愚か者たちの末路
サブタイトル『それぞれの報い』
割とさらっと人が死んでます。
夫に愛人が出来たことを知ったのは偶然だった。
月に一度の慈善活動として王都内にあるいくつかの教会を順番に巡っているのだが、そのひとつに向かう途中で見かけたのだ。
若い女と腕を絡ませ、人目がないことを確認するように周りを見回してキスをしている所を。
馬車の中から見てしまった私がいる以上、夫の目は節穴だと証明された。確認するなら馬車も意識しろ。屋敷で使う紋無しの馬車の形と御者の顔くらい認識しておけ。
それだけならばまぁ、見逃しても良かったのだけど、その女のお腹が膨らんでいるのを見た瞬間、私の中の冷静な部分が瞬時に計算を始めた。
「リタ、見たわね?」
「はい、見ました」
「今日の訪問は寄付金を渡すこととして、速やかに屋敷に戻るわ」
「畏まりました」
侍女のリタもしっかりと見たようで見間違いということはない。
夫は自分の立場を弁えているのかと思っていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。
「アドルフはまだ子供だけど、父親がいなくなっても問題ないわね」
「問題はございませんね」
「取り敢えず、愛人の方を調べて。必要なら始末させるわ」
愛人が何も知らないのであれば見逃しても良い。
しかし、わかった上で夫に近づいた側ならば教え込む必要があるし、家督を狙っているならば始末する。それが貴族の流儀だ。
馬鹿な男。結婚して五年しか経っていないのに外に女を作るなんてね。最近友人の家に泊まるといって外泊する頻度が高かったのはこれなのかと納得した。
忙しい日々の中で夫が不在でも問題なく放置していた結果がこれだ。
馬車は軽快に進む。
車内でこれから先のことを考えている私の心は少しだけ冷たくなっていた。
■■■■
夫エルディオの遺体は、公爵家の屋敷にある客間の一室に安置されていた。
窓辺には厚手の黒いカーテンが引かれ、壁際には黒布を掛けた燭台が並んでいる。幾本もの蝋燭が揺らめく光を落とす中、白い花々に囲まれた棺の中で、エルディオは静かに眠っていた。
棺の傍らには、黒い喪服に身を包んだアグネリアが座っていた。
リヴァーロ公爵家の次期当主であり、小公爵の称号を持つ彼女の顔には、いつも浮かべていた凛とした表情がなかった。膝の上で組まれた両手は微動だにせず、ただ、棺の中に眠る夫を見つめ続けている。
弔問客は朝から絶えなかった。
公爵家と縁のある貴族たちが訪れ、遺族に弔意を伝え、故人の冥福を祈る。家令や執事たちは滞りなく客人を案内し、アグネリアもまた、訪れる人々に礼を述べた。
その声は落ち着いており、涙を見せることも取り乱す様子もなかった。
しかし、弔問客が去り再び静寂が訪れるたび、彼女の視線は棺へと戻った。
その時の彼女の表情は誰も見ていない。顔に掛かるヴェールの下には人前で見せたやつれたものとは違うものが浮かんでいた。
翌日、葬列は公爵家の屋敷を出発した。
黒い布で覆われた馬車には家紋をあしらった飾りが施されている。棺を乗せた馬車を先頭に、聖職者、親族、そして親交のあった貴族たちが続いた。馬車の車輪が石畳を踏む音と、葬列に付き従う人々の足音だけが静かな街路に響いていた。
王家と非常に近い公爵家の次期当主の夫の葬儀だ。教会までの道は公爵家の騎士たちが人払いを行っている。
教会に到着すると、棺は祭壇の前に安置された。
聖職者が祈りを捧げ聖典の一節を朗読する。故人の生涯と人柄を偲ぶ言葉が語られ、参列者たちは静かに頭を垂れた。
最前列に座るアグネリアは、ヴェール越しにじっと棺を眺めていた。
耐えきれないような嗚咽はエルディオの母親から聞こえていたが、アグネリアは涙をこらえるかのように微かに体を震わせていた。
祭壇の蝋燭が揺れ、色硝子の窓から差し込む光が、棺の上に置かれた白い花を照らしている。
やがて祈りが終わり、棺は再び馬車へと運ばれた。
葬列が向かったのは、リヴァーロ公爵家の一族が眠る墓所だった。代々の当主とその家族が眠る石造りの霊廟は、古い木々に囲まれた静かな場所に建っている。
重い扉が開かれ、棺が所定の場所へと運び込まれる。
アグネリアは最後までその傍らを離れなかった。息子のアドルフは何が起きているのかをきちんとは理解出来ていないけれど、ただならぬ空気に怯えたように乳母の体にしがみついた。
石棺の蓋が閉じられる直前、彼女はそっと目を伏せた。永遠の別れの時間である。エルディオに掛ける言葉はなく、沈黙で彼を見送る。
納棺を終えた一行は、再び公爵家の屋敷へと戻った。
広間には親族や近しい者たちのために食事が用意されていた。豪奢な装飾は控えられ、黒い布と白い花が飾られた室内には、低い声で語り合う人々の姿がある。
故人との思い出を語る者もいれば、言葉少なに食事を口に運ぶ者もいた。
アグネリアは喪主として、訪れた人々に礼を述べて回った。
「リヴァーロ小公爵」
「ファニット卿……来てくださりありがとうございました」
「急なことで驚いたでしょう?」
「ええ……起こしに行った侍従は、驚きのあまり倒れて怪我をしたほどですもの。何の前触れもありませんでしたわ……」
夜遅くに帰宅したエルディオは深酒をしていたらしく、出迎えた使用人は酒の匂いに気分が悪くなるほどだったという。
アグネリアはとっくに眠っていたのもあったし、二年前からは部屋を分けていたのでいつ帰宅したのかも分からない。
ただ、いつも通り起こしに行った侍従だったが、反応がなかった体を揺さぶろうと触れた際、冷たい体に驚き、息をしていないことに気付いて転倒してしまった。
アグネリアはアドルフと共に食事をしていた。慌ただしい気配に何事かと思っていると、執事がやってきてエルディオの死を知らされた。
すぐに医者が呼ばれて調べたけれど、死に不審な点は無く、酒を飲みすぎたことも相まって心臓が止まったという結論が出た。
ヴェールをずっと垂らしているアグネリアは、口に手を当てて微かに震えていた。
「無理をなさらないように、小公爵。こう言っては不謹慎ですが、貴方が正統な後継者ですから、貴方が生きていて良かったのです」
声を潜め、囁くように告げるファニット公爵令息は、かつてアグネリアの婚約者だった。結婚にまで至らなかったのは彼が王女に見初められたからだ。
体の弱い王女の願いを叶えて欲しいと国王に頼み込まれた彼は、婚約を解消後に王女と結婚し、アグネリアは急遽新たなる婚約者を見つける必要が出た。
エルディオは伯爵家の三男で平民になるところであったが、評判が良かったのもありアグネリアの父が婚約を結んだ。
アグネリアはその当時の記憶がかなり曖昧である。ファニット公爵令息――ユーベルとはとても仲が良かった。お互いに結婚式のことを話す時間が楽しかった。
それなのに公爵家同士の婚約に横槍を入れて婚約を解消させたのは王家だった。王女はアグネリアから婚約者を奪い、体の弱さを盾にすぐに結婚をした。
その一年後に王女は儚くなった。二人の間に子供はいなかった。
「ファニット卿、もしよろしければ落ち着いた頃にアドルフの相手をしてくれませんか?」
「もちろん、よろこんで」
かつて二人が婚約者同士であったことを知っている者は多い。何事もなければ夫婦になっていた二人なのだという視線が向けられる中、二人はそれぞれの知り合いの元に向かうために別れた。
■■■■
「疲れたわ」
「アグネリア様、涙をこらえる演技はきちんとなさってください」
「あら、身体を震わせるだけでは駄目だったのね。でも悲しくないから涙も出ないわ」
愛してもいない夫の葬儀で涙を流すほどの情はなかった。
ふぁ、と大きな欠伸をするアグネリアの体から装飾品を外していたリタは後ほど磨きあげなければと思いながら宝石箱に収めていく。
喪に服すための黒いドレスはこれから一年間着なければならない。社交の場に出る時は黒づくめは良くないので腰には真っ黒なリボンを結び、宝飾品は黒の宝石を付けることになる。
「ユーベルとまた会う約束をしたわ」
「さようでございますか……長かったですね」
「本当よ。王家も我が家を馬鹿にしてくれたわよね」
故人を貶めることは良くないとわかっているが、ここにいるのは幼い頃からずっとそばにいた唯一無二の侍女。アグネリアの為に手を赤に染めることも厭わない忠実なる腹心。
「体が弱いなんて嘘をついて私からユーベルを奪いたかっただけ。だから死んだのよ」
「初夜もしていませんからね」
「あれは側室の娘だもの。王妃様はそれはもう心穏やかになったでしょうね」
「陛下も体調を崩されて長いですね」
「今の王太子殿下と妃殿下は道理をよくおわかりの方よ」
柔らかい室内用ドレスはコルセットの着用が不要で、アグネリアはようやく楽に呼吸が出来るようになった。
「愚かな王と愚かな側室から生まれた愚かな王女は苦しみながら死んだのかしら」
「エルディオ様とは異なる毒でしょうね」
「あら、だめよ、リタ。あの男は過ぎた酒が理由で亡くなったのよ」
「そうでしたね」
次期公爵の夫が亡くなった日、ある女の遺体が貧民街の中でも特に劣悪な場所と言われるようなところに遺棄されていた。遺体でも金になる為か、女の体は誰かが持ち去っていった。
それからしばらく先の話。隣国のある孤児院の前に一人の赤子が置かれていた。何の変哲もないありふれた布のおくるみに包まれた赤子は、蔓で編まれた籠の中で眠っていた。その籠の中には金貨が九枚、底に敷かれた布の間に挟まっていた。
とことん特定されないように身元を特定できる情報は省かれていたことから、その孤児院の院長は訳ありの子供とし、九枚の金貨は寄付金としてありがたく使わせてもらうこととなった。
全ては現公爵であるアグネリアの父フレッドの采配である。
アグネリアはリタに命じて情報を集めさせ、最終判断を父に委ねた。
選んだのは父なのだから始末も全て父が行えというアグネリアの無言の訴え。
エルディオと愛人の関係は、愛人の方から近づいたことで始まった。調べたところによると、ある男爵が手をつけた平民から生まれた庶子で、男爵は把握していなかったが正妻は気付いていた。
金をやるから領地から出て行けと言われ、王都の隅の方で大人しく生きていた。娘はやがて成長するが、彼女は可愛らしい顔を利用して男たちから持て囃されることを喜びとするようになった。
母親は女手一つで子供を育てる中で過酷な労働にも従事しており、体に限界が来ていた。それなのに娘は好きに金を使い、男たちに貢がせていた。ついに母親は亡くなった。
既に十五歳になっていた娘は真っ当に働くよりも体を使って大金を得ることを考え、幾人もの男を相手にしてきた。
そして何がきっかけかは明確にわからなかったが、エルディオと出会い愛人になった。
公爵家という響きだけを聞いた娘は、エルディオの「妻がいる」という言葉を聞いて夢を見た。その妻を蹴落としてエルディオと結婚すれば公爵夫人になれる、と。
貴族社会のことを何も知らない平民の女は、エルディオが婿でしかなく、離婚すれば彼が平民になるなんてことは知らなかった。
彼女がそれを知ったのは、死んだ――殺された日である。
お前が孕んだのは離婚すれば平民になるしかない男の子供。公爵家の血を持たない婿の愛人の子供はただの平民だ。
発狂した女は暴れようとしたがあっさりと殺されて遺体は遺棄され、エルディオに渡していた自由になる金で借りていた家はすぐに解約され、その女がそこで生きていた痕跡は消された。
強欲の果てに宿った子供に罪は無い。
子供が悪辣に育つか善良に育つかは環境次第だろう。とはいえ、アグネリアは生まれながらの性質というものもあることを知っていた。
稀にいるのだ。孤児院に赤子の頃からいて、院長も働く者も慈悲の心を持ち、優しく、決して差別することなく育てているのに、「自分が何故優先されないのか」と不平不満を持つ子供がいる。
他の子供たちは協力しあっている中、その子供だけは自分が一番恵まれていなければならないと考えてしまう。
ただし、全員が全員そうなるとは限らない。
だからこそアグネリアは、子供の処分は生まれた後にしてほしいと父に告げたし、その赤子は自国内ではなく他国の孤児院で育つよう手配した。
なんの情報もなくアグネリアの前に現れることはないだろうし、万が一現れてもリヴァーロ公爵家とは一切の血縁関係はないのだから相手にすることはない。
父のフレッドがエルディオを始末したのは、彼の振る舞いが公爵家の名誉を貶めかねないと判断したからだ。
己が婿でしかなく、公爵にも当主にもなれるはずが無いことを黙っていた。
愛人が屋敷に乗り込んできて、公爵夫人になるのは己だと叫びかねないような女だとフレッドにすら分かったのに、エルディオには分からなかった。
これが下位の貴族ならば醜聞とは言え大事にはならない。
しかし、公爵家は違う。
貴族社会の汚い部分が足元に広がるような世界だ。醜聞ひとつも命取りになる。それを理解していないエルディオに見切りをつけたのだ。
それに、始末したところでアグネリアには次の夫の候補はいくらでもいた。
それこそ、かつての婚約者は再婚せずにずっと待っていたような男だ。なんなら彼自身がアグネリアの愛人になっても良いとすら思っていたことをフレッドは知っている。
「再婚するにはどれくらい待つべきかしら」
「アグネリア様は次期当主ですから、一年後には婚約期間なしで再婚出来るのではないでしょうか」
「そうね。その間にアドルフにはユーベルと親しくなってもらわないとね」
アグネリアの中でユーベルとの再婚は決定である。
想い合うふたりを引き裂いた国王は病床に伏し、側室は観劇に赴いた際の馬車の事故で亡くなった。
王女の母は身分が低く、本来なら愛妾にしかなれない立場だったが、国王の寵愛によって側室になった女性だった。
愛こそが全てだと本気で考えていた側室は、寵愛を盾に好き勝手に振る舞い、国王はそれを許した。
側室に召し上げるには王妃の許可が必要なのに、それを守らなかった。その結果が今の彼らだ。
王太子は何時でも王になれるほど根回しを済ませていた。いや、根回しが終わったからこそ国王は病気になった。もはや彼は国に不要な存在になっていた。
アグネリアとユーベルの結婚の邪魔をしなければもう少し扱いは変わっていただろう。
毒による苦しみを与えられることはなかった。王女も側室も死ななかった。
王妃と王太子、二つの公爵家を敵に回した愚王の末路を見届けるのは、煮え湯を飲まされ続けた王族に任せている。
本来であれば国王の身を守るべき騎士団長や国王の腹心として政治を取りまとめる宰相ですら見放している時点で終わっている。
王太子が動くと決めたのは王女の結婚の時。既に結婚していた上、王太子妃の腹には子が宿っていたのだが、側室の手の者と思われる侍女が毒を盛ろうとしたのだ。
あわよくば、王女とユーベルの間に男児が生まれ、王太子の子が居なくなれば国王の座が見えるとでも思ったのか。
側室に召し上げる代わりに国王は側室との間に生まれた子供やその子孫に王位継承権を与えない約束をしていた。それを知らない側室は浅はかにも行動に出て、王太子の怒りを買って殺されたのだ。
命を狙うのであれば命を奪われても仕方がない。王太子と側室ならば王太子の方が立場は上だ。仮に側室殺しが露呈しても誰が咎めようか。
綺麗事だけで国は成り立たない。
国王は寵愛する側室の産んだ王女を溺愛し、彼女の望みを叶えるべく婚約関係を壊した。
ユーベルが王女と結婚したのは、王女が「病弱で余命いくばくもない」と偽った言葉を真実にするためだ。
「お体が弱い殿下に無茶はさせられない」
そう言って初夜を善意で拒絶し、ありとあらゆる場所に毒を仕込んで体を弱らせ続けた。
彼が王女に贈る花はいつでもスノードロップで、王女は喜びそれをいつでも飾っていたのだと言う。
弱っていく王女が寝台から起き上がれなくなった頃、側室が亡くなり、国王は深い悲しみを抱きながら彼自身もまた病を発症した。
じわじわと嬲られるように苦しみながらも、なかなか死ねない状況だった。
王女の葬儀は質素なもので、側室と合わせて王族の霊廟の隅にある代々の側室と同じ墓に入れられた。国王が亡くなればその時に二人の棺は外に出され、王城から遠く離れたとある鄙びて誰も足を運ばなさそうな場所に埋葬される予定なのを知っている者は少ない。
死者への冒涜というなかれ。生きている間に散々侮辱した女がいる霊廟に王妃や王太子が入りたいわけがないのだ。
なお、アグネリアの夫であったエルディオもある意味で似たような状況になる。
エルディオが裏切らなければ、アグネリアは彼を愛していなくても、ユーベルへの思いを残したままエルディオを尊重し、公爵家の夫として生涯を共にするつもりだった。
だが、裏切ったのはエルディオだ。
ならばいずれ己が入る霊廟から出て行ってもらいたいと思っても仕方ないだろう。
先に目に見える形で裏切ったのはエルディオだった。
故に、アグネリアは貴族らしく要らないものを排除すると決めた。
周りから後ろ指を指されないようにするためにも、結婚してから一度もユーベルとは連絡を取らなかった。
社交の場に出る時でも軽く挨拶をする程度で、周りには未練があると思われないように振る舞ってきた。
再婚したとしても、不貞をしていたのではないかと思われるようなことをしないのが何よりも重要だった。
夫が亡くなり、子供はまだ幼い。
かつての婚約者も同じように妻を病で亡くしている。
葬儀の場で顔を合わせた二人が似たような立場で同じ苦しみを分かち合うのは何もおかしいことではない。
アグネリアの部屋の扉が控えめに叩かれ、リタが扉へと向かった。侍女が何かを持ってきたらしく、戻ってきたリタの手には可愛らしい小さな花のブーケ。
「ムスカリね」
「ファニット卿からだそうですよ。つい先ほど使者が運んで来たそうです」
封筒を渡される。大きさ的にはメッセージカードだろう。
ペーパーナイフを使ってリタが開け、軽く中を確認してアグネリアに渡された。
『変わらぬ思いを君に』
仄かに香るのはユーベルが好んでつけていた爽やかな香水だろう。
そっとメッセージカードを胸に抱いたアグネリアは、夫だったエルディオに一度も見せたことのない、柔らかく蕩けるような笑みを浮かべた。
■■■■
アグネリア・リヴァーロとユーベル・ファニットの再婚はアグネリアの前夫の葬儀から一年後にひっそりと行われた。
喪中であるため、華やかな婚礼は避けたと言われているが、実際のところは不明である。
何故ならば、お披露目のパーティーは招待客こそ少なかったが、かなり豪勢なものになっていたからだ。
二人の再婚に反対する者はなく、かつて国王の横暴により引き裂かれた二人を誰よりも祝福したのは国王に即位したかつての王太子であった。
前王はかろうじて生きているが、意識は朦朧としており、とてもでは無いが国を統治する役目を果たせるわけがなかった。
王に即位するのはこれまでの歴史から見ても、現在の王が崩御してからとなるものだが、王妃と王太子は、前王が既に数年間も政務を行えていないことを理由に、彼を生前退位させた。
そして王太子が即位して王となったのだ。
王として死なせない為に王位を剥ぎ取った。
前王に賢王と呼ばれるほどの才があれば良かったのだが、凡人でしかなかったうえ、暴挙の数々は人心が離れても無理はないと思わせるに十分だった。
「アグネリア小公爵、ユーベル卿。今日は君たちのお披露目でもある。久しぶりに彼らにも君たちのダンスを見せてあげてくれ」
「畏まりましたわ、陛下」
二人が婚約者であった頃、舞踏会で初々しく踊る二人は多くの視線を集めていた。しかし、ユーベルが王女に望まれ、アグネリアが別の男性と結婚すると当然ながらその光景は失われた。
果たして何年ぶりだろうか。
国王の激励を背にホールに立ったアグネリアとユーベルは微笑み合いながら手を重ね合わせる。
「長い遠回りをした気分ですよ」
「そうね。けれどこれからはずっと一緒よ」
思うことですら不貞ならば、アグネリアはユーベルだけを愛していたのでエルディオを裏切っていたと言える。しかし、誰にも気づかせたことはない。
「アドルフもあなたをお父様と呼んでいるわね」
「君にそっくりで可愛い子ですよ」
「貴方の子ではなくても愛せる?」
「もちろん。ネリー、貴方の子だと言うだけで愛せますよ」
我が子であるアドルフは実の父よりもユーベルに懐いた。エルディオを思わせるところは目の色だったが、その青の目はユーベルも持っている。いずれアドルフが成長する頃には血の繋がりが無いとは誰も思い出さなくなるだろう。
「要らないものはもういなくなったわ。あとは幸せになるだけね」
曲の終わりと共に二人はホールから離れる。高位貴族の夫妻のダンスが終わればここからは誰もが自由に踊る時間だ。
国王と王妃は共に多くの人々に囲まれている。
アグネリアとユーベルもまた、近寄って来た人たちを相手に話し始める。
数年前に狂わされた日々は本来あるべき姿に戻った。
ユーベルにそっと腰を引き寄せられ、アグネリアは微笑んだ。
この話、アグネリアは初手から既婚者ですが夫のセリフはないし、生きてる間のざまぁかと思えば、次のターンで葬式なんですよね。
エルディオが死んだのは父親の判断です。殺されたと分からないようにしてるので自然死と思われています。
愛人は平民で囲われていたのでいなくなっても気付かれていません。
王女は健康なのに病弱を装っていたから、周りはみんな病死だと思っています。
側室に関しては事故死として処理されています。
貴族は「もしかしたら」と思っても口にはしません。だって問題が無いから。
側室絡みで始末したいと思っている家は多くありました。
諸悪の根源は国王と側室の関係です。ここが繋がらなければ王女は生まれず、アグネリアとユーベルはそのまま結婚していたので、エルディオと愛人は生きていたでしょう。
国王が王女のわがままを叶えようとして相思相愛の二人を引き裂いたので、国王の大事な寵姫の側室は殺され娘も殺されました。
倍返しされただけです。




