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#0080_全てを話そう_01

「あー。さすがにそろそろ運動しないと身体が訛ってしょうがないんだけど……」


「だめだ。貴女が今生きている事すら奇跡的だと何度も申し上げたはずだが?」


「いやでもほら、スクワットも出来るくらいには元気なんだって」


「大人しくしないとまたベッドに縛り付けて尿道に管を出したり入れたりする刑に処すぞ?」


「はい……じっとしてます……」


 あれはまさに新手の拷問だった。

 俺の身体が特殊な性癖に目覚めたらどうしてくれる。

 尿道カテーテルの刑はもう御免である。


 ―――あの世からカムバックしてきて、そろそろ半月が経過する。


 怪我自体は金剛夜天で気絶しながら強制的に治療をしたから数日で完治したのだが、どうやら俺があの世にいる間に現世では2ヶ月近い時間が経過していたらしい。

 二か月も寝たきりの、いつ死ぬかも分からない状態の俺が意識を取り戻して数日で「よし治った」と言った所で、本職の医師達がそれを許してくれるはずもない。


 実際、体感としても完治している自覚はあるのだが、これは金剛夜天と精神的につながっている俺だから分かる自己診断であり、それを他人に証明する手段がない。

 また王様である俺がここで無理をして再び倒れれば、それはまた市井にいらぬ不安や付け込む隙を与えてしまう。

 王様として大人しく寝ておくのも仕事だと割り切って、俺は今日もベッドで床ずれを気にする生活だ。


 さっきのはちょっと我儘言ってみただけなんだよ。

 なのでその傍らに見えるカテーテルは片付けてください。


「とりあえず寝ながらやれる書類仕事はある程度片付いたかなぁ……後は牢にいる連中の処遇と、鉱山に封印されてる天使の亡骸の調査か……」


 ピアニーちゃん誘拐事件から連続していたと思われる、コーラルの天使化事件。


 誘拐方面は有志やピアニーちゃん自身の機転によって関係者一同を連行する事に成功している。

 問題は、銀色の羽を持つ天使となったコーラルの方だ。


 まず、幸いと言って良いのか分からないが、コーラルは既に事切れて活動を停止している。

 現場に居たバイオレットとシロガネの証言によると、最後は自分自身の力に耐えきれず自壊した様子だったという。

 現在は一時封鎖されたラピスラズリの鉱山の一角に自壊したコーラルの残骸が放置されている状態だ。

 むしろあのまま猛攻が続いていたら、俺だけじゃなく二人も無事だったかは分からないと聞いた。

 改めて思い返しても恐ろしく、そして愚かな行動だったと思う。


 案の定、爺やに超絶お説教されたしね。

 めっちゃ怖かった。思い出したくもない。


「ひとまず採取したサンプルを調べた感じでは、ただの銀、になってるんだよなぁ」


「あぁ。私の所にも調査依頼で一部が持ち込まれてきたが、間違いなく只の銀だった。あえていうなら純度の高い銀だった、というところか」


「純度の高い銀、か……」


 それは曰く。吸血鬼や悪魔をエクソシストが滅する時に使う物の代表格。

 銀の弾丸、銀の剣、銀の十字架などなど。

 純度の高い銀は古くより邪悪を払う物として活用されてきた。


 そんな銀が、天使という魔を滅する存在の形になって俺たちを襲ったわけだ。

 この話だけを聞くと、俺たち魔族を天使が滅しようとしたのでは?と考える人も少なくないだろう。


 だが俺は知っている。天使にとって人も魔族も等しくこの世界で生きる命に変わりはないと。

 その加護なのかミスなのかは知らないが、こうして俺という存在が天使によってもたらされたのだ。

 故にあのコーラルが変異した銀の天使は、俺が知ってる本物の天使とは別口だと考えるべきだろう。


 だが、気配だけは本物に近い存在感だった。

 しかしその上でやはり「別物」だとも断言できる。


「こう、なんていうか「物理的すぎる」んだよなぁ……」


「物理的すぎる?」


 思わず口に出ていた俺の呟きに、隣でカルテを書いていたフローレンスさんが反応する。

 続きを話すかどうか一瞬躊躇ったが、まぁ彼女は俺が転生者である事を知っているのだし構わないだろう。


「あのコーラルが変身した天使。あれを神の御使いの仕業だとするには、なんていうか物理的というか、人臭いというか」


「まるで陛下は神や天使に会った事がある様な言い草だな」


「あぁ、うん。だって俺を魔王に転生させたの天使だから」


 当然じゃん?と言わんばかりにおどけた態度で行ってみたものの、彼女はその言葉を聞いて一度は「なるほど天使に会ったのか」とだけ言ってまたカルテを書き始め、数秒して再度「天使に……会った?」と言って凍り付いてしまった。

 

 ……あれ。彼女の先祖の初代さんからそういう話って聞いてないのかしら。

 何やら信じられない物を見るような目でこちらを凝視していらっしゃるのだが。


「まって……待ってくれ陛下。私を、からかっているのではないのだよ、な?」


「冗談でこんな事言うもんかよ。俺の魂の素性を知ってるフローレンスさんだからこそ尚更だ」


 霊感商法でお金を巻き上げる詐欺師じゃあるまいし。

 一国の王様が「死んで天使にあったよ!」なんて事を軽々しく言えるものですか。

 彼女の様に、俺に近い立場にある人には事実として知っておいて貰ったほうが良いと判断したから話したのだ。


 いやまぁ確かに言い方!もっと言い方あったろ!?とは思わなくもないけど。


「ど、どんな存在だったのだ?天使というのは。やはり神々しく恐れ多い存在感を纏っているのか?」


「いやぁ。ただの薄着した巨乳のお姉ちゃんだったなぁ。俺を担当したの新米みたいだったし、ふざけてたらすげぇビンタされたし。実はあの恨みをまだ忘れてはない」


 おとぎ話にトキメク少女の様な目で問い詰めてくるフローレンスさんに、俺は素直すぎる感想と事実を告げる。

 その余りに雑な現実を受け止めきれないのか、お預けを食らった子犬のようにテンションがだだ下がっていく。


 なんかごめんな。


「十分天使も「物理的」ではないか」


 本人の知らない所で勝手に期待され、そして俺のせいで勝手にガッカリされた天使への彼女の評価がそれだった。

 父上と母上にも来世案件で脅迫されてるだろうし、ここいらでもう彼女との禍根は清算したと思っておこう。


 そろそろマジで天罰食らいそうだし。


 俺は意識を切り替えて本題へと戻る。


「たしかにそうなんだけど、なんだろうな、表現が難しい」


 物理的という言葉が恐らく適切ではない。

 もっとこう、スピリチュアルな意味での物理的というか、こう、確固たるものが欠けているというか……


 あ。そうか。


「そう。「意志」が感じられないんだ」


「ふむ……意思か」


「天使化したコーラルの存在が、何に対して、どういった目的で実行されたのかが分からない。すげぇ曖昧なんだよ、存在も目的も」


「陛下の抹殺……にしては、確かに状況がお粗末すぎる」


 例えばだ。

 もしもコーラルに与えられた天使化能力が俺の抹殺を目的としていたとして。

 今回は本当に見事なまでの俺の馬鹿な行動によって、ノコノコと彼女の前に俺が立ちはだかったわけだが、冷静に色々振り返った俺なら「まずありえない邂逅」なのだ。

 普通に考えて、あの場合現地に赴くのは部下の誰かであり、俺ではない。

 そんな不確かな状況の相手。言うなれば俺に早々謁見できる立場にない人に、俺抹殺の為としてあの力を与えて意味があるのか?と。


 ぶっちゃけそこらの俺を嫌ってる貴族に与えた方が成功率は上がる位だ。


「せめて生きてさえいれば聴取できたんだろうけど、自滅されたらこちらに打つ手はないもんなぁ」


 かといって何も調べずに葬り去ることもできない。

 結局はやれることを一つずつ片付けていくしかないのだ。


「やっぱり、ずっとこのままにもしておけないし、遠くない内に精鋭を集めて調査に行くしかないか」


「果たしてトゥアレグ卿がそれを許すだろうか」


「爺やには悪いが、今後は先頭きって俺を守ってもらうさ。それが爺やの仕事だ」


「…………陛下、少し変わったか?」


 ため息交じりに言う俺を見て、フローレンスさんはそんな感想を漏らす。


「変わろうと足掻いてるんだよ」


 彼は俺の側近であり、育ての親の一人であり、剣であり、盾でもある。

 王の側近とはそういう存在なのだと、二人にあの世で叩き込まれた。

 

 その言葉を、その意思を忘れることは二度とない。

 俺は王として「臣下を正しく使う義務」があるのだと、もう分かっている。



 ―――だからこそ、やっておかなければならない事がある。



「フローレンスさん。まだしばらく安静にしてるのは構わないから、今から言う面子をできるだけ早く集めて貰えるよう連絡してもらっていいか? 貴女も交えて今後の国政に関わる大事なな話がしたい」


「わかった。近日中に手配しよう」


 あの世から戻ってくる時に、自分で考えて決めていた幾つかの事。

 まずはその一つを片付けてしまおうと思う。


「―――根本から変えなきゃ、駄目だからな」


 爺や達、信頼できる側近にすべて話すのだ。

 俺が転生してきた「人間」だと言う事を。


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