獣が嗤う
こうして、俺は昇格試験を終えて、晴れてEランクに昇格しましたとさ。
——なぁんて感じに終わってたら、楽だったんだけどねぇ……。
石畳の闘技場に、張り詰めた空気が満ちていた。
今、訓練場に居るのは、俺、ギルド長、副長のおっちゃん、そしてセリナの4人のみ。
他はギルド長が鶴の一声で下がらせました。
どーやら、ギルド長は俺の実力を測りたいらしい。
坊主の隠す“その奥”が知りたいとか何とか。
……いや、別に隠すつもりはないんだけどさ。
ぶっちゃけ、俺としては今世、大した目的がある訳でもなく。ただ美味しい甘味を食べて楽しく生きれたらそれでいいかなーなんてことしか考えてなかったというか。
わざわざアピールする程のもんでもないというか。
そんな感じなんすわ。
「ねー、ギルド長ぉ」
「ん、どうした?坊主」
大斧を素振りするギルド長に声を掛ける。非常に楽しそう。やる気満々いっぱいって感じ。
聞くだけ無駄そうだけど、一応聞いてみる。
「本当にやるの?」
「おう!当然だ!」
即答。やっぱりこれは強制イベントのようです。
うん……まあ、別に、構わないんだけどね。
でもなぁ……ガチの戦闘するってなるとなぁ……。
まあ、無駄だと分かってても、一応確認はするか。
「俺が本気でやったらさぁ……ギルド長、死んじゃうよ?」
沈黙。
ギルド長は、目を見開いて固まった。
……いや、あの、確かに、今のは調子乗った三下ムーブっぽいけど。ちゃうねん。ガチやねん。
ワシ、実は転生前に課長神と三百年程修行してんねん。
そんじょそこらの英雄程度だったら、目を瞑ってても余裕のよっちゃんなんすわ。
だから、ギルド長相手に本気を出すのは気が引けるというかね。
一歩間違えたら本当にやっちゃうというか。
あんまり気が乗らないんすわ。
「——ぬはははははは!」
そんなことを思ってたら、唐突にギルド長が爆笑し始めた。え、何?どした?
暫く笑い声を上げていたと思ったら、本当に、凄く楽しそうに、ギルド長は——嗤った。
「面白れぇ……やってみろ、坊主」
猛禽類のように、壮絶に、獣のように、凄惨に。
犬歯を剥き出しにして、嗤った。
……あちゃあ、しまった。これスイッチ入っちゃった。
うん、ごめん。俺の聞き方も悪かったね。あれはないわ。すまぬ。
という訳で、真面目な戦闘をすることになってしまいましたとさ。
ええ、やってやりますわ。
ギルド長は大斧を構え、戦闘態勢。隙のない美しい構え。しかし、肌を焼くような殺気が、ピリピリと伝わって来る。
「ぬはは!行くぞ坊主!」
豪快な笑いと共に突進。暴風のような圧がとめどなく襲いかかって来る。
普通なら見えない速さ。だが俺には、全部“見えて”いた。
肩の角度、腰のひねり、足の爪先——そこから導かれる次の動き。
「はい、ずれたー」
一歩。ほんの指先分の体重移動。
それだけでギルド長の斧は空を切る。
そして、その踏み込まれた足に、そっと左足を添えた。
「ぬおっ……!?」
勢い余って体勢が崩れ、どすんと地面を転がるギルド長。
「はぁ⁉︎ギルド長が……転がった⁉︎」
「な……何が起きたの⁉︎」
副長のおっちゃんとセリナがざわついていた。いや別にただギルド長の重心を見極めて、転ぶように力を加えただけなんだけどね。
俺は肩を竦めて、呼吸一つ乱さず立ち、ギルド長を見下ろす。
「おーっと、すべったかな?いや、転がったのはギルド長か」
軽口を叩く俺に、ギルド長の瞳に火が燃え盛る。
笑っている——楽しそうに。
「ぬははは!いいぞ坊主!言うだけあるな!もっとやれ!」
再び振るわれる大斧の嵐。俺は全部いなし、時に軽く手首を払って体勢を崩す。
そのたびに、ゴロゴロと転がる赤銅色の巨体。
「何だありゃ……遊んでるのか?」
副長のおっちゃんが呆然と呟く。まあ、確かにこんだけゴロンゴロンと転がってりゃ遊んでるように見えなくもない。
セリナは両手を口元に当て、信じられないものを見ている顔。
——俺にとっては、ただの延長戦だ。
相手の全力を受けて、流して、次へ繋ぐ。それはずっとやってきたこと。
三百年間、それこそ数え切れない程繰り返し行ってきた。
「どうなってんだこりゃ!まるで俺の動きが全部見えてるみてぇじゃねえか!」
「おん、まあその通りだね」
そう言いながら、ギルド長の横薙ぎの一撃をひらりと避ける。体勢を崩されることを警戒しつつコンパクトで早く。避けづらい軌道の良い一撃だ。
何気にこの人、転がす度に都度対策を講じて来る。踏み込みの幅、重心の位置、数々のフェイント。毎回ちゃんと意図して変化を付けて来る。
やり辛いったらありゃしない。もうちょっと見た目通りの愚直な前進を披露してもらえると助かるんだけど。
そうぼやきながら、軸足を引っ掛けてもう一度ギルド長を転がす。
「どうしたんギルド長? もう一周くらい転がる?」
「……ぬはははは!まだまだ!」
どんだけ転がそうと、ギルド長は楽しそうに突っ込んで来る。
段々と技のキレと威力が上がる。繰り返す度、鋭く。打ち込む度、強く。
これあれだ。どんどんテンション上がって、どんどん調子上げて来てるパターンだ。
このタイプは乗せたら怖いぞぉ。
さて、どうすっか。
と思ってたら、ふとギルド長が呟いた。
「……いつ以来だろうなぁ。こんな戦いは」
立ち上がったギルド長は、油断無く大斧を正面に構えて、静止する。
「どれもこれも、何を試しても、はなから未来が見えてるみてぇに、何も通じねえ」
嬉しそうに、感慨深そうに、慈しむように、微笑む。
「俺の培った技術が、知識が、力が……なんてことねえみてえにあしらわれる」
ゆっくりと、噛み締めるように、語る。
「あの時の……雲の上のS級冒険者と戦った時を思い出すじゃねえか」
大斧が、ゆるりと、持ち上げられる。
「なあ、坊主。……いや、タカセツバサよ」
ゆっくりと、しかし、確実に。放物線を描いて刃が登る。
「お前さんも、あの人外魔境の化け物共と、同格か?」
そして、ギルド長の頭上でぴたりと大斧が構えられた。
その瞬間——空気が固まった。
「これはよ、俺の奥の手ってやつだ。……俺はコレで、災害級の魔物を仕留めた」
ギルド長を中心に、気流が、マナが、時間さえも——堰き止められるかのように固定されていく。
「なあ……タカセツバサ」
そして一匹の獣が、惨烈に牙を示す。
「お前さんは、この災害を防げるか?」
——轟音が、訓練所に響き渡った。




