夢か現か
「ありがとうございます、本当に……」
十兵衛に救われた女性は、何度も礼の言葉を繰り返した。
「お二人のおかげで……助かりました」
(いや、俺は何にもしてないけどね)
と俺は内心で呟く。
事実――彼女を助けたのは、十兵衛だ。
『深淵天執』序列二位、柳生十兵衛。
彼女は、剣豪である。
日本史に名を残す伝説の剣豪、柳生十兵衛と同じく、彼女は『新陰流』と呼ばれる剣術を扱う。
その中でも、基礎を成すのが燕飛と呼ばれる六種の技。
先ほど魔物に放った『浮舟』は、敵の弱点を見抜き、そこへ斬撃を叩き込む技だ。
(しかし……実際に目にすると、ここまでとはな……)
設定を考えたのは俺自身だ。
だが、現実に目にすると――その威力は、想像を軽々と超えていた。
「えっと……立てますか……?」
俺は、へたり込んだ女性にそう言いかけて……そこで、ふと我に返る。
(『深淵執行機関』なんて大仰な組織のトップが、敬語を使うのも……妙な話だよな)
そう思い、口調を改めた。
「――立てるか?」
「は、はい……」
女性は、よろめきながらも立ち上がる。
「私は、フィオナと申します。もしよろしければ……お二人のお名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか……?」
「俺は……」
一瞬、言葉に詰まり……それから、名を告げた。
「冥月禍津だ」
正直、気恥ずかしい名だ。
だがそう名乗るしかない。
まあ、どうせ夢だしな。
「私は、柳生十兵衛。マガツ様の配下にして剣です」
一切のためらいもなく、堂々と言い切る十兵衛。
「配下、ですか……?」
フィオナさんは、小首を傾げた。
「あの……お二人は、冒険者……では、ないのですか?」
「私達は――」
応じかけた十兵衛の言葉に、俺が口を挟む。
「俺達は、旅人だ」
咄嗟に、口から滑り出た言葉だった。
もし十兵衛が、「深淵執行機関のトップと、その最高幹部です」などと言い出したら、さすがに耐えられない。
夢の中とはいえ……第三者にそんなことを告げて、引かれでもしたら。
間違いなく、俺は深く傷つく。
「詳しい事情は話せないが、道に迷っていてな。よければ……この洞窟の出口まで、案内してもらえないか?」
「はい、もちろんです」
フィオナさんは、俺の『旅人』という名乗りを深く追及しなかった。
こちらが踏み込まれたくない空気を、察してくれたのだろう。
「このまま道なりに進めば、出口です」
そう言って、彼女は俺たちの前を歩き出す。
先ほどまでの恐怖が残っているのか、肩はわずかに震えている。だが怪我はないようで、足取りはしっかりしていた。
その後を歩く俺の耳元で、十兵衛が囁く。
「さすがは、主様」
その瞳には、俺に向けた確かな敬意が宿っていた。
「この地がどこか分からぬ以上……我らの正体を伏せるのが得策、という判断ですな」
――いや。
ただ単に、恥ずかしくて誤魔化しただけなんだけどな。
◇
そこから先、波乱めいた出来事は起こらなかった。
先ほどのような化け物に遭遇することもなく……フィオナさんの案内に従い、俺たちは無事に洞窟の外へと脱出した。
洞窟は、山の斜面に穿たれたものだったらしい。
背後には山肌が迫り、前方にはなだらかな丘陵地帯が広がっている。
時刻は、まだ昼過ぎだろう。
太陽の光が、草花の生える大地をまっすぐに照らしていた。なかなか気持ちのいい光景だ。
そして、この頃になって――俺の胸の奥で、あるひとつの思いが、ゆっくりと形を取り始めていた。
(ひょっとして……これって、夢じゃないのか……?)
夢にしては、あまりにも現実感が強すぎる。
それに……いつまで経っても、覚める気配がない。
いや。実のところ、その予感は、もっと前からあった。
だが――この状況が現実だなどと、信じたくはなかった。
「あの……」
俺の内心など知る由もなく、フィオナさんが伺うように俺の顔を覗き込んでくる。
「お二人はこれから、どちらへ向かわれるのでしょうか……?」
どちらへ、と言われてもねえ。いったいどこへ向かうべきか、俺の方が教えて欲しいくらいだよ。
「もし、行き先が決まっていないのでしたら……レティアの町に、いらっしゃいませんか?私も、これからそこへ向かうつもりなんです」
「いかがなさいますか、主様」
十兵衛が俺に問いかけてくる。俺は、フィオナさんに視線を向けた。
「――レティアの町というのは、どんな場所だ?」
「貿易の中継地点になっているため、この近隣では一番大きな町です」
「なるほど――大きな町、か」
俺は頷く。
「我らが介入すべき事柄があるかもしれないな?十兵衛」
「では……!」
「ああ。レティアの町に、案内してもらうとしよう」
なんとなく、格好つけてそう言ってみたが……何のことはない。
行くあてのない俺には、それ以外の選択肢がないのだ。




