決心と過去になる過去【前】
普段は用もなく現れてこちらの仕事の邪魔をして帰るくせに、こちらが探しているときに限ってまったく会わない。
マティアスは溜め息を吐いた。
日が経つごとに懐の髪飾りは重みを増していくように感じた。
店の娘の物かとも疑ったが、娘にはきっぱりと否定された。挙げ句の果てには紫銀の髪の少女がつけていたという情報まで頂いた。
散々悩んだ結果、家に届けることにした。
扉を開けたときの男の顔は見物だった。まさか自分がいるとは思わなかったのだろう、目を大きく開きマティアスを凝視している。
「え? 何用」
彼女を彷彿とさせる蒼の瞳。
少女にぶつかった日、久方ぶりにその瞳を見たときの衝撃ほどはなかった。
感じたのは遠い過去に対する微かな寂寥。。
時間の流れはそのときどんなに強い想いを抱いていても確実に思い出にしてくれている。それは自分が前を向き始めたということもあるかもしれない。
懐から髪飾りを出す。
「嬢ちゃんの落とし物だ」
男は納得したような顔になった。しかし、手を出して受け取ることはなかった。
出した手を引っ込めることも出来ずにマティアスが今の状況について逡巡していると男は自分の家を指差した。
「まあ、折角だから上がっていきなさいな」
少女に会えなくとも男に渡して帰ろうとしたはずなのに何故そういう展開になっているのだろうか。
「いや、俺は」
「まあまあ」
押しきられてしまい、いつの間にか客間というには小さめの部屋のソファに座らされていた。
席を外していた奥の部屋からは男ひとりが戻ってきた。てっきり少女も来るかと思ったのだが、肩透かしを食らった気分だった。
そんなマティアスに気付いたのか、男は奥の部屋を見て言う。
「オルガちゃんも会いたがってたけどね。今あの子風邪引いてるから」
いつも元気な少女と風邪が結び付かずに、困惑する。
「嬢ちゃんが」
「ずっとそれを探してたんだよ。で、無理が祟ってぶっ倒れたの」
未だにマティアスの手の中にある髪飾りは見ると居心地が悪そうにキラリと光った。
マティアスの脳裏にあの日の泣く一歩手前だった少女の顔が甦る。口の中に苦味が広がった。
もっと早く決心し持ってくればよかったと後悔する気持ちが湧いたのだった。




