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宿に泊まろう


暮れ泥む街並みを、それと同じ様に、ゆったり歩く。

帰宅、或いは宿へ向かう人々と、夜の営業に向けて準備をする人々。

昼と夜とが混じり合う雑踏の中を、夕焼けに背を向けながら、目的地へと向かう。

周囲は多種多様。人から獣人から亜人やなんや。中世の欧州っぽい街並みと、幻想的な黄昏の色合いも相まって、これまでで一番ファンタジーな景色をしてる。

薄暗い時分だからだろうか、人々は黒髪なんぞに大きな関心を寄せない。

この時間帯が、一番落ち着いてこのファンタジー空間を楽しめる頃かもしれない。


そうやって街並みを楽しみつつ、冒険者ギルドから、徒歩で15分程。目的の宿屋に到着。

一階は石造り、二階は木造の二階建て。民家を改造して作りましたって感じで、所々に補修跡が見てとれるが、それが味になってるタイプ。

昔から愛されてうん十年って感じで、良きですな。

それも良きなんだけどしかし、何よりこの宿の質の高さを感じさせる所は、匂いですな。

何かのスープか、煮込み料理かは分からんけど、すげーいい匂いが辺りに漂ってるんだわ。

この匂いを嗅いだ瞬間から、さっき飯を食ったことを軽く後悔する程度には、めっちゃ食欲を唆られる。

なんだろう、しかもそれだけじゃない。上手く表現出来ないんだけど……あれよ、実家に帰った時の安心感、みたいな?

なんかリラックス出来るような匂いがするんだよね。え、なんかヤバい薬とか使ってる?

もうこの段階で評価星5つなんだが?

ギルド長、副長のおっちゃん、セリナと、3人が結構な熱量で勧めて来ただけあるわこれ。

特にギルド長がめちゃくちゃ前のめりだったのにちょっと引いてたんだけど、もう納得したね。

これ、絶対良い宿。部屋が空いてるかどうか、心配になるわ。

興奮しながら、隣に居るセリナの顔を見ると、そうでしょ?みたいな顔をしてた。納得です。


「この宿屋は、ここら辺で1番よ」


「だろーね」


全く、君らはなんて所を紹介してくれたんや。

まだ中に入ってもいないけれど、もう馬小屋には絶対に戻れないって。並の宿じゃ満足出来ない身体にされちゃうってこれ。


「……まあ、宿泊客は少ないんだけど」


「え、何で?」


セリナは不満気にそう溢す。

こんなに良さげな雰囲気で、どうしてそんなことになってるのか。謎であるぞ?

え、サービスの問題?でもここら辺で1番ってさっき言ってたのに?どゆこと?


「店主の女将さんが、商売っ気がなさ過ぎるというか……いえ、とても良い人なの。むしろ、良い人過ぎる、というか……ね」


「良い人だと人気が出ないって、なにそれ?」


「……直ぐに分かるわ。ツバサなら、直ぐに気に入られるでしょうし」


「ほん?」


訳わかめでござる。良く分からないんだけど……詳しく聞こうとしたけれど、まあまあと促されて、取り敢えず宿屋に入ることに。

何が始まるんです?



「いらっしゃい!何人だい?」


入店すると、めちゃくちゃ活気があって馬鹿デカい声で出迎えられた。

おいおい、これ、近くで話されたら耳キーンなるぞ。そんぐらいの声量だったわ。

びっくりしてその声の方向を見て、更にびっくり。


カウンター越しに、筋骨隆々のおばさんが腕組みをして、こっちを見てた。え、ちょっと待って。何その体格。ギルド長並の筋肉なんだけど。

腕太過ぎ。丸太か?頭の三角頭巾があんなにも似合わない人類、初めて見た。

宿屋の女将じゃなくて、歴戦の戦士の間違いでは?

副長のおっちゃん位だったら、片手でぶん投げられそうな勢いなんだけど。


困惑して動けないでいると、セリナが一歩前に出た。


「ミテラさん。ご無沙汰してます」


霊長類最強の雰囲気を漂わせたおばさん——名前はミテラというらしい——は、セリナの顔を見ると、ニカッと勇ましく笑った。

笑い方が完全に強者のそれなんですが、どうだろう。


「おや、セリナじゃないかい!久しぶりさね。元気してたかい?」


「ええ、お陰様で」


「そうかい!そいつは良かった!また何かあったらいつでもウチに来な!あんただったらいつでも歓迎するよ!」


「はい。ありがとうございます」


と、何やら顔馴染みの雰囲気で話し始める2人。

元から柔らかい話し方をするセリナではあるけれど、ここに来て更に柔和な態度で話し掛けている所を見るに、かなり親しい間柄だろうことが分かる。

てことは、この戦闘民族みたいなミテラさんと言う人は、めっちゃ良い人なんだろう。

熊とかなら素手で倒せそうな見た目してるけど。

感心しながらその顔を観察していると、ふとこっちを見たミテラさんと、ばっちり目が合う。

何となく、背筋が伸びました。


「おや?見ない顔だね?」


「うす。初めまして。高瀬翼っす」


「タカセツバサかい。あたしはミテラだよ」


「うす。よろしくおねしゃす」


何となくそうしなきゃいけない気がして、ビシッと頭を下げる。

いや、だって怖いもん。下手なこと言ったら、素手で頭握り潰されそうな雰囲気ですやん。

そら普段おちゃらけてる俺でも、最敬礼余裕っすわ。学校で習った、俺の全力のお辞儀をとくと見よ!


「あ、ミテラさん。この人は……」


お辞儀する俺の横で話し始めたセリナが、ふと言葉を止めた。

どうしたのかと思って横を見ると、困惑した表情をしてた。どした?


「顔、上げな」


セリナに声を掛けようとすると、その前にミテラさんの声が聞こえたので、それに従い顔を上げる。

ミテラさんは、腰に手を当ててニヤリと笑っていた。


「タカセツバサって言ったっけ?」


「うす。ツバサで大丈夫っす」


「そうかい。あんた、黒髪だね?」


「そうっすね……?」


ん?んん?何その質問は。見たら分かることをわざわざ確認するって、それ、どうやったって良い意味じゃなさげなんですが?

何これ?何が始まるんです?

意図を読めないでいると、ミテラさんは首を傾けてながら、続けて口を開いた。


「世間で爪弾き者の黒髪が、ウチになんの用だい?」


何故か威圧感たっぷりに、そう質問されたのでした。

……え、俺何かしちゃいました?

マジで身に覚えないぞ。

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