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#0059_魔学と化学_01

 ナイチンゲールさんと夜の密会を終えてから1週間ほど。

 俺は瑠璃色商会の面々を集めてエルフ達との文化交流会を開いた。

 

「やっぱ医療関連の発達具合が凄いな。俺達の医学もかなり進みそうだ」


「我々としては魔術の言語化というこの技術体系に驚かされた……日常生活に魔術が「道具」として普及しているのか」


 彼女達からは、医療、食、木工、そして化学バケガクの知識が。

 俺達からはE言語を初めとした魔動具と、それに付随する都市設備の知識を提供した。

 

「特にこの「魔術で情報を保存する」という発想は素晴らしい。これが実現すれば医療の現場も劇的に発展が望める」


「あぁ確かに。医療現場には汚れや菌を持ち込む可能性がある筆記具など余り入れたくないだろうしな」


 今回もたらされた医学関連で一番大きかったのは、やはりナイチンゲールの血族ならではの衛生観念についてだ。

 その筆頭として開示された「無菌室」については商会の面々もただ驚くばかりだった。

 何と彼女達の船にはいつでもオペが可能な無菌の手術室が搭載されていたのだ。

 アルコールでの消毒。可能な限りの空気の清浄、水の洗浄などなど、そのレベルは平成の医学に匹敵する徹底された衛生管理。

 ただの7日程度で、俺達魔族の国は医学の根底が覆される勢いとなっていた。

 

「フローレンスさん達が使っていた「フィルスライム」というモンスターでの浄水。これがこの大陸でも実現するなら一気に推し進めたい工事があるんだ」


「この前陛下が言ってた「上下水」ってやつですか?飲み水と排水を全て地下で管理するとかいう」


 そう。これだけインフラが発達しているくせに、この国は未だに井戸水を汲んでいる。

 なんかこう、文明の進退がちぐはぐなのだ、この国は。

 

 魔動具で水を出して水道代わりにするというのも考えたのだが、魔術で出した水には一つ大きな欠点がある。

 それは水そのものに大量の魔力エーテルを含むため、ある種の中毒症状を引き起こしてしまう事だ。

 これは水系統の魔術師であるアコナイトからかなり初期に教わった注意事項でもある。

 

 インフルによると、人間の国でも魔術水に頼って長期の探索に出た冒険者が、高確率で数年のうちに魔力中毒となって使い物にならなくなった時期があるらしい。

 それ以来冒険者の間でも魔術水で喉の渇きを潤すのは、よほどの緊急事態のみと厳しく指導されているらしい。

 

「正確には「上水」が生活に使う水で、使用済みの汚れた水を流していくのが「下水」だな。まぁどちらも山から水を引かないと駄目だから浄水に関して解決しても大規模な工事になるのは避けられないけど、これは好機だと思う」


 エルフ達の持ち込んだフィルスライムというモンスター。

 こいつらは身体の大半が透明な消化器官で出来ており、なんと「汚れ」を好んで消化するというちょっと危ないモンスターだ。

 汚れだけをと聞くと、便利じゃん?って思うかもしれないが、フィルスライムにとって「汚れ」の解釈は凄まじく広い。

 それこそ汚物から猛毒から菌まで、根こそぎ吸収してただの水にするのだという。

 つまり、人がフィルスライムに取り込まれたりすると、数多の菌で構成された生物は水分以外ほぼ彼らの餌になるのだという。

 

 怖すぎて、指でつついてみようという気持ちにすらならない。

 金属も木材も構わず消化するその悪食さ故に、エルフの里では天然のフィルスライムはかなりの脅威として認識されている。

 

 だがそんなフィルスライムも何故か特定の岩と砂だけは消化出来ない為、エルフの里では岩で囲った堀に汚水を流して事前に放り込んでいたフィルスライムに浄化させているらしい。

 一応フィルスライムにも弱点はあり、塩や海水をかけると1分と経たずに硬化して死ぬ。

 要するに、凄く悪食な透明色のナメクジを想像してもらえば分かりやすいだろうか。

 

「岩の種類については石工職人に色々試してもらいながら検証しよう。上下水を通す配管も同じ岩で施工できれば間違いないんだけど」


「資材次第ですねそこは。最悪堀以外は別の素材も考慮した方がよさそうです」


 生活家電の揃ったこの国で上下水が完備できれば、俺が目指していた文明国の第二段階とも言える「水道と水洗トイレと入浴施設」を各家庭に普及できる。

 それが出来るだけで国民全体の生活水準が一気に上がるだけでなく、エルフ達の指摘した衛生面も相当な改善が見込めるはずだ。


「ククク……やべぇなまたロクに寝れない日々が始まりそうだ」


「睡眠不足は健康最大の敵だぞバレンタイン陛下。一日三食八時間睡眠はより良い仕事をする必須条件だ」


「10歳過ぎた頃から寝不足が親友みたいなもんなんだ、今更数日徹夜したところでどうって事ないさ」


 また一つ文明が進む期待感にワクワクしながら資料にペンを走らせていると、フローレンスから衝撃的な言葉が続けられた。


「最も健康的な生活を必要とする成長期にそんな不衛生な事をしていたから、貴女の身長は止まったのではないか?」


「……なん……だと!?」


「いや、あくまで可能性の一つだ。先天的にその身長が上限値という可能性もあるので断言はできないが」


 もしかしたら遅めの成長期が来るかもしれない。

 そう思い込んで未来の自分に託す事にしていたのに。

 

「胸やお尻の肉付きのよさから考えると、まぁ医者として、身長の方は絶望的だと言わざるをえないな」


 この国の発展の為に捧げたつもりの睡眠時間は、同時に俺の背丈の未来を奪っていたかもしれない。

 

 おっきくなる。という、ただそれだけの希望がこの日。

 医師の宣告によって無慈悲に打ち砕かれた。


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