抑える牙はしかして爪に抜かれる
石畳の闘技場に、重い空気が満ちていた。
副長のおっちゃんは起き上がって腹を抱えてるし、セリナは真剣な表情で両手を祈るように握ってる。
そこのお嬢さんや、何をそんなに心配しとるじゃね。ただの試験じゃ、人死になんで出やせんよ。
「まあ……本気じゃねえとなったら……こうだな」
そんな空気の中、ギルド長が持ってた斧を地面へ突き立てる。
金属音が響くが、彼はそれを握らない。ただの肉体で挑むつもりらしい。
なるへそ肉弾戦。
それなら周囲も安心すね。
一ミリも空気は軽くなってないけど。
「もう一度言う。ルールは簡単!俺を一歩でも下がらせりゃ合格だ!」
豪快な声と共に場が震える。
副長のおっちゃんが何か薬っぽい瓶を一気飲みしてた。
「……胃が、もう限界だ……」
薬の効果がなさそうな彼のぼやきを聞き流しながら、俺は肩を回して息を吐いた。
「いやぁ、相手ギルド長とか、聞いてないんすけど。バイト二日目で社長直々の査定とか、ブラック過ぎん?」
そう軽口を飛ばした瞬間——風が爆ぜた。
ギルド長が地を蹴り、獣みたいな突進を仕掛けてくる。
おお、速ぇ。体格からして重戦士タイプかと思いきや、存外動きが鋭い。瞬発力マシマシのインファイターって訳ね。
一撃必殺型だ。一撃でも喰らったら不味いやつ。それが次々と繰り出されるっぽいのがまた冗談じゃない。
だが——。
『感応探知』
五感を強化する感知魔法を発動。広範囲ソナーの元ネタだ。正直、リスクが少ない分、接近戦ならこっちの方が使い勝手が良い。
これで、次の一歩、肩の捻り、拳の角度。全部見える。うん、感度良好。
迫る拳を、俺は半歩ずらして受け流す。
——が、風圧だけで頬が切れた。マジか。威力の想定を上方に微修正。
「ほう……躱すか!」
ギルド長が楽しそうに笑う。戦闘狂ムーブやめてね?これ試験なんですよ?
そして次の瞬間には回し蹴り。体重全部乗ってる。これ普通に受けたら胴体千切れない?手加減どこ行った?
「っとと」
靴裏すれすれに風魔法を流し、滑るように退く。
ほんの一瞬のブースト。見た目はただの俊敏なステップ。
しかし、ギャラリーは息を呑む。
「新人の動きじゃ……ない……」
「な、何今の……?」
ハンネスとミリアの新鮮な反応。分かりやすくて良いね。
俺は肩を竦めて、冗談っぽく呟く。
「いやぁ、健康第一、反射神経は青春の賜物ってね」
さて、そんなの気にしないと言わんばかりのギルド長の拳が次々と襲い掛かる。その圧は、俺の前世で言えばトップアスリート級。世界狙えるぜ、ギルド長。冗談抜きにね。
——けど、全部“見えてる”んだなぁ、これが。
紙一重の回避と受け流し。掌に微量のオドを纏わせて、力の軌道をほんの少し外す。
ただそれだけ。だが結果的に、俺の立ち位置は一歩、また一歩と前へ。
「……ぬ?」
気付けば、ギルド長の踵が石畳を擦っていた。
彼がほんの一歩、後ろに退いたのだ。
辺りに広がる静寂。
そして——。
「ぬはははっ! 下がっちまったか!」
豪快に笑い声が轟く。
ハンネスは驚愕の表情を浮かべ、ミリアはキラキラと目を輝かせてた。
「あの新人……ギルド長を下げさせただと?」
「ツバサさん凄いです!」
そして副長は頭を抱えて「もう辞めてくれ……」と呻き、セリナは安堵の息を吐いた。素直に称賛してくれたのはミリアだけですか。皆、もっと褒めても良いんだよ?
そこの副長。何故面倒事が増えたと言わんばかりの顔をしてるんだね。……まあ、気持ちは分かるけどね。
俺は額の汗を拭って肩を竦める。
「おーけー、合格ってことでいい?」
「……ああ、ルール通りならな」
ギルド長はそう言いながら、俺の耳元にだけ届く声で囁いた。
「だがな、坊主。……本気は、まだ隠してんだろ?」
一瞬、背筋に冷たいものが走る。
俺が答えるより先に、ガストンは豪快に場へ振り返った。
「合格だ! こいつは間違いなく将来伸びる! 祝ってやれ!」
歓声が爆ぜる中、俺は心の中でため息。
ギルド長の目——あれは完全に獲物をロックオンしてましたね。
……うん。どうやら、この試験はコレで終わりだね。とはならなさそう。
撤退準備は必要かなぁ?
……強制イベント?
おっと、クソゲーか?




