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「なんであの時行きますなんて行っちゃったんだろう‥」


鏡の前でドレスの裾をそっと広げながら、アリアは小さく呟いた。


100%、お金のためなんだけどね。

今夜の舞踏会を乗り越えれば、フルオーダーのドレス5枚分の資金が手に入る。

貧乏仕立て屋の店主である私は、思わずセレナ様のあの申し出に頷いてしまっていた。


「うん、思ったよりも良いかもしれない」


白銀の布地は、魔法糸の織り込みによって柔らかく光を返している。重厚感があるのにその実とても軽い生地はまるで月光のカーテンのようだ。


普段より華奢な手足、低い視線、シャンパンゴールドのたっぷりした髪、エメラルドの瞳、顔のパーツは私そのものでも、セレナ様の姉妹くらいには見えてしまうかもしれない。

ましてや初対面の相手ならば、私とセレナ様の違いなんて分からないはずだ。


セレナと何度も話し合い、入城から退出までの作戦は頭に叩き込んだ。

挨拶を受けたら微笑む。余計なことは喋らない。

そして、誰にも自分の素性を明かさないこと。

私が今夜する事は、ただ今夜王城で開かれる舞踏会に参加するだけだ。

その他大勢の貴族に混じり、参加したと言う実績を刻むだけ。それ以外のことはせず、会場に入ったらひたすらに壁の花になれば良い。


「完璧。……のはず」


頬を軽く叩いて気合いを入れると、私は店の外へと歩き出した。

セレナが用意してくれた迎えの馬車が来るのは人気の少ない夜の公園。

春の夜風が心地よく、花の香りが漂っている。

魔法石の街灯に照らされたドレスが、ほんのりと青白く輝いていた。



「しまった、先客がいる‥」


人が少ないから人通りの少なくなった公園にしたのに、こんな時間に公園の広場では人が集まり始めていた。

露店の売り子が、ひときわ大きな声で叫ぶ。


「号外! 号外だよ! シンドラの告白最新号! 今夜の舞踏会の真実だ!」


シンドラの告白――。

それは最近人気の王都で話題のゴシップ新聞の名だった。

貴族たちの秘密を暴く、得体の知れない筆者が書くものだが、不思議とその文は人を惹きつけ町の人々の恰好の娯楽と化していた。


「綺麗なお嬢ちゃんも一部いるかい?」


お世辞でも綺麗な、と言われて悪い気はしなかった私は、興味本位で売り子から新聞を受け取る。

インクの匂いがまだするその新聞の中をしげしげとみてみると、紙面には大きな文字が躍っていた。


『王太后、ついに動く――

今夜の舞踏会にて、次期妃候補をお選びか!?』


「……は?」


アリアは思わず紙面を二度見した。


妃候補? 王妃選びの舞踏会?

そんな大事な場所に、私が?


確かに社交界シーズン一番初めの舞踏会は毎年宮殿で開かれる事が恒例だったが、妃候補探しなんて初めて聞いたけど!


(え、いやいやいや。

 関係ない関係ない。私はただの代理! そう、これはお店のドレスを宣伝する絶好の機会なのよ!)


慌てて頭を振り、新聞をくしゃりと丸めた。

緊張をごまかすように両手をぎゅっと握る。


「大丈夫、落ち着いて。

 あくまで私は“セレナ様”。

 仕立て屋のアリアじゃない」


なんたって私には幻系で作ったドレスがあるもの‥

小声で唱えるように呟いたそのとき、馬蹄の音が夜の通りに響いた。


伯爵家の紋章が刻まれた黒い馬車が、静かにアリアの前で止まる。

従者が降りて、恭しく頭を下げた。


「アーデルハイト伯爵令嬢、セレナ・アーデルハイト様でいらっしゃいますね」


「……っ、は、はい!」


(どうしよう、本当に来ちゃった!)


震える手でスカートの裾を持ち上げ、アリアは深呼吸を一つ。

丸めた新聞をポケットに突っ込み、

恐る恐る馬車へと足を踏み入れた。


ドレスの裾が月明かりを受けてきらりと光る。

まるで、運命そのものが光を放ったように――。



馬車が静かに走り出すにつれ、窓の外では王都の灯りが流れていく。

アリアは胸の前で手を組み、心の中でそっと呟いた。


(無事に終わりますように……

 そして、少しでも――私の作ったドレスを見てもらえますように)


「セレナ様、王城の門前でパーシヴァル様がお迎えになる手筈になっていますが、それでよろしいでしょうか?」

「え、ええ、大丈夫ですよ」


馬を操る従者が、窓越しに私に問いかけた。


きたな第一の関門、従兄弟のパーシヴァル!


セレナ様に伝えられたのは、今回の舞踏会監視役パーシヴァルの存在だ。

彼はセレナの父、アーデルハイト伯爵の甥でセレナの従兄弟に当たる。

セレナが舞踏会から逃亡しないように、エスコート役として態々辺境から招集されたようだ。セレナパパの涙ぐましい親バカ心だけれど、全くもって余計なお世話だよ!


セレナとパーシヴァルは初対面ではないが、最後に2人が会ったのはどちらも歳が一桁の頃らしい。

そんなもの同い年の私からしても初対面なものだ、よし、いける!

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