過去と変化
「あ」
視線の先には怠そうに歩く長身の男性がいた。
あの人が私の家の隣に住むバルトロさんである。
バルトロさんは怠け者だ。
この前だってオルガちゃんが「歓楽街でふらついてたらしい」と不満をもらしていた。
そんなバルトロさんに溜め息が出る。
でも遊ぶ余裕が出来たのはいいことなのかもね。昔は常に金欠みたいだったし。
七年前突如うちの祖父が連れてきたあの人は虚ろな目をしていた。表情は凍りつき、ただ息をして動いているだけの人形のようだった。
また死人のようでもあり、あのままだったら本当にどこかで野垂れ死んでいたかもいれないと祖父は言っていた。
当時私はまだ幼くてよくわかっていなかったけど、バルトロさんの醸し出す異様な空気に恐怖を感じ怯えていた覚えはある。
それも徐々に落ち着き、彼が人並みに遊び、仕事をし、笑うようになったのは、やっぱりオルガちゃんの存在が大きいだろう。
陰のある表情はなりを潜め、代わりに間抜けで幸せそうな表情が押し出されている。
オルガちゃんが来てからというもの、バルトロさんは元気すぎるオルガちゃんにかかりきりで、あまり悩んでいる暇がなさそうだからかもしれない。
あのときの表情をすることは、今のところ、ない。
それが嬉しくて、少し寂しい。
「ただいま」
「おかえりオルガちゃん」
服を風に目一杯靡かせて帰ってきたオルガちゃんを笑顔で迎えた。
「バルトロさん、今出ていったわよ」
「いい、どうせバル兄は遊びに行くだけだから」
憤りを足音に込めて歩いてくるオルガちゃんを見て気付いた。
「髪伸びたわね」
伸びたと言ってもオルガちゃんを基準にすると、だ。普通の女の子から見れば嘆いてしまうほどの短さだ。
「そう?」
オルガちゃんは自分の髪を少し弄び、やがてぽつりと言う。
「リダ姉、切ってほしい」
驚いた。今まで何度言っても聞かず、ずっと自分で処理していたため、みっともない髪形をしていたオルガちゃんが自ら切ってほしいと言っているのだ。
しかし、ここで動揺してはいけない。少しでも変な態度をとったら恥ずかしがりやのオルガちゃんのことだからやめてしまうだろう。
私はいつもの笑みを浮かべる。
「いいわよ、道具取ってくるからちょっと待っててね」
何がオルガちゃんの意識を変えたのか。
疑問を抱いたが、とある噂を思い出して私は微笑んだのだった。




