#0081_全てを話そう_02
丁度7日後のある日。
俺はフローレンスさんに頼んで集めてもらった面子を、自分の寝室へと呼び出していた。
普段使っている会議室などではなく俺の私室にしたのは、万が一の盗聴などを警戒しての事だ。
王城の中でも、このエリアにだけは俺の許可なく誰も近寄る事は出来ない。
不用意に踏み込めば、その場で処刑されても文句が言えない場所なのである。
「悪いな、この忙しい中で集まってもらって」
「全くです。と申し上げたい所ですが、会議室でもなく私室でのお話と聞き、最優先事項と判断いたしました」
「いつものノリで呼ばれたから来たけど、卿だけじゃなくて私やアコ達も呼び出したって事はかなり真面目な話?」
「にゃぁ~ぉ?(あの天使関係で何か分かったのか?)」
「無礼ですよレット。集められた人選からして最高機密の話と考えるのが普通でしょう、全く……」
「まぁまぁアコさん、それがレットさんの良い所でもあるんですから。というか当然の様に僕も呼びされるんだって事に正直驚いてます」
「それを言うなら私もだ。貴国の最高機密会議に只の居候の私が同席しているのは、どうにも居心地が悪い」
「可愛い姪の頼みだもの、断る理由なんて何もないわ。一応私も王族の一人なわけだしね……むしろ呼ばれてなかったら凹んでいたわ……」
集めたのは、爺や、バイオレット、アコナイト、シロガネ、シュヴァインフルト、ナイチンゲール、ミモザ叔母さん。
皆々様、俺の呼び出しに対して言いたい放題の感想をありがとう。
正直俺が床に臥せっている状況でこの面子を長時間拘束するのは避けたかったが、それをしてでも話しておかなければならない事なのだ。
場合によっては、明日からの国営が180度変わる可能性だってある。
ぶっちゃけ勢いに任せて集めたはいいが、今更になって話していいものかどうか迷い始めている自分がいる。
だが俺は決めた。
王様として、この面子にだけは「全てを話す」とそう決めた。
だから迷いは今すぐ捨てなければならない。
それが先代から受けた王の教えの一つでもあるから。
「先に断っておくが、今からする話を聞いた上で各自がどういった判断をするかについて、俺は何も強制しない」
普段の、ふわっとした言い回しではなく、俺は慎重に言葉を選んでいく。
「聞いた事を受け止めて、自分の判断で選んでくれ」
「陛下。選ぶとは、何をですかな?」
爺やの疑問は最もだが、王に仕える者がこの状況で選ぶ事など知れている。
「俺を信じて付いてくるか―――」
それとも
「―――俺を、今の内に始末するか。をだ」
「っ!?陛下一体何を!」
この時、俺はどんな顔をしていたのだろう。
先ほどまで、いつも通りの顔をしていた全員の表情が瞬く間に強張った。
数秒、それとも数分か。
しばしの沈黙を置いて、俺は「すべて」を話し始めることにした。
「じゃあ、心して聞いてくれ。始まりは16年前、俺がこの世に生れ落ちる幾何か前に遡る―――」
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「…………以上が、今日の俺に至るまでの全てだ」
「…………」
誰からも、何も言葉は帰ってこない。
たっぷり1時間ほど。
元 “比良坂 泉” という人間の生涯と二度目の人生。
それらに纏わる事実の全てを語り終えた今、もう後戻りはできない。
だがそれでいい。戻る事なんて考えてはだめなのだ。
長い沈黙。
時折誰かが唸るような声を漏らしたり、腰かけた椅子の手すりを指でたたく音だけが響いている。
「一つ、伺っても宜しいですか陛下」
そんな中で一番最初に口を開いたのはシュヴァインフルトだった。
「おう」
「具体的に、今後、今までと何が変わるのでしょうか?」
「そうだな、大きく二つ。まずは皆がこの事実を知っていると言う事で俺以外の転生してきた存在への認識が深まる点。分かりやすいのは「勇者」の連中だな。もう一つは俺の精神的に子孫は残せないというか残す行為に及びたくないので、その辺りどうするべきか考える必要がある、ってくらいか。悪いが精神は男だから男に興味はない」
三途の川で色々な覚悟は決めてきたけど、精神的BLは受け入れられないという結論に至った。
傍から見れば「今代の魔王様はレズらしい」という事になるが、長い歴史の1ページとして諦めていただくとする。
「なるほど……あぁそうか、陛下からすと男性に抱かれるというのは……」
どうも彼は、ぶっちゃけそんなに大事じゃ無い方の話が気になったらしい。
勝手に想像して、そして一人で身震いしている。
「正直考えたくないからその話はやめようぜ」
「で、ですねぇ……」
二人そろっての苦笑い。
この様子だとインフルは問題視してない様子だ。
まずは一人クリアだと思っていいだろう。
「ね、ねぇ陛下。私からも聞きたいんだけどさ……今までどういう心境で私たちとお風呂入ってたの?」
そう思っていたら、次はバイオレットから中々にクリティカルな質問が飛んできた。
やべぇな、どう答えよう……いやうん、正直に言うほうがいいか、今後のためにも。
「もう慣れはしたけど、最初の頃は「俺は女!俺は女!」って自分にずっと言い聞かせて頑張ってたよ。だってまぁ、ほら、中身はやっぱ男なんだよ俺……」
言っててかなり墓穴を掘った感がある。
「そ、そう……つまり陛下から見ると私達は十分「そういう対象」になっちゃうんだ……」
耳まで真っ赤にしながら、飛んでもない事を言い出した。
何この子、ここに来て急にヒロインムーヴしはじめたんですけど!?
「いやいや、二人は俺にとって姉妹みたいなもんだから、今はもうそういうのはないから!」
「ふ、ふーん……」
あっ! 絶対信じてない顔してる!
おいこっちを見ろ! 目をそらすんじゃない!
急にギャルゲのヒロインみたいな態度をとるな!
16年かけて鍛え上げてきた俺の自制心を揺さぶるな!
「ふむ。私からも一つ宜しいですかな?」
くだらないラブコメみたいな葛藤を始めた俺に、今度は爺やからの質問が飛んできた。
正直この人からの言葉が一番大事で、そして一番怖い。
「あぁ、何でも言ってくれ。もう何でも来いだ!」
だがらこそ、逃げるわけにはいかないのだよ。
「では。特に問題はないので皆仕事に戻ると致しましょう。確かに最高機密となる大切なお話ではありましたが、それだけです」
あまりの言い草に、思わずキョトンとした。
本当に、自分でも分かるくらいのキョトンだ。
「いやまぁ……爺や達がそれでいいなら、俺もありがたいんだけど」
何か、雑じゃない?
もうちょっとこう、色々疑問とか疑念とかないの?
言うなれば爺やは俺の育ての親に近い立場なわけで、姫として育ててたのが実は中身野郎だったわけで。
そこに文句を言う権利が、少なくとも彼にはあると思うのだが。
「生まれた時から「貴方」は「貴女」だったのでしょう? ならば今までも何も変わりませぬ。むしろ色々納得がいってスッキリしました」
紳士的な佇まいで椅子に腰かけたまま、爺やはただ首を縦に振る。
そこには16年間で積み上げた、彼から俺に対する確かな「信頼」が感じ取れてしまった。
やべぇな、ちょっと泣きそうだ。
「ただ一つ、勇者という存在の正体が明確になった事には改めて感謝致します。今後我々は連中と相対する際、陛下の持つ未来の知識を前提とした戦いが出来るわけですから……年甲斐もなく滾ってきますな」
勇者殺すべしをモットーにしている爺やらしい。
その一助に俺がなれるなら、それはとても幸せな事だろう。
「あぁ。次があるなら二度とあんな真似はさせない。完膚なきまでに殲滅する―――俺と同じ元地球人だとしても、俺と奴らは別物であり、明確な敵だ」
次がないに越したことはないが、間違いなくまた奴らは湧いてくる。
俺達はその時、これまでにない猛攻を振るう事になるだろう。
勇者という生き物を許せないのは、俺も同じなのだから。
「ならば私にとって他は些事です。陛下も些末事に気を揉む暇があるなら書類の一つでも進めて下され」
結局、爺やのその一言を締めとして、一大決心で行われた話し合いは幕を閉じた。




