#0062_ピアニーの憂鬱な1日_01_Side ピアニー
今朝はいつも通りの朝でした。
お母さんに起こされて顔を洗い、家族で朝食をとり、登城に使っているカバンの荷物を確認して、両親に挨拶をして玄関を出る。
空を見上げると雲ひとつない良い天気で、家からお城の様子もよく見えます。
いま私達家族が暮らしている借家は、私のお給料も増えた事をふまえて城下町の大通り南方にある場所へと引っ越していました。
城とは逆方向、国の外壁側に近い場所なのでお城までは徒歩だと15分ほどかかってしまいますが、それでも1本道だし朝の良い運動になると選んだ家です。
部屋は3室だけですが以前住んでいた仮家よりも断然広いし、広さの割に安いし、なんと小さいけどお風呂の試作品が自宅にあるという物件です。いいでしょう?
まぁこのお風呂は陛下が突然休日にやってきて「家庭用の風呂の実験台にさせてくれ」と勝手に工事して増設していったものですが、タダならいいかと好きにしてもらいました。
無料なら遠慮なく頂きますし、後からお金をよこせとか言われても断固お断りする所存です。
私はバレンタイン国王陛下の補佐官という大役を頂いております。
補佐官といっても主な仕事は、陛下がお取り扱いする書類の全てを日々「記憶」する事です。
必要な時には私の記憶から書類の情報を取り出して執務のお手伝いとする事だと、トゥアレグ様にもご指導いただきました。
カッコいいですよねトゥアレグ様。実は私も隠れファンの一人です。
この国には彼の「ファンクラブ」なる秘密の会員制ギルドがあるという噂も聞きますが、残念ながら私が見つけたのはバレンタイン陛下の方でした。
あの人のファンクラブになど入ってなるものですか。
それと、この仕事の詳細については契約上両親にも詳細を1文字も開示していません。
自分も面倒事に巻き込まれるのは御免ですので、私は徹底してその事を他者には開示しませんでした。
というかそんな事をすればトゥアレグ様に叱られるどころか軽蔑された上に処刑されるでしょう。
そんなのは絶対に嫌なので墓まで持っていく覚悟でお勤めしています。
恐らくお城には私が陛下の慰み者だと思われている方もいらっしゃるでしょうが、彼女直属の部下の私に面と向って何か言うでもするでもないので、特に気にしない事にしています。
そういった事も含めての高いお給金なのでしょうしね。お金こそ正義ですよ。
なのでこの日も、書類束を持っていった時の陛下の嫌そうな顔を楽しみにお城まで歩いていたのですが、どうやら今日は事情が違った様でした。
「おはようピアニーちゃん」
ふとかけられた声に、思わず振り返ってしまいました。
もしこれが「ピアニー女史」とか「ピアニーさん」といった敬称ならあえて無視できたかもしれません。
何故って?城の外でそんな敬称で私を呼ぶ人は怪しいから警戒をせよと、トゥアレグ様が教えてくださったからです。
友達に声をかけられた、という線であっても無視できたでしょう。まぁその、私友達いませんから。
だからこそ、油断しました。まるで陛下の様に気さくに呼びかける女性の声に、私は思わず振り向いてしまったのです。
私をピアニーちゃんと呼んでこき使う、あの幼女陛下のせいなのです。
「よし、気絶させて捉えろ」
声をあげようとした時には手遅れ。
私は首の後ろを誰かに叩かれ、それと同時に意識が途切れました。
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「よくやった。これで我等はあの小娘に優位に立てる」
「報酬さえ頂ければ私はそれで構わないわよ」
気がつくと、目の前は真っ暗でした。
口にも何か噛まされていて手足もどうやら縛られているみたいです。
もう既に涙が止まりません。意味が分からなくて怖いです。
身体をよじってもどうにもならず、諦めてただ涙するしかできません。
どうやら何か箱の様な物にいられれているみたいで、動こうにも動けないというのもあります。
あぁもうどうしてこんな事に。どうしよう、誰か助けてください。怖いです。
この際陛下でいいから助けてください。怖いです、お願い誰か……
「ふん……はした金で動く小物め……まぁいい、まずはコレを隠し部屋に移さねば」
聞こえてくる言葉は遠く、正直怖くて不安でそれどころじゃないのですが、ただオッサンの声なのだけはわかりました。覚えました。
「えっとたしかメモが……右を5、左を12、左を3、右を9、左を1、右を4、右を2、左を6……か。覚えられるかこんなもの」
何をしているのでしょうか?
怖い、怖い、怖い。
オッサンらしき声が意味不明な事をブツブツと言っています。
怖いです。
何の話か全く分からないから余計に怖いという気持ちが膨れ上がってきます。
謎の言葉を1人誰もいない部屋でぶつぶつ言い始めるオッサンというだけで、うら若き乙女の私は不安で仕方ありません。
また涙の量が増えてきました、目がそのうちシオシオになりそうです。
「……よし、右を5、左を12、左を3、右を9、左を1、右を4、右を2、左を6……「カチャン」……はぁ、今度ザイスに言って仕掛けを変えさせよう。面倒で敵わぬ」
謎の言葉を連呼するオッサンの声が私に近づいてきます。
いやだ誰か助けて怖い。
どうして私がこんな目に……私が陛下の側近だから?
でも私がどういう仕事をしているかなんて陛下達以外誰も知らないはずです。
こんな事ならもっとお金貰っておくんでした。
誰かに攫われるかもしれませんなんて契約書には明記されていませんでした。
「チッ、台に乗せていても人一人はそこそこ重いな……全くなぜ貴族たる私がこんな泥臭い作業をせねばらなぬのか。それもこれもあの小娘のせいだ」
揺らさないで、なにをしているの?怖い、怖い!
恐らく私を入れた箱をオッサンが動かしているのだと思うのですが、怖くてそれどころじゃなくなりました。
もう若干下着も汚してしまったかもしれません。
お父さんお母さんごめんなさい。ピアニーはこの歳にもなって少し粗相をしました。泣きたいです。もう泣いてますけど。
あぁ、お願い。助けてよ陛下。




