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#0078_境界の空にて_02

「はい。正座。そこに正座なさい」


「えっと……その前にまず説明を……」


「せ・い・ざ!」


「……うす」


 従わない限り話も聞いてもらえなさそうなので、俺は言われた通り芝生の上で正座する。

 まさかあの世に来て、こんな古典的なお説教スタイルをとる羽目になるとは思わなかった。


 いや、前に天使さんと話してた時にも正座してたな俺。


 ―――遡る事数分前。


 突然歩みを止めた自分の身体。

 そこから湧き上がる自分の愚かさに嘆き、自分自身にFU●Kを叫ぼうとした時、俺は突然背後から誰かに投げ飛ばされた。

 投げ飛ばされたというか、背後から華麗なバックドロップをキメられた。

 

 当然俺の体はぐるりと天地をひっくり返し、頭から三途の川の底に叩きつけられる。

 霊体だからなのか、ここがあの世だからなのかは分からないが、超絶痛かったにも関わらず怪我一つ負う事はなかった。

 むしろ怪我しない分、ただ単純に超痛いだけなので余計に辛い。


 強打した頭部の痛みに悶絶しながらも、何者かの襲撃を受けたのは間違いない。

 ここが死後の世界とはいえ、安全が確保された環境だとは限らないし、天使さんからもそういった話を聞いた覚えはなかった。


 故に痛みを堪えて体を起こし、襲撃者と思われる存在から距離を取る事に専念する。

 聞こえてきた声からして相手は男と女の二人組。

 複数人と相対した際には、全員を視界に入れて全体像を把握するのが大切だと爺やにも叩き込まれたものだ。

 こういう時に咄嗟の判断が出来るのは、間違いなく爺やの教育の賜物である。


「まさかあの世に来て、こっちの体で戦いをする羽目になる……とは……?」


 距離を取り、二つの人影を視界に捉え、そして相対する襲撃者の姿があらわになった時点で、俺は自分の中の警戒心が霧散するのを感じていた。


「ふむ。その姿でもそれなりに動けるではないか」


「トゥアレグの教育は魂に刻むっていうの、あれ本当なのね」


 目の前には、人の事を川底に頭から叩きつけておきながら、何やら楽しそうに談笑している二人の男女。

 見た目麗しく豊満な肉体を持った美女と、筋肉の化身の様な屈強な体を持った強面の男性。

 派手で、それでいて品のある衣類に身を包み、その頭には角が生えた「人間によく似た人間ではない」別の生き物。


「父上……母上? なぜお二人がここに?」


 数年前。バレンタインとして10歳を迎えたあの日、勇者に討たれた後に幽霊となって俺の周囲をウロウロしていた前魔王夫妻。

 その二人が俺の目の前に、つまり俺と同じくあの世の入り口へと表れたのだ。


 まさか俺の死に引っ張られて一緒に来てしまったのだろうか。

 色々と状況が呑み込めず、まずは説明を求めようとしたのだが、そこにきて先ほどの正座発言に至る。

 どうも二人、というか主に母上が何やらご立腹のようで、とにもかくにも正座をしなければ相手にしてもらえない雰囲気だったのだ。


 ―――そんなわけで、時間は現在へと戻ってくる。


「えっと母上? それでこれはどういう状況なのでしょうか……?」


「貴方は王にあるまじき身勝手さの果てに死してここに居る、というのは自覚している?」


「……はい」


 分かってはいたが、改めて第三者、それも前魔王陛下から言われてしまうと、ぐぅの音も出ない。


「挙句、側近と従魔の命をも危険にさらしたと言う事も自覚している?」


「…………はい」


 勿論わかっている。

 俺がここに居ると言う事は、バイオレットとシロガネも無事ではないだろう。

 彼女達は俺が巻き込んだのだ。


「分かっているなら何を血迷って河を渡ろうとしたのかぁ!」


「へぶしぃっ!」


 怒号と合わせて唐突に飛んできたピンタで、俺の体が宙に浮いた。

 正座していたのに横方向へ数メートル吹っ飛ばされたのだ。


 あっ、違うビンタじゃなくてグーだ!

 このオバサン、グーで横から強烈なフック入れてきやがった!

 こんちきしょう!仮にも女性が折檻でグーパン叩き込むんじゃねぇよ!


「母上! とりあえずグーで来るのは止めていただけませんかね!? この世界怪我しない分、痛みだけ残ってきっついんですよ!」


「貴方が腑抜けた事をやっているからです! 本当ならもう2~30発叩き込んであげたい所ですが、まぁいいでしょう。話を続けます」


「はい……」


 俺は吹っ飛ばされた先から自然と母上の前に戻ってきて、再び正座した。

 何かこう、魂が「こうしないと多分またグーが来る」と自動的に判断したみたいな。


 ちなみに父上は先ほどから母上の少し後ろでオロオロしてる。

 死んでも嫁の尻に敷かれているのは変わらないのか、助けてくれる気配はない。

 だって俺と目があっても「あきらめよ……」みたいな眼差しでこっちみてくるだけだもの。

 なんて使えない親父だ。


「バレンタ……いえ、イズミ。あなたには今二つの選択肢があります」


 その言葉に思わずドキリとした。

 選択肢にではなく、母上が俺をバレンタインではなく、イズミと呼んだ事にだ。


 つまり目の前の人物は、魔王の「娘」ではなく「俺」の魂に問うている。


「一つは、このまま河を渡り、来世へと流れて行く事」


 あぁ、やはりあの川は三途の川で間違いないようだ。

 そして向こうに行ってしまえば、もう後戻りはできない。

 そのあたりの事情に母上が妙に詳しいのが気にもなったが、どうせ天使の入れ知恵だろうと思っておく。


 今大事なのは、そこじゃない。


「もう一つは―――草原を走り抜けて、現世へと戻る事」


「あぁ……だから……」


 だから二人がここにいるのだ。


 俺に喝を入れるために。

 俺に国を任せたから。

 俺にまだ生きろと言うために。


 流石にここで選択肢を間違えてしまうほど俺も馬鹿ではない。

 俺の答えは、その話を出された時点で決まっているのだから。


「なら俺は……戻りたいです。悔いも心残りもありますから……ただ、気になる事があります。それ次第では、俺は戻らないかもしれません」


「ふむ? 戻ってもトゥアレグが怒髪天になっているのではと言う事か?」


 いやまぁ確かに戻ったら爺やがブチキレてるかもしれないってのも気にはなるけど、そうじゃない。

 それよりも大事な事だ。というか、その部分を確認しないと素直に戻るとは言えない。


「バイオレットとシロガネは、生きていますか?」


 恐らくあの世に来て一番真剣な顔と言葉であっただろう。

 彼女と彼がもし俺と同じく死して、そして既に来世に行ったのなら、俺だけが戻る事は出来ない。

 

 いや、言い訳だな。これも言い訳だ。

 俺は怖いのだ。二人の死の上に俺だけが生存したという事実が怖いのだ。

 そしてそれを受け止めて、変わらず王としてやっていける自信が多分ない。

 自分がそういう奴だと、そういう弱さを抱えてるともう分かっているし認めている。


 だから知りたいのだ。

 知った上で、彼女たちを理由に選びたいのだ。

 情けない話だが、今の俺はこうなのだ。

 これから先変われるかもしれないが、少なくとも今すぐには変われない。


 故に、その弱さを否定しない。弱いままで判断するしかないのだから。


 俺はどんな顔をしていたのだろうか。

 父上と母上はしばらく無言で俺を見つめた後、唐突にクスクスと笑い始めた。


 この状況で笑われる理由がわからないと混乱していると、先程とは打って変わった優しい口調で答えてくれた。


「二人は無事よ。負傷はしたけどちゃんと生きているわ。貴方が最後に無意識でやったのか金剛夜天が自動でそうしたのかは分からないけど、あの鎧は貴方ではなくバイオレットとシロガネを徹底して守り抜いていたの」


 あぁ、よかった。そうか、二人は無事なのか。


「わかりました。なら俺は戻ります」


 二人が生きてくれているなら、俺はまだあの場所に還れる。

 いずれはこの弱さも克服しなければいけないのだろうけど、今だけはそれに縋らせてもらいたい。


 生きていてくれてありがとう。


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