乙女心と不審な行動
マティアスは苛立っていた。
紫銀の髪が挙動不審に周りに出没している。それなのに話しかけてはこない。
避けられているのがわかっているので自分から話しかけるのは癪なのだが、見ていても苛立ちは募るばかり。
今日、煙草を消費する量が増えたと部下に指摘された。しかし、それが原因だとは思いたくない。
「あれー副団長、見てください。あの子、いますよ」
のほほんとした部下の暢気な声が更に苛立ちを加速させる。
煙草を咥え、かちりとライターを点ける。
しかし、点けずに消すと気配を消して少女の後ろに回り込む。
少女が気付いたときにはもう遅い。
「摑まえた」
首根っこを摑んで猫のように持ち上げる。細すぎる身体は簡単に地面から離れる。
今までの苛立ちをぶつけるように少女を睨み付ける。
「周りをうろちょろしていったい俺に何の用だ。用があるなら話しかけてこい。周りでちょろちょろされると鬱陶しい」
少女は驚いたようにマティアスを見た。
「よく私に気付いたな」
心底不思議そうにしている少女に溜息を吐きたくなった。
「わからねえはずがねえだろ。ど素人の気配に」
既に嗅ぎ慣れてしまった匂い。
「それに、お前の匂いは知ってるからな」
マティアスの言葉に少女が身体を強張らせた。
「マーティ、知って……」
「お前たちの一族は伝説みたいなもんだ。知っている奴は少ない。大抵の奴は香水だと思うだろ」
決して人工的には作ることのできない香りに気付く人間はそうそういない。しかし、気付く人間には警戒をしなければいけない。
それが知識を探究する学者などであればいいが、奴隷商人などだったら少女など簡単に売り払われるだろう。
少女を見下ろす。危機感は持ってもらわねばならない。
「だが、警戒はしとけ」
「うん、マーティありがと」
「で?」
「え?」
「なんで俺の周りをうろちょろしてんだ? いつものお前ならいつでもどこでも俺に話かけてきただろ」
そう言うと少女は何かを言おうとして口を開く。しかし、次の瞬間その白い肌が首まで赤くなった。
「な」
それに驚いてマティアスは少女を掴んでいた手の力を緩めてしまう。
少女は解放されると瞬く間に走り去った。
マティアスは呆けたように少女の後ろ姿を見送った。
大人びた少女の表情を思い浮かぶ。
部下に話しかけられるまでそのまま突っ立っていた。




