をした妖魔のことで、にわとりの羽が生えた猫だったり、蜘蛛の足が生えた梟だったりと、基盤になる生物の体から別の生き物の体が生えているものなどは大体がこれだ。
対して、残る二つの方は『融合型』にさらにもう一つ過程が加わる。その一つが二体以上の『融合型』の妖魔が接触することで生まれる『合体型』の妖魔だ。
妖魔というのは不思議なもので、それぞれ別々に活動していた個体がぶつかるなどして接触すると、まるで二つの水滴が合わさって一つになるように組織同士がくっついて、一体の妖魔へと統合される性質がある。この『合体型』の妖魔は体こそくっついていてもその本質は二体のままで、外見的にも頭が二つあるなど分かりやすい部分が多く、それぞれがくっついたまま独立して獲物を襲おうとするため比較的動きが支離滅裂になりやすい。ただし忠継の【カタナ】で斬った場合、『融合型』が一太刀で丸ごと消滅するのに対し、『合体型』はくっつきあった片方だけが消滅し、もう片方が残って暴れ続けてしまうと言う厄介な点がある。
そして最後、これが忠継にとって最も相性の悪い、『寄生型』の妖魔だ。
(……まずいな。湧きだすカタツムリの量が増えてきている)
目の前のカエルの、ほぼ全身からわきだすカタツムリを見ながら、忠継は苦々しい思いと共に舌を打つ。
『寄生型』というのはこの目の前のカエルのように、基盤となる妖魔の中から小型の妖魔が大量に湧きだしているような妖魔へつけられた名称だ。
発生過程については実際に見たものがいないためよくわかっていないが、エルヴィスなどは何らかの理由で妖魔が別の妖魔、あるいは妖魔になる前の【妖属性】の魔力を体内にため込んだ生き物を食って合体した、特殊な形の『合体型』なのではないかと予想している。
そして、この『寄生型』の最も厄介な点は、表面からわきだす小型の妖魔を斬っても、『合体型』同様斬り付けた妖魔が消滅するだけで本体には何ら影響がない点だ。しかも小型の妖魔の方も斬りつけても次から次へと湧いてくるため、湧きだした妖魔は忠継の【カタナ】にとって天敵とも呼べる最悪の鎧となる。
(この様子では普通に斬りつけても湧きだすカタツムリに阻まれておいそれとは届かない。まあ、それでも斬り続けていればいつかは届くかもしれないが――)
それまでこのカエルが、大人しく斬られていてくれる保証はない。
「――来た!!」
飛びかかるカエルを真横に跳んで回避し、続く追撃の跳躍を先ほどと同じく真下を駆け抜けて切り抜ける。すでに腹からも溢れてこちらに食らいつこうとする大量のカタツムリを二本の刀で切り飛ばして黙らせる。吐き出され襲いかかるカエルの舌から身を沈めることでギリギリ逃れ、戻る舌に巻き込まれないように再び横へと跳躍しながら、舌で狙いにくいようできるだけカエルの横合いへと移動する。
一瞬の油断でたやすく崩壊する危険な攻防を繰り返しながら、それでも忠継は隙を見つけて敵を斬りつけることを忘れない。すれ違いざまにカタツムリの首を飛ばし、狙ったカエルの腹を湧き出した殻に阻まれながらも、忠継はこの厄介な敵の相手を続けていく。
「フゥゥゥゥゥゥ」
生じたわずかな隙を利用し、体に流す魔力を整える。この国に来る過程で、体内に妙な魔力を取り込んだことからできるようになってしまったらしい魔力による身体強化だが、使い始めて一月程度、しかも師がいるわけでもない完全な独学であるため、持続力にやや難がある。今のところ大きな問題になったことこそないが、こうして隙を見つけて整えておかないと気付いたら元の身体能力だけで戦っていたと言う事態になりかねない。
と、そうして魔力を体に流し直したことで強化された忠継の感覚に、いくつもの妖気が操作され、形を得る感覚が飛び込んできた。
「ようやくかっ!!」
「タダツグ!!」
忠継が思い切り飛びのくと同時に、合図の声が掛かり、直後にこちらを狙うカエルの全身が爆発する。
忠継が時間を稼いでいる間に周囲を包囲していたクロフォードの騎士達が一斉に魔術を叩き込んだのだ。
「遅くなったタダツグ」
「いや、大丈夫だ。まだ多少は余裕があった」
「マジかよまったく……、相変わらず人間離れしやがって。とはいえ、くれぐれも無茶はするなよ。お前がいなくなるとこいつらの始末が追い付かん」
「心得ている」
そばで魔術を撃ち続けるライナスと言葉を交わしながら忠継は刀を収め、代わりに足に括り付けた革帯から小さな短剣を一本ぬき放つ。
指で刀身を挟み、【カタナ】の魔力を流して身構える。ここ一月ほどやたらと練習させられた投剣術。まだ正確に的に当てられるほどの腕ではないが、なにしろ的はあの巨体だ。狙いなどつけなくとも投げさえすればほぼ当たる。
「よし、カタツムリもだいぶ減って来たな。合図と共に打ち方やめ。忠継はあのでかガエルに止めを刺せ。いいか? 三、二、一!!」
指揮官の合図と共に短剣を投げ放ち、同時に砲撃によって生じた煙の中からカタツムリの鎧を失ったカエルが顔を出す。どうやら舌で周囲の獲物をどれでもいいから捉えて喰らうつもりのようだが、生憎と忠継の短剣が脳天を貫く方が早かった。
突き刺さった短剣から忠継の魔力が妖魔の中へと流れ込み、その巨体を跡形もなく消滅させる。
否、跡形もなくはない。中からは食われた者たちの死体と、それに齧りつく数匹の巨大なカタツムリの集合体が、消えたカエルの腹から転がり出てきたのだ。
「チッ、カタツムリの方は削りきれていなかったか。とっとと片付けて次へ行くぞ」
指揮官の呼びかけに、忠継も周囲の騎士達と声をそろえて『おぉっ!!』と応えの声を上げる。報告によればこの地にはまだ何匹か妖魔が来ているらしい。ここでぐずぐずしている暇はなかった。
「青の信号弾を確認。三番妖魔討伐完了です」
「よし、カタナ部隊はすぐに六番妖魔のいる地点へ向かわせろ。それが終わったら一番、四番、五番の順だ」
「了解しました」
指示を受けた部下が信号弾の魔術を連続で打ち上げる音を聞きながら、ダスティンは地図上に赤い塗料で描かれた三の数字にバツをつけ、全体の状況を俯瞰する。
妖魔が現れた地域はゼインクルでは一般的な村の外れあたりだ。発見が早かったため付近のゼインクル兵たちが何とか足止めして村の方に被害は出なかったが、やはりと言うべきか対応した兵士たちの被害は免れなかった。
(まあ、当然と言えば当然か。ここの連中はうちと違って練度も士気も高くない。しかも前線に出るのは民間から徴用した兵士ばかりで俺たちのように幼少期から訓練を課された騎士というわけでもない)
別に自慢するつもりはないが、ダスティン達クロフォード騎士団はゼインクルの他の部隊と比べても相当に高い実力を持っている。
それは単純にエルヴィス達が練度の低い兵士たちを連れてきていないと言うのも理由になるのだが、それ以上に理由となるのがエルヴィス・クロフォードとエミリア・クロフォードという災厄的天才児の存在だ。
先先代の領主が領内で大規模な技術革新を行い、それによって財政を立て直したことで学問を重要視するようになったクロフォード家。その家風の影響をもろに受け学問や知識というものの価値に重きを置くこの二人は、その知識を多くの人間が持つことに抵抗がない。
普通高い身分の人間は身分の低い人間が余計な知識を持つことに対して好感を抱かないものなのだが、この二人に至っては市民から徴用した一般の兵士にすら高性能な魔術を習得させようとする傾向がある。しかもその魔術というのがエルヴィス達自身が開発、改良を加えた他より優れた代物で、総じてアスカランダの兵は他領の兵より魔術的知識が豊富で知識面での能力が高いのだ。
加えて、騎士達に限って言えば普段のあまり歓迎できない事情から状況判断能力が極めて高い。
部下の言を借りるなら、『クロフォード家の騎士は急な爆発と何をするか分からない奴を相手にするのは慣れている』のだ。
直視すると泣けてくる事実ではあるが、長きにわたる主人、エルヴィス・クロフォードとその妹であるエミリア・クロフォードとのやり取りは、実戦と同じとは流石に言えないものの、それでも非常に平穏とはほど遠い特殊な経験を騎士達にもたらしてきた。
おかしな実験による突発的な事故が頻発するため、とっさの判断や防壁系魔術を使用する機会には事欠かないし、好奇心に任せて危険に飛び込もうとしたり、実験のために騎士達の目を盗んで脱走を図ったりするため、そうなった二人を探し出し捕縛することにも慣れている。加えて最近はタダツグという怪物的なの膂力を持つ人間まで増えてしまった。おかげで、というべきかここ一月ほど妖魔退治を行っていても、怪我人こそあれ死者に至ってはまだ一人も出ていない。今日の騒ぎでダスティン達が救援に駆け付けるまでの僅かな間に、ゼインクルの騎士や兵士たちに二十名近くの死傷者が出ていることを考えればこれは驚異的な現象だ。
(まあそれでも、ここの連中も最初のころに比べればまだましにはなった方か)
それこそ最初期の、妖魔の存在が公になったころのゼインクルの騎士達の対応はそれこそ酷いものだった。すでに領内におびただしい犠牲が出ていたにもかかわらず妖魔の存在をなかなか認めようとせず、認めた後もなかなかクロフォード家に救援を求めず、それどころかこちらからの情報提供すら撥ねつけて、あまり効果のない剣や槍で妖魔に挑みかかり悪戯に死者を増やし続けていたのだ。恐らくタダツグが剣一本で何体もの妖魔を斬り伏せた話を聞いての対応だったのだろうが、こちらの話に耳を貸さず、伝聞情報だけであの規格外を参考にしてしまったのは彼らにとって致命的な失敗だったと言える。
ダスティンとて、彼らの考えることはある程度想像できる。どんな理由をつけていてもダスティン達クロフォード家の人間は、執政官だったマコーマック卿の死亡時の混乱に乗じて、国の命令を盾に乗り込んできたよそ者にすぎない。実際ゼインクルの事態がかなり切迫したものだったため、エルヴィスのとった手段は命令の拡大解釈まで行ったかなりのごり押しと言えるものだった。当然領内の騎士達にはいい顔はされないし、さらに一部上層部の人間にとってはマコーマック卿の不正に加担した証拠を探り当てられる危険性すらある。
想像はできる。だが理解は到底できない。むしろ冗談ではないと、同じ体と命を張る立場として、ダスティンはゼインクルの兵士たちにそう深く同情する。
結局のところメンツと保身、それこそが妖魔以上にゼインクルで人を殺し続けた怪物の正体なのだ。そんなものに未来ある若者や無辜の民が犠牲になったと思うといかにダスティンといえどもやりきれない思いに襲われる。
「……フゥ、いかんな」
どうにも脱線しがちな思考を目の前の地図へと向け直し、ダスティンは世の不合理から目の前の災厄へと視線を戻す。
現状、現れた妖魔の掃討はうまくいっていると言っていい。広く展開した斥候部隊が発見した妖魔は計九体。最初こそタダツグが苦手な『寄生型』の妖魔とぶつかる事態にはなってしまったものの、発見と同時に信号弾によって位置とどの型の妖魔かを報告させているため、その後はきっちりと一撃で葬れる『融合型』へと誘導することができている。
三種類の型への区別はあくまでタダツグのためのもので、ダスティン達魔術を武器とする騎士や兵士には関係がない。どの型であれ包囲した上で、大量の魔力をつぎ込んで爆撃系の魔術で吹き飛ばしてしまえば結果は同じだからだ。ならば出来得る限りタダツグという強力かつ固有の戦力が苦戦を強いられる相手と当たるのを避け、一撃で葬れる『融合型』を優先して殲滅していった方が効率がいい。
実際、クロフォード家の人員の生存率を高めている最大の理由は、タダツグという妖魔の天敵といっていい戦力を、十二分に生かす戦術をくみ上げ、運用できている点にある。
と、そう戦術を見直していたそのとき、空へと再び信号弾の上がる甲高い音がする。
「今度はなんだ?」
「妖魔発見の報告です。距離は――!? 何でこんな場所に、いや、そうかまずい!!」
「どうした!?」
「十番妖魔発見。位置は北西五百ギーマほど。忠継達のすぐ近くです」
「なんだと!?」
そんなバカな、という思いと共に、ダスティンは文字通りの意味で目の前に小型の魔方陣を展開して遠方を見ている兵士の一人へと早足に歩みより、自身も同じように望遠用の【望遠眼】の魔術を起動する。
そして見つけた。信号弾とは別に、空を舞っている別の巨大なそれを
「くそ、よりにもよって『飛行型』かっ!! 至急付近の部隊に通達。対空術式を習得した部隊を向かわせ――!?」
言いかけたそのとき空を舞う妖魔の体が急激に膨れ上がりそして――、
「落ちた!?」
まるで空中から襲いかかるように、巨大化した妖魔が地上へと落下するのがダスティン達の眼にもはっきりと見えていた。
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