強者はその眼で何を見る
俺がハンネスの鬼教官っぽい雰囲気に慄いていると、ドスンとした足音が訓練場の入り口から響いた。
「——ぬははは!今回は俺がやる!」
現れたのは、ギルド長のガストン。彼は赤銅色の髪を揺らし、大斧を肩に担いでいた。
「え、ギルド長が直接!?」
「そんなの聞いた事ないわ⁉︎」
ミリアとセリナが目を丸くする。
副長のおっちゃんはギルド長の登場に眉を顰めてた。
「……どういう風の吹き回しですか」
「おうよ!規格外の新人っつうことだからな!坊主の力、直に見ておきたい」
ギルド長は笑いながらも目は鋭い。一瞬だけ、獲物を見定めるような、冷徹な視線を向けて来る。
え、何?なんか怒ってる?俺何かしたかな?
戸惑っている間にも、話は進んでいく。
ギルド長は俺の目の前に立つと、ニヤリと笑いながら宣言した。
「ルールは単純だ。俺を一歩でも下がらせりゃ合格とする!」
「ギルド長!いくら何でもそれは不味い!新人を昇格させないつもりですか⁉︎」
「そうですよ!ただでさえギルド長がFランクの昇格試験だなんて異例だってのに!」
焦った様子でハンネスが声を荒げる。
副長のおっちゃんも腹を押さえながら追随する。
また腹痛か。おっちゃんも大変だなぁ。
「ぬははは、心配するな!本気は出さん!」
「そういう問題じゃねぇんすよ‼︎」
副長のおっちゃんの絶叫が、地下訓練場に響く。
ギルド長は大して気にした様子もなく、俺の肩を叩いて小声で語りかけて来た。
「大事にして悪いな、坊主。ハンネスじゃあ、お前さんの相手は務まらんと思ってよ」
「……ん?」
その発言に驚いた俺は、ギルド長の顔を凝視する。
しかし、ギルド長はそれ以外何も語らず、ただニヤリと笑顔を向けて来るだけで、直ぐに周りに顔を向けた。
「っつう訳だ。お前ら散れ!試験の邪魔だ!」
「いや正に邪魔してんのはあんた……ぐほぁっ⁉︎」
スペースを確保しようとするギルド長に対抗しようとした副長のおっちゃんが蹴り飛ばされた。
壁際まで転がってぐったりしてる。可哀想に……。
その様子を見てミリアとハンネスは渋々といった表情で下がる。
セリナだけが俺に駆け寄って来て「無茶だけはしないでよ」と小声で言う。
その真剣な表情を見て、俺は何故か笑みが溢れるのを止められなかった。
「大丈夫だろ。本気出さないって言ってるし」
「そういう問題じゃ……っ!もうっ!」
地面に重い足音が響く。ギルド長が構えた音だ。
それを見たセリナは小走りでミリア達の方へ向かって行く
途中何度もこちらを振り返りながら、最後に「絶対、無茶だけはしないでね!」と一言添える徹底ぶり。
そんなに何度も言わんでも分かっておりますとも。
近くに人が居なくなったことを確認したギルド長は、控えめな声で話し掛けて来る。
「分かってるぜ、坊主」
「んえ?何が?」
「お前さん。強いんだろ?」
ギルド長はそう宣言して、ニヤリと笑う。
「お前さんの姿勢、重心の置き方は“戦い慣れた奴”のそれだ。それにその目の据わり方は、実力に基づいた“確かな自信”の表れだな。そんで、極め付けは俺の前に立っても崩れないその余裕の態度。“強さに裏打ちされた余裕”がなけりゃ、そんな態度は取れねぇ。……違うか?」
驚いた。まさか戦う姿を見てた訳でもないのに、そこまで見抜かれているとは思わなかった。
「凄えな……びっくりした。一流は一流を知るってやつ?」
「ぬはは!そんなとこだな!」
俺が素直に褒めると、ギルド長は一つ豪快に笑った後、表情を引き締める。
「よし。——じゃあ行くぞ、坊主。遠慮は要らねえ」
ギルド長が斧を構えた。
俺は正対し、深呼吸。天辺から爪先まで、全身にオドを巡らせる。
「まあ……」
空気が——張り詰め始めた。
肌を指すような緊張感が訓練場に広がる。
その空気を作り出したのは、目の前の強者。
一流の者が持つ、場を支配する力をギルド長からひしひしと感じる。周囲で見守る全員が、息を呑んだのが分かる。
「元A級冒険者相手に、遠慮する余裕がありゃあな」
そう言って、ギルド長は獣の様に凄惨に笑った。
こうして、俺の昇格試験が始まろうとしていた。
——昨日の糖の戦場に続き、今日は鉄と汗の戦場とはね。異世界二日目にして忙しすぎるだろ。
だが、しかし……。
この空気は悪くない。本物と対峙するこの高揚感。前世の頃から、この空気が嫌いではなかった。
俺の胸は妙な高鳴りを見せていた。




