無謀と苛立ち
その日街はざわめいていた。
「男が暴れてるぞ!」
何処からか聞こえた怒声にマティアスと部下は走った。
そこは昼は食堂、夜は居酒屋として営業している店だった。
大方、真っ昼間から酒をたらふく飲んだ男が酔いで豪胆になり、目をつけた女性に絡んでいるのだろう。
人混みを掻き分け、店の中に入る。
「きゃああああっ」
支給係である女性を腕に抱き込んだ男はその赤ら顔を女性に近付けた。
女性は怯え、顔を背ける。
酔って女性に乱暴など情けないことこの上ない。
思い描いていた通りの光景に脱力して、溜め息を吐いた。気合いを入れ直したマティアスが突入する前に素早く動いた影があった。
視界に捉えると小さな少女が単身で男に突っ込んでいく。見覚えのある紫銀の髪に目を瞠る。
「あの馬鹿っ」
少女は全身で男にぶつかった。普段ならその程度の衝撃ではびくともしなさそうな大柄な男だったが、酒が入っているせいで、その軽い衝撃でもよろめき、無様に尻餅をついた。
体当たりをかまして、女性が逃げたあと男の目は少女だけを捕らえ、標的に代わった。
「このガキがあっ!」
立ち上がった男の手が少女へと伸びる。
危ない、と誰かが叫んだ。しかし、周囲の心配とは裏腹に少女は男の手をすり抜けた。
少女の動きは粗削りだが、動きは俊敏で男を翻弄していく。
その動きにマティアスは間に入るのも忘れて見入ってしまう。
ただ、そのまま逃げればよかったのだが、少女は男に蹴りをくらわせる。だが、その細い足は男の腕に捕らえられた。
捕まえたとばかりに男はにたりと笑みを浮かべ、拳を振り上げる。
マティアスは即座に二人の間に入り、鞘に入れたままの剣で受け止める。
剣を振り上げて男の手を弾き、よろめいた男の鳩尾に剣の先をめり込ませた。
腹を押さえた男は真っ青な顔で崩れ落ちた。
「連れていけ」
剣を腰のベルトに付けたマティアスは後ろにいた部下に声をかける。
部下は素早く男の側に駆け寄り、その細い身体のどこに力があるのか軽々と男を肩に担ぎ連行していった。
野次馬をその睨みで退去させると店の中は静寂に包まれた。
その後に残った散乱した皿や料理などの惨状と無言で俯いている少女だった。それらを見比べ溜め息を吐く。
徐に煙草を一本吸って一段落ついたと思ったときに沸々と沸き上がってきたのは強い苛立ち。
一体この少女は何を考えているのだ。行動が理解できない。
あまりの苛立たしさについ強い口調で言ってしまう。
「ガキが、でしゃばるからこうなるんだ。自分で片もつけられないくせに粋がるな。嬢ちゃんよ、そういうときはそこら辺にでも縮こまって震えてろ」
「っ、うるさい!」
勢いよく顔を上げた少女がマティアスを睨み付ける。その瞳がゆらゆらと揺らいでいるのを見つける。
言いすぎたと思っても遅い。
少女は踵を返して走り去った。
ひとり残され、再び溜め息を吐いたマティアスの目にキラキラとしたものが映る。
「おいっ」
急いで拾い慌てて声をかけたが、少女の背中には届かなかった。
自分の掌にある小さな髪飾りを見て舌打ちをする。
「参ったな」
少女の残り香は哀しみを誘うように淡く辺りを包んでいた。




