刹那、甘味に生きる
「で、どこ行くつもりなの?」
正気に戻ったセリナが、肩でため息をつきながら俺を見上げる。
おや、敬語が消えたぞ?と思っていると、少し視線をそらして唇を尖らせた。
「もう敬語、止めるわよ。あなたといると、ツッコミが追いつかないわ」
「へーへー、了解っす」
へらへら笑いながら答える。セリナはふっと笑って俺の隣へ並び歩調を合わせた。
「で、どこに行くつもり?貴方、この辺のお店知ってるの?」
「いや、全然」
俺は胸を張って答える。まあ今日初めてこの街に来たばかりだし。どこに行っても初見。どうも初見の翼です。
「そ……「大丈夫だ、問題ない」
セリナのツッコミを手で制し、そう続ける。そう、問題はないのだ。何故なら、今の俺には魔法がある。
副長のおっちゃんと街を歩いていた時、ふと漂ってきた甘い匂い。それの発信源であるとある店を『広範囲ソナー』で隅から隅まで確認した。その結果、約束された勝利への道筋が明確に記されたのだ。
絶対、美味い。あってよかった感知魔法。
「俺の嗅覚が捉えた、勝利確定の店がある」
「意味が分からないわ。……変な店に入るつもりなら、全力で止めますからね」
セリナがため息を溢す。任せなさい。繰り返すようだが既に勝利は確定しているのだ。
「挑む前に勝利を手中に収めるか。それでこそ因果に刻まれた運命を切り裂く者ぞ」
「今“運命”って書いて“さだめ”って読んだろ?」
「……意味が分からないのは、この子の方ね」
厨二センサー、三度発動。こいつはこいつで、ついて来るつもりのようだ。音もなく着いて来る麒麟もどき。
歩いてる動きはしてるのに、動いてる音がない。何故?
そんなこんな、しばらく歩くと、三日月を象った木の看板が目に入った。品のいい硝子窓、白いレースのカーテン——看板には【三日月堂】の文字。
「えっ、ここ……三日月堂!?」
セリナの声が半音跳ねる。そんでもって肩を揺さぶられる。
テンション上がってますねぇ。
「ここのスイーツ、すっごく美味しいのよ! 嘘、貴方何者!?」
「ん?鼻が効くだけの一般人」
「一般人は匂いだけで美味しい甘味処を見分けられません!」
割り増し語気強めのツッコミをくらいながら扉を押すと、小さな鈴が転がった。
「いらっしゃいませ!」
元気のいい少女がぱっと顔を上げる。年は一桁終盤くらい、動きにむだが無い。そして気持ちの良い笑顔。——看板娘、というやつだな。
「二名様……あ、えっと……え?三、名様?」
少女の視線が俺とセリナを見て、そして後ろの“落書き”で止まって固まる。まあ、そうなるよな。ごめんね、謎を連れ歩いてて。
「三名ね。席、空いてる?」
「は、はい! こちらへどうぞ!」
木目のきれいな四人掛けへ案内され、俺とセリナが腰を下ろす——その瞬間だ。
「資格者の傍らに座すのは必然——」
いつの間にか、麒麟もどきが当たり前の顔で椅子にちょこん、と座っていた。いや“座っている風”と言うべきか。体の形が、椅子のサイズに合わせてぴったり変形している。
「なんでフィットしてるの? 物理法則はどこ行ったの?」
セリナが即ツッコミ。
「混沌に物理法則は従属——」
「ドヤ顔しないで!何でその情報量の少なさで表情が分かるの⁉︎」
……ツッコミ役がいるって楽だな。俺、心の労力が三割減ってる。ありがてぇ。
そんな事を思っていると、カウンターの奥から、強面で威圧感MAXの親父さんがこちらを覗いている。腕には刺青らしき跡。え、裏稼業の人居る?
と、思ったが表情は恥ずかしがる少女のようだった。もじもじしてるその仕草が逆に怖いんどけど。
美人の奥さんがそっと肘でつつき、「大丈夫よ」と目で合図。
親父さんは小さくうなずき、震える手で絞り袋を握り直した。
……何あれ?何の一幕なんだ?
周りの人達は特に気にした様子はなし。
じゃあ俺も気にしなくていいか…?
「メニューどうぞ!」
そう考えていると、少女が木のメニューをくれる。うむ、そんなことよりもスイーツだな。甘味は何事においても優先される事項である。
俺はメニューを開き、そして——三秒で閉じた。
「よし。苺のミルフィーユ、季節のタルト盛り合わせ、濃厚プリン、焙じ茶パフェ、わらび餅、胡桃最中、チーズケーキ二種、あと——」
「ちょっと待って!? 貴方何人前食べるの!?」
セリナが肩を掴んで揺らす。
「え、一人前だけど。セリナは何にする?」
「明らかに一人前超えてるわよ⁉︎」
少女は困惑しながらも、必死に書き取りをしている。しかし、本当に全部食べるつもりなのか疑っている様子。
「問題ない、全部食う。甘味は刹那、人生は一度きり」
「かっこよく言えば何でも通ると思わないで⁉︎」
セリナが机を小突く。
向かいの落書きが、すっと手(らしき線)を上げた。
「我は清浄なるオドと三日月の月光を」
「そういうのは扱ってません」
少女が真顔で即答。強い。
「むう……?ではフルーツパフェを」
「貴方食べ物食べられるの⁉︎」
セリナはツッコミで忙しそうだ。メニューを見る余裕がなさそうである。
そんな折、カウンターの奥で、親父さんが小さく呟く声が聞こえる。
「——雪の息。砂糖の結晶が、冬晴れの路地で瞬く……」
何か詩的な言葉。奥さんが「素敵」と微笑む。
そっちはそっちで何やってんの?
凄えな。ボケが渋滞してる。こんままだとセリナが過労死するぞ。
「それじゃ、少しお時間頂きますね!」
注文を取り合えると、少女がぱたぱた奥へ走っていく。
セリナは椅子にもたれて、深々とため息。
「ねえツバサ。本当にそんなに食べるつもりなの?」
「もちろん。俺の胃袋は宇宙に匹敵する広さだ」
「人間の胃袋は、普通宇宙とは張り合えないのよ……」
ため息を溢すセリナを尻目に、俺はメニューの裏を二度見して、まだ頼み漏れがないか検算する。——完璧。
糖分。脳細胞のオイル。今日は働いた。補給は正義。
「……ねえ、ほんとに全部食べきる気なの?」
「当然」
「……」
セリナの顔から、すうっと血の気が引いていった。
まさにドン引き。超ウケる。
——こうして、俺たちの三日月堂・初来店は、セリナの壮絶なドン引き表情で幕を開けた。




