#0087_半魔の少女_05
王都の西にある仄暗い森。
街道が整備された場所以外は未だ魔獣の住処となっているこの森の中で、パチパチと焚火の音が響いている。
一応、荷物の中に入っていた魔除けの道具を設置しているので、突然魔物に襲われる事はないが…………
「ほれ焼けたぞ、食え」
「あ、ありがとう……」
手渡された肉を受け取り、少し覚ましながら口へと運ぶ。
塩を振っただけの大雑把な味付けがだ、今日はさっきまで色々な事がありお腹も空いていたおかげか、思っていたよりも美味しく食べられた。
唯一気になる事があるとすれば、その肉を差し出してくれたのが「リザードマン」であるという点だけだ。
リザードマンの戦士「ギース」
そう名乗った彼は冒険者ギルドにも所属する「自称ベテラン冒険者」らしい。
本当かどうかは知らない。
冒険者プレート?っていうのも見せてもらったけど、僕にはよくわからなかった。
じゃあ何で勇者であるボクを襲ってきたのさと問いただした所、彼は将来的には魔王側に所属するつもりだと言う。
冒険者という隠れ蓑に潜みながら、自分の手で勇者を一人倒し、その手柄を持って海の向こうにあるという魔王の国へ渡るつもりだと言っていた。
それを仮にも勇者であるボクになぜ話すのかと聞いてみたが、ガキに知られた所で何の脅威にもならないと一蹴された。
だからガキっていう方がガキなんだよ。もう。
「それで、ギースさんはどうするの?ボクの首を持って魔王の所に行く?」
一応そんな事を聞いてみる。
「アホかてめぇ。認定を受けた勇者とはいえガキのクビ持って意気揚々とやって来た戦士を歓迎する国があると思うか?あとさん付けは止めろ、ギースでいい」
「頭のおかしい人が来たと思うし、ボクが王様ならその場で処刑するかも」
「そこまで頭が回るなら馬鹿な質問してんじゃねぇ」
「うん……」
しばらくの沈黙。
ボクも次の話題が思い浮かばず、黙々とお肉を齧る時間が続く。
この何とも居心地の悪い空気を変えたくて、何でもいいから話を振ろうかなと思った時。
「ロロだったな。お前そもそも何でその歳で勇者になんかなったんだ?」
ギースの方から話を振って来た。
「なんで、か……えっと、どこから話したらいいのかな……」
シスターとおじさんに聞いた僕の出自。
北の大氷壁から助けてもらった事。
3歳の時に自分が半人半魔だと発覚した事。
その力の封印と扱い方を教えてもらった事。
孤児院や暮らしていた町の人、シスターや勇者のおじさんの事。
ある日突然、王様に勇者認定されてた事。
ちゃんと話せていたかは分からないけど、ボクはボクの今日までをギースに話していた。
「なるほどな。お前がなんか妙に落ち着いてるのも納得したぜ。そして勇者認定を受けたのも腑に落ちた……これだから人間共は……」
ボクにはよく分かってないけど、ギースの中では何かが解決したみたい。
そこからまた暫く沈黙が続く。
その間、ギースは地面に何かを書きながらブツブツと考え事をしているみたいだった。
もう完全に日は落ちて、森全体が夜の暗闇に包まれている。
時折聞こえる鳥の様な鳴き声に少し驚きながらも、ボクはただじっと焚火の日を見つめていた。
これから、ボクはどうするべきなんだろう。
ギースは多分悪い人じゃない。
勇者の首を―!とか言ってはいるけど、でも少なくともボクはその勇者の枠に入ってないんだと思う。
たぶん明日になればここで分かれてギースは他のちゃんとした勇者を探しにいくんだろうな。
そしてボクは、予定通り西の町の冒険者ギルドを目指す。
(冒険者ギルドに行けたとして、その後はどうするの?)
そう。
この日、この夜に初めてボクは自分が「世界に放り出された」事を自覚した。
「そうか、ボクは……放り出されたんだね」
思わず口に漏れ出たその言葉が切欠だったかは分からない。
ただ、この日、この場所でボクが何気なく吐いたこの弱音こそが、ボクとギースを繋いでくれたんじゃないかなと思う。
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「だーかーら!もっとこう!腰を中心に地面を感じろ!」
「感じろって言われてもわかんないよー!」
「こうだ、こう!」
「こう!って言われても、ギースとボクじゃ体の形が違うからわかんないってば!」
仄暗い森を抜けた先の西の町へ向かう街道の途中。
少し街道を外れた草原で、あーでもない、こーでもないと言い合う少女とトカゲの姿がある。
「だいたい……この剣、おもたくって……」
「あー……確かに、そのままじゃいくらやっても意味ねぇか。よしちょっと貸せ」
そう言ってギースはボクの手からひょいと剣を取り上げる。
そのまま周囲を見渡し、彼の腰位の高さの大きな岩を見つけるとそちらに歩いて行った。
何をするつもりなのだろうと後追いかけると、何とギースは思いきりその岩の尖った部分にボクの剣の腹をたたきつけ始めた。
「ちょっとギース!なにしてるのさ!」
「いいから離れてろ。そもそもこの剣お前には「長すぎ」んだよ」
言いながら構わず剣を岩に叩きつけ続ける。
キィン、キィンと一定の間隔で鳴り響く金属音。
ただ茫然とその様子を眺めて暫くした頃、ギャイィンと鈍く甲高い音が響いたと思ったら、ボクの剣が丁度真ん中辺りからポッキリと折れて切っ先が明後日の方向へ飛んでいくのが見えた。
「わぁぁぁぁ!折ったー!ボクの剣ー!」
「いいからこれで振ってみろ、ほれ」
ボクの悲しみなど知らぬ存ぜぬ。
ギースは真ん中から先が無くなった勇者の剣を放り返してくる。
慌てて受け止めはしたものの、その無残な姿に思わず涙が溢れそうだ。
「王様からもらった勇者の剣なのに……」
「岩に叩きつけたくらいで折れる勇者の剣があってたまるかよ。いいからほれ、構えてみろ」
「わかったよ、もう……」
えっと、なんだっけ。腰を中心に地面を感じろ……だっけ。
腰を、中心に……地面を、感じる?
いまいちよくわかんないけど、たぶんしっかり地面を踏めって事かな。
こう……こう?……こうかな?
「悪くねぇ、そのまま腰をもう少し下に落とす感じだ。どこかで身体が凄く安定する感じがあるのわかるか?」
どうだろ、腰を下に………………あ、わかったここだ。
「みつけたか?そのまま変に力を入れずに剣を真っすぐ振ってみろ」
「力を入れず……ふる!……!?」
言葉ではうまく説明できないけど、今、ボクは初めて「ちゃんと剣を振れた」感じがした。
風も、剣の重さも、体の何もボクが剣を振る事を邪魔してない、そんな感じが確かにあった。
「そう、それが剣術の基本だ。その感覚を覚えとけよ、どんな戦いをする時でもその感覚は絶対に必要になるからな」
「うん……覚えた!これだね!」
初めての感覚につい楽しくなってブンブンと素振りを繰り返す。
そっか、これが剣を振るって感覚なんだ。
「………………おう」
(コイツ、一度でその感覚をもう覚えたのか……?最低限の基礎だけは教えておこう程度に考えてたが、真面目に鍛え続けたら相当化けるかもしれねぇ……ハッ、柄にもなくちょっとワクワクしてやがる)
「よし、とりあえず続きは西の町に到着して色々落ち着いてからだ。そろそろ出発すんぞ」
「わかった。あ、折れた剣の先っちょどうする?」
剣をちゃんと振れた興奮で忘れていたが、ボクの剣は真ん中から半分がどこかに飛んで行ってしまったままだ。
「どうせ町に行ったらその長さで研ぎなおしてもらうんだ。ゴミにしかならねぇから捨てとけ」
あんな大きなものを草原に放置するのは少し気が引けるけど、でも確かに持っていても荷物でしかないのも間違いない。
大きなゴミを放置する事に申し訳なさを感じながら、ボクは切っ先が飛んで行った方に「ごめんね」とだけ頭を下げて、小走りでギースの背中を追いかけた。




