再会と早い別れ
巡回中に急激に腹痛を訴えた部下の頭を叩き、便所に行かせたあと男は煙草を吸って一服していた。
「マティアス・ガイザー!」
急に自分の名を呼ばれて振り向くと小さな頭が視界に入った。
「あ?」
小さな頭はずんずん近付いて来ると男の前で止まった。
このままでは顔が見えないので少し屈む。
「なんだ? 嬢ちゃん」
途端に睨み付けられる。
「嬢ちゃんじゃない! 私はオルガって名前があるんだ」
聞き覚えのある名前にどこだったかと記憶を手繰る。
肩のところで残念な感じに散切りにされてしまっているが、紫銀と呼ぶのか不思議な色合いの髪に、深海のような瞳、意志の強そうな眼差しを見て思い出した。
確かあの男が口にしていた名前だったはず。
数週間前の出来事なのでうろ覚えなのだが、あのときのことは今でも頭の片隅に残っていた。
詳細を思い出し、顔をしかめる。
「あんときの失礼なガキだったな」
「ガキじゃない」
そう否定されても少女の年齢は自分からしたら十分子供だった。
「で、何の用だ?」
「バル兄に聞いた。お前、騎士団の副団長なんだな」
「そうだ」
別に否定する必要もないので肯定する。
男はほんの少し少女が気になった。あの男を兄と呼ぶが、自分は少女のことを知らなかった。あの男の家族でないことは知っている。
途端胸に鋭い痛みが走り、我に返る。
湧き出してきたあらゆる感情をなにもかも振り切って少女を睨み付ける。
こうすれば大抵の人間は震え上がるものだが、少女はものともせず自分を真っ正面から睨み付けてきた。
「ガキは去れ」
煙を空に吐き出す。
「仕事中だ。ガキに構ってる暇はない」
建前ではそうだが、少女に関わることで芋づる式に関わることになるだろう男に関わりたくなかったのが本音だった。
再び関わることが恐ろしかったのだ。
「煙草吸いながら何が仕事中だよ」
少女は馬鹿にしたように鼻を鳴らし、小走りで去っていった。
自分が仕向けたことだが、あまりにもあっさり去っていったので肩透かしをくらった気分だった。
男は少女の後ろ姿を見つめた。
その後、かなり時間のかかった部下の頭を再び叩きながら、気付く。
辺りに花の香りが充満していることに。