#0086_半魔の少女_04
任命式や出発の準備が終わった次の日。
ボクはついに勇者として旅に出る事になった。
王様が用意してくれた旅の荷物を積めるリュックに、勇者の服と勇者の剣。
服も剣も正直僕には大きくて上手く扱える気はしなかったけど、でもわがままを言う勇気もなくてそのまま受け取った。
服はメイドさんに針と糸を貰って何とか裾を上げて、剣はリュックの上に横這いにする形で背負うことが出来た。
正直不格好だなとは思ったけど、でも奇麗な服と奇麗な剣を貰えた事で僕は舞い上がっていた。
任命式でも、出発の時でも、王様は「人と魔族の間にいる子だからこそ真の勇者になりえるのだ!」とか言っていたけど、今にして思うと何て薄っぺらい演説だろうと思うよね。
でも当時のボクはそんな言葉にも踊らされて現実が何もみえておらず、今日から自分は勇者の一人なんだという事だけで頭がいっぱいだった。
「では、みなさま、行ってきます」
「ロロ殿、お渡しした地図の通り、まずは西にある町の冒険者ギルドを訪ねるのが良いでしょう」
「はい、ありがとうございます」
「それでは、ご武運を」
兵士さんが差し出した手に握手を返して、ボクは城下町の外へと歩き出す。
少し進んでふと振り返ってみると、そこにはもう硬く閉ざされた門と巨大な城壁が見えるだけだった。
背に抱えた荷物を担ぎなおして、ボクは再度自分の行く道に目を向ける。
広く開けた草原。
少し先には真ん中を切り開かれた森があり、西の町までは整備された街道がそのまま続いている。
地図によればこの道沿いに歩いていくだけで目的に血はたどり着けるので、脇道に逸れない限り迷子になる事もないだろう。
あぁ……本当に、今にして思うと何て酷い扱いだろう。
10歳の子供を勇者に仕立て上げ、本当に最低限の装備だけを渡して護衛もつけずに魔物が生息する広大な世界に放り出されたのだ。
国が国なら民衆から大批判の食らうだろう行いだが、王家が絶対的な権力を持っている人間の国ではこの程度の話は当たり前に転がっている。
当時は本当に、それくらいこの国、いやこの大陸の多くが歪んでいたのだなと思う。
ボクは多分、運は……良い方だと思う。
半人半魔に生まれた挙句、友達も出来ず一人で大平原に放り出された少女の何処が運がいいのかと言われそうだが、でも、人とのめぐり合わせは良い方じゃないかな。
でなければ今、こんな風に昔を思い出す事も出来ていないだろうしね。
本当によくあの旅立ちから今日まで生き残ったものだと感心する。
「風が気持ちいい……今日はまずあの森を抜けられたらいいな」
だが、当時10歳だったボクは自分がどれだけ危うい環境に居るのかも分らぬまま、能天気に一人で魔物が巣食う森へと歩き出していた。
**********************************
「ハッツハァー!人間の勇者よ!俺様の名誉為に死ぃ…………ねぇ!?」
森の街道を歩いてしばらく。
いい加減日も暮れて来たので、今日は街道脇の森の中で休息を取ろうかなと思いランタンに光を灯しながら森の方へと入り込んだ直後。
生い茂る気の上から、けたたましい声と共に誰かが僕に襲い掛かって来た。
「……………………あっ!?えっ!?」
咄嗟に横へ転がってなんとか回避できたが、ボクは今自分がどういう状況なのか分かっていない。
急いで起き上がり、手にしていたランタンを声のした方にかざすと、そこには先ほどの襲撃者の姿が。
人……だけど人じゃない……?
襲撃者はそのままジリジリと僕の方に近づいてきたが、お互いの姿がハッキリと目に映る距離まで来た途端、その足をピタリと止めた。
「えっ!?ちょ、マジかよ!?乳くせぇただのガキじゃねぇか!?」
ガキっていう方がガキなんだよ。失礼な人だ。
ボクの彼に対する第一印象はそれだった。
突然襲ってきた人で、凄く失礼な人。
「はぁ……でも西門から出てきたのは間違いなくコイツ……マジかよ、人間どもは何を考えてんだ?」
森の中から襲い掛かって来た「トカゲの人」は、ボクの姿を見るなり立ち止まって一人で何かをブツブツ言っている。
どうやら今ボクの事は目に入ってないみたいだから、ゆっくりと背中の荷物を降ろして、リュックに刺した勇者の剣を手に取る。
「まさか意図的にガキを殺させて魔族への侵略の口実にするための餌とかか?……いやそれにしては仕込みがお粗末すぎる気もする……周囲にコイツを見張ってる奴の気配もない……」
剣を手にゆっくりと後ろに回り込む僕にはまだ気が付いていない。
このまま、そーっと、そーっと近づいて……
「ガー!マジで意図が見えねぇ……一世一代のチャンスだと思ったんだが……」
「おりゃー!」
「うおわぁ!っぶねぇ何しやがる小僧!」
おしい、外した。
もう少しで尻尾を切れたのに。
「襲ってきたのは君だよ!それにボクは小僧じゃない!女の子だよ!」
「ちょ、まてまて!一旦まて!休戦だ!って女の子だぁ!?」
お構いなしにぶんぶんと、自分の身の丈ほどもある剣を振り続ける。
といってもまともな剣の訓練も積んだ事がなく、更に体に合っていない大ぶりの剣だ。
剣を振るというよりは剣に振らされているといった方が正しい。
そんな無様な僕の攻撃を、トカゲの人はあきれた目で見ながらひょひょいと右手に持った大きな曲刀でかわし、僕の手から軽々と剣を奪い取った。
「あっ…………」
「いいから落ち着け、とりあえず戦いは止めだ。お前も無駄に怪我したくねぇだろ」
「う……うん……わかった……」
「マジで……マジで人間どもは何を考えてやがるんだ……」
剣を奪われて丸腰になり、正直ここからどうしていいかも分からずモジモジするだけのボクと、その姿を見て頭を抱えながらその場に座り込むトカゲの人。
これが僕と、とても長い永い付き合いにあるリザードマンの戦士「ギース」との出会いだった。




