その戦場に立てるのは、糖の真髄に触れし者のみ
店の奥に注文を通した少女が、小さく肩を落として戻ってきた。
「もう、今日は忙しいなあ……」
ぼやきながら伝票をまとめる小さな背中。ああ、うん、すまないとは思ってる。頑張れ。
俺は鼻歌交じりに待っていた。——しばらくして、その時は来た。
「お待たせしましたー!」
次々と運ばれてくる皿、皿、皿。苺の赤、タルトのきらめき、プリンの黄金、わらび餅の淡雪。まさに甘味の軍勢。俺の前に整然と並べられていく。
「おぉ……これぞ糖の地平線」
思わず呟きが漏れる。セリナは額を押さえた。
「やっぱり本気だったのね……」
——だが。
「こちらもお待たせしましたー!」
ほぼ同じタイミングで、隣の席にも皿、皿、皿。運ばれる速度も量も俺と互角。むしろ一歩も引かない。
視線を向ければ、そこに座るのは大柄な男。両腕を組み、皿の到着を当然のように受け止める。
ほう…と感嘆のため息を溢すと、男と目が合った。一瞬の沈黙。そして目礼。
少し見過ぎだったかと反省。
「え、ちょっと、なにこの既視感……?」
セリナが青ざめていた。気にせず甘味に向き直る。
生きとし生ける全てのものに——今はただ、感謝を。
「甘味は刹那、人生は一度きり」と俺。
「……守る。胃袋の自由を」と大男。
そして、俺達は同時にフォークを突き立てた。
プリンを舌に乗せ、タルトを口に放り込む。
「速い……!人間の動きじゃない……⁉︎」
セリナが目を剥き、麒麟もどきが感心したように呟く。
「その疾さ……やはり、資格者は我が力を扱うに相応しき器——」
「止めて下さいもう処理が追いつきません‼︎」
セリナは絶叫。俺は今甘味と共に世界と一体になっている最中なのでスルー。
ふと、隣の席に目を向ける。
隣の大男は、苺を一息で消し、パフェを一気飲み。俺と同等の速さで、目の前の甘味を処理していた。
今一度、視線が絡み合う。
脳内で、何か鐘の音の様な音が響く。
隣の大男も同様だと言うことが、瞬時に理解出来た。
——そして、皿が片付く速度が加速する。
俺はフォークを二刀流にし、左右同時にケーキを処理。
大男はスプーンでプリンをすくいながら、反対の手でモナカを砕き飲み込む。
テーブルの上は瞬く間に戦場と化す。
セリナと看板娘が震える声で実況する。
「ひ、人間じゃない……」
「いや、胃袋どうなってるの……」
人間じゃないは言い過ぎじゃない?と思考の片隅で呟くも、それも刹那に流れて目の前の甘味に集中する。
俺達は互いに止まらなかった。
そう、これは漢と漢の戦いだ。手を止めた方が負ける。そんな予感がひしひしと胸中を支配する。
互いに一歩も引かず、むしろ意地だけで手が早まる。
両者、食事スピードは音速を超え、甘味を口に運ぶ度に破裂音が店内に響き始める。
「守る……俺の胃袋」と大男。
「甘味は裏切らない」と俺。
「もう止めて!私の常識が壊れる!」とセリナ。
バチバチと視線がぶつかる。
大男は額に汗を流し、俺は疲労で重くなる両手を、気合いで動かし続ける。
もう互いに限界が近い。それが分かる。
決着の時が、近付いていた。
——そして、その時は唐突に訪れた。
「す、すみません……! 在庫、全部切れました!」
看板娘の悲壮な声。
それが、この戦いの終わりを告げるブザーとなったのだ。
広がる静寂。
皿は山。胃袋は満ちる。
俺と大男は同時に、スッと席を立ち——。
互いの健闘を祝し、固い握手を交わしたのだった。
「高瀬翼だ」
「俺はエルガンだ」
——こうして、“糖の戦場”での邂逅は、心地の良い充足感と共に幕を閉じた。
——本日の会計。
金貨一枚と銀貨四枚。
財布の中身がすっからかんだ。
しかし、後悔はない。寧ろ晴れやかな気持ちで一杯。何せ、俺はやり切ったのだから……。
「貴方達!そこに直りなさい!」
店を出た直後、セリナの怒声が夕暮れに染まる街に響く。
俺とエルガンは二人並んで店先に正座。
曰く、俺達が店の在庫を軒並み食い尽くしたせいで、商品の補充の為に三日月堂は数日程休業。
店と客に迷惑をかけたとして、二人揃って説教を受けたのだった。
しかし、俺達はなぜか妙に満足げな笑顔で、肩を並べて夕暮れを眺めていた。
「ちゃんと反省しなさい!何で笑ってるんですか⁉︎」
麒麟もどきが小首を傾げ。
「勝敗は……甘味の神のみぞ知る……か」
としたり顔。
「何上手いこと言おうとしてるんですか!貴方もそこに直りなさい!三人纏めてお説教です!」
セリナの絶叫が、三日月が浮かぶ夕暮れ前の空に響き渡った。




