ある日、森の中ーー熊?出る訳ないじゃんそんなの
さて、それではギルドを出発しようという時分。
副長のおっちゃんが、俺とセリナを呼び止めた。胃の辺りを押さえつつ、声はやけに真面目に。最後に注意事項を伝えに来たのだった。
「いいか?ミルデンの森は外縁なら採取向きだが、今は魔物が活発だ。奥に入るな。危険を察したら戻れ。いいな?」
「へーい。奥には行かない、帰れる時に帰る。異彩承知!」
隣でセリナが小さく頷く。
「副長、任されました。危なくなったら迷わず撤退します」
雑な返事をする俺と、堅苦しいセリナの温度差よ。自分で言うのもなんだけど、これから同じ任務に向かうとは到底思えない差だね。
おっちゃんも同じことを思ったのか、額に手を当てて空を仰いでいだ。
「……本当に頼んだぞ、セリナ。お前しか頼れねぇ」
「分かってますよ」
受付カウンターの向こうで、ミリアが心配そうに手を振った。
「お気をつけてくださいね。戻ったら報告お願いします」
「あいさー。では行って参る」
そうして俺たちは、門を抜け、南西のミルデンの森へ向かった。
門を抜ける時、門ジイが滅茶苦茶胡散臭そうに俺を見てた。今回は身分証持ってるので余裕でスルー。あ、お仕事お疲れ様でーす。
森の手前で一息入れる。
ここいらは辺境でも人が手を入れているおかげで、普段は外縁が安全帯。けれど数週間前のレッサードラゴン目撃以降、魔物の動きが荒いらしい。見た目は緑が濃くて癒し系なのに、実態はちょいサバイバル。そんな負のギャップ萌えは求めてないんよ。
「入る前に、感知魔法を使います」
「え、感知魔法?」
「おお、せやで『広範囲ソナー』」
俺は掌を開き、息を整え、吸って、吐く。体内のオドをぐるりと巡らせ、周囲のマナに触れさせる。強化で感覚を研ぎ澄ましつつ、微量を放出して返ってくる揺らぎを拾う魔法。本来は感覚を研ぎ澄ます『感応探知』っていう強化魔法なんだけど、範囲が数mと控えめだったので、応用して広げてみた。そして名前はノリで付けたやつだ。
「あの、感知魔法って熟練の魔法使いが使う高等魔法なんですけど……」
波紋が地面に落ちた水滴みたいに広がって、森の輪郭を撫でて戻ってくる。小型の気配が点々、風の流れ、獣道の密度、魔物の臭いは薄い。感度良好。うん、今日は行けるライン。
……まだなったことはないけど、範囲を広め過ぎると反動が来そうな予感はある。ので、基本控えめ運用で。
「危険反応は薄い。外縁ぐるっと回って、さっさと採って帰ろう」
「あ、ちょっと!」
俺がズンズン歩き出すと、セリナが苦笑交じりに並んだ。
「あなた、危険を見てから止まるタイプですね。先に止まる選択肢は無いんですか?」
「止まるのは危険が来てから、がコスパ良いってじっちゃんが言ってた。もちろん無茶はしないよ」
「……すごく不安なんですけど」
お母さんからのため息っぽいやつを貰いつつ、外縁の陽当たりの良い斜面へ。草いきれの中で、細長い鋸歯の葉が束になって揺れている。葉脈が白く浮いて、指先で揉むとほのかに清涼の香り。
「フェリグラス草、ですね。胃腸に効く薬草です。束にして乾燥、品質が良ければ買い取り額が上がります」
セリナの解説が手際いい。経験浅めと聞いていたが、意外と段取りは落ち着いてる。悪くないね。
俺は根を傷めないよう小型ナイフで株元を払いつつ、麻紐で束ねる。採った場所に土を寄せて軽く水をかけるのもお作法。未来の自分のための投資。投資はいずれ甘味に化ける。
「副長のおっちゃん向けだな。ずっと胃が痛そうだし、あの人」
「副長は好きで胃を痛めてるわけでは……ないと思いたいです」
淡々と返しながら、セリナも手を動かす。二人で無言作業。聞こえるのは鳥の声と、葉を撫でる風。外縁は穏やかだ。さっきのソナーも、周回のたびに大きな乱れは拾わない。
「束、十。品質は悪くない。これで依頼分は足りる?」
「はい、十分です。あとは余剰で追加報酬を狙えます」
「余剰は甘味に化ける予定なので、真剣に狙います」
「はあ……甘いもの、お好きなんですか?」
不思議そうに首を傾げるセリナ。何を異なことを。
俺は地面から目を離して、真っ直ぐにセリナを見つめる。
「糖分は脳のエネルギー。必須栄養素。OK?」
「え……あの?」
「よろしい?」
「いえ……あ、近いです、よ?」
おら目線逸らすんじゃありませんよちゃんとお話聞きなさい人が真剣に話してるんだから。顔赤くしてる余裕があるのなら甘味に思いを馳せなさい。神が作り賜った奇跡の食物に感謝と祈りを。
だが部長神てめーは駄目だ。詫び石早く寄越せ。
「つまり、甘味は生きとし生けるもの全ての支えとなりうる崇高な食物なのです。お分かり頂けましたか?」
「いえ、何一つとして分かりませんよ……」
おっと、少々熱が入り過ぎて説法をしてしまった。今は依頼中なので控えねば。
呆れた顔をするセリナはまた後程洗脳することに決め、ソナーをもう一度。
波が周囲の木立を撫で、石をくぐり、獣道を舐め、戻ってくる。やはり危険は遠い。
……が、一点だけ、少しだけ違う匂いを拾った。薬草の油分に似た、涼しい香りの方向。
「ちょい寄り道。香りが面白い」
「奥へは行かない約束、忘れないでくださいね」
「外縁の範囲内。道から外れる訳じゃないしセーフ」
「ギリギリセーフなだけです。本当だったら今の危険な森で寄り道はお勧め出来ません」
「おっけー。気を付けて進む」
「あ!もう、話を聞きなさい!」
後ろでぷんすかするセリナを引き連れて細い獣道を歩いていった。




