#0066_ピアニーの憂鬱な1日_05_Side トゥアレグ
「さて。少々困った事になりましたな」
マゼンタ女史を呼び出し今回の件に関して詰め寄った所、全く見当違いの話が飛び出してきた。
確かにあの話も陛下に仕える者としていかがなものかとは思ったが、部下の私的な趣味趣向に口を出すほど私も無粋ではない。
結局容疑者と思われる「コーラル」の動機などについては何も把握していなかった様だ。
あれだけ消沈した状態での問答で、更に虚偽の発言をしていたとも考えづらい。
であればマゼンタは関与していないと考えて良いだろう。部下の悪事を把握できていない点は問題だが今は些事として捨て置こう。
「少なくとも影が足取りを追ってはいるでしょうし、私はコーラルの背後に潜む陰を追うべきでしょうな」
己がすべき事は何一つ変わらない。
なれば一つずつ目的に対し問題を片付けていくのみだ。
ですが、こういう時に限って新たな問題が飛び込んでくるのでしょうな……主に陛下絡みで。
「と、トゥアレグ卿!火急のご連絡です!」
先ほど消沈した様子で昼食に出たマゼンタ女史が、今度は慌てた様子で戻ってきました。
どうやら私の勘は鈍っていない様で何よりです。
「陛下が何かやらかしましたか?」
「さすがのご慧眼恐れ入ります……!報告致します。例の件について偶然お会いした陛下とお話をさせていただいた際、コーラルの名を聞いた陛下が「外壁」側へと向われました。何かに気が付かれたご様子で、卿へ本件を至急伝えよと」
やれやれ、全く困ったお方だ。
なぜこうも物事の渦中に気がつけば巻き込まれているのか。
いや、それこそが陛下の資質の一つなのかもしれません。
だからこそあのお方は皆に愛される。
良くも悪くも物事の中心へと誘われる性質だからこそ、あの若さで国王として君臨出来ているのでしょう。
「委細承知しました。マゼンタ、本件は貴女にも大きく関与する事になるでしょう。そうですね……バイオレットとシロガネを伴い陛下の後を追いなさい。私の兵がコーラルと陛下の場所を把握はしているでしょうが、最悪本格的な戦闘になる事が予想されます。目的地はピアニー女史の自宅、私兵との暗号は「ネコジャラシ」です」
「はっ!ただちに!」
マゼンタ女史は敬礼を返すと即座に行動を開始する。
先ほどの件については、まぁ私の心の内にしまっておくとしましょう。
ただ、ミモザ様のご趣味が陛下によからぬ影響を与える可能性がありますので、その件については内密に釘を刺させていただきますか。
先の会談から随分と垢抜けたご様子でしたが、少々マルセーユ様に似て自重しなくなってきた気配が致しますね。
一度じっくりとお話をさせて頂いた方が宜しいかもしれません。
「では改めて私も動くと致しましょう。マゼンタではないとすると、同等の立場の何者かが関与しているという前提になりますか」
シュヴァインフルトという線も考えましたが、彼に四天王関係者への影響力はありません。
何よりも物事の損得を見極める能力は確かだと私は評価しております。
また、少々卑屈すぎますが彼は己の立場を誰よりも自覚しているとも見ています。
例の件もありますし、彼が陛下に対して牙を向く可能性はゼロに近いと考えてよいでしょう。
残るはマゼンタを除いた四天王の誰か。
農林や水産の指揮を執るイエロー。
貴族派閥の調停調整を担当するシアン。
財務を管理監督するブラックの3名。
他にも何名か候補は考えましたが、マゼンタの側近とも言える立場の者をかどわかせるのは、やはり四天王以上の役職者でしょうな。
長年共に国を支えてきた者達を疑いたくはありませんが、これも王の右腕たる私の務めです。
「今日は長く、賑やかな一日となりそうですな」
まずはイエローの所へと向うと致しましょう。
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「おや、トゥアレグ卿。何かございましたか?」
「少しお時間を頂いても宜しいですかな?」
イエローの執務室に向うと、大量の食料品に埋もれた彼と部下の姿が見える。
どうやらエルフの一団が持ち込んだ新しい食材の仕分けをしていた所の様だ。
かなり忙しいであろう所に釘を刺す事になるが致し方あるまい。
「承知致しました。すまないが後の処理は任せる」
「ではあちらでお話を」
彼は嫌な顔一つせず二つ返事で立ち上がり、執務室脇にある応接室へと向う。
私も彼の後に続いて応接室へと入り、扉を閉めて彼が腰掛けるソファーの対面へと腰を下ろした。
扉を閉める際に彼の部下が少し落ち込んだ顔をしていたのが少々申し訳ない。
ただでさえ忙しい時に余計な事が舞い込んできた陛下が良くする顔だ。
イエローの容疑が晴れたあかつきには、少し人員を増やしておこう。
「さて。卿が私を個人で呼び出したという事は、城の内部で良くない事が発生したのですね」
「理解が早くて宜しい。単刀直入に伺いましょう、陛下の側近ピアニー女史誘拐の容疑が貴方にかかっています」
ダレタコバラ、コーラルの名前を出しはしない。
こちらが掴んでいる情報の精度を相手に与える必要はないからだ。
マゼンタの場合は直属の部下名から顔色を伺う為にあえて出したが、イエローは彼女とは別部署。
ならば事件の要点だけを言葉にした方が感情の機微も生まれるだろう。
「ふむ……私以外に容疑がかかっている者は?」
「お答えする必要はありません」
さてどう判断したものか。
焦りも困惑も見られないが、自分以外の容疑者の存在をどうやら確信している。
これはブラフか、それともただ想像力が広いだけか。
何かしら思い当たる事がある様にも見えるが、我々国の上層にいる者ならば可能性は幾らでも想像できてしまう。
今は彼の返答を待とう。
「ふむふむ……分かりました、ではひとまず私を牢かどこかに監禁して頂いて宜しいでしょうか?現状ですと無実を証明する手立てが思いつきませんので、それは卿と陛下にお任せし、私は身動きも連絡も取れない環境に身を置くのが良いかと」
自らの行動を著しく制限する事で身の潔白の証明、またはアリバイ作りという線でしょうか。
既に全ての指示を終えているので自らが動く必要がない可能性。
監禁される事が今後のアリバイ作りに必要な行動である可能性。
私にそう考えさせ、監禁しないという判断を誘導している可能性。
本当に無関係故に身の潔白を立証する為の提案である可能性。
情報の乏しい現状ですと、監禁しないというのは愚作でしょう。
既に全てを終えているとしても、身動きを封じておく意味はありそうです。
となると監視には私を確実に裏切らない者であるべきですね。
「わかりました。無実であった場合は相応の謝罪をお約束いたします」
「なに。卿はいつも通りの務めを果たされているだけでしょう。事が片付きましたらそれで構いませぬよ」
答えて立ち上がり執務室を出たイエローは、部下達に緊急の要件故暫く現場を預けると指示していた。
その言葉を受けた部下達が更に消沈している様子が少々気の毒ではございますが、今は耐えていただく他ありません。
私はイエローを伴い、その足でアコナイトを召致。
彼女に事情を伝え、牢ではなく窓がない個室を監禁場所として使用。
最低限の手洗い場もついているので、この部屋ならばさほどの不便は無いでしょう。
下手に牢を使えば他の兵に不安が広がる可能性もありますので、他の二人も同じ部屋に入ってもらうとしましょうか。
アコナイトに彼の監視を命じ、私は次の場所へを向うとします。
これも甘えた考えかもしれませぬが、彼女が私や陛下を裏切る様な事があれば、それはもはや私の責任でございましょう。
「さて。次はブラックの所が近いですね」
思った以上に長い1日になりそうです。




