#0058_フローレンス・テトラ・ナイチンゲール
「まず一つ訂正しておきたい。私の名は正しくは「フローレンス・テトラ・ナイチンゲール」だ」
「テトラ?」
「古き言葉で「4番目」という意味になる」
「もしかして、3がトリで、5がペンタ?」
「む。その通りだ。よく知って……いやそうか、これも元は異世界の言葉なのか」
「俺が元居た場所では、ラテン語って呼ばれる言語の数を表す言葉だな。だが色々繋がってきたよ、なるほどそういう事か」
転生者、フローレンス・ナイチンゲール。
歴史の教科書にも載る偉人の登場に少し興奮しつつも、意外と俺は冷静に思考を巡らせていた。
この世界には思った以上に生前の記憶を維持した転生者が多い。
勇者しかり、銀猫さん改めシロガネしかり。
彼女達エルフの先祖にも日本食を普及させた日本人がいた筈だ。
もしかしたら俺達魔族の中にも、俺以外の転生者が居る可能性はある。
だが現状、これだけ俺が文明を異常な速度で進めても反応が無いのを考えると、少なくとも現状の世代には誰も居ないのかもしれない。
先祖か子孫か、どこかでいずれ繋がりは見つかるかもしれないが、それは今考えても仕方のない事だろう。
「貴女はつまり、4代目のフローレンス・ナイチンゲールなんだな」
彼女はいわゆる、転生者の子孫に類する存在なわけだ。
「説明の手間が省けたようで助かる。想像通り私は4代目。つまり貴女の知るナイチンゲールという看護師は私の曽祖母になるな」
「いやむしろご本人じゃなくてホッとしたよ……歴史の書物に載る様な偉人ご本人だったら対応に困ってた所だ」
正直、私こそがナイチンゲール本人だ!とか言われなくて良かった。
歴史的偉人にどう接したらいいのかなんて分からんよ普通。
令呪を持った魔術師でもあるまいし、目の前に織田信長とか宮本武蔵が現れてみろ。
日本人の多くが普通は対応に困るって。
女体化したアーサー王とか、普通に考えたらどう取り扱いしていいか分からんだろ。
逆におっさん化したナイチンゲールとかも、それはそれで困るけど。
「曾祖母はそんなに凄い方だったのか?」
どうも4代目は自分のご先祖の凄さを存じていないらしい。
まぁ初代がご本人だったとして「私偉人ですから」とは言わないか普通。
「俺の居た世界で衛生観念というものを確立した英雄だよ。そして白衣の天使という看護師の通称の原点にもなった医学の女神の1人さ」
ざっくりだけど間違ってはないと思う。
医学史においては絶対に外せない偉人の1人なのは間違いないのだから。
「わ……私はそんな凄まじい人物の4代目を襲名したのか……怒らせると鬼神のような曾祖母ではあったが……どうしよう里に戻ったら辞退しようかな……」
「いやそんなノリで降りられるものでもないだろ……」
思ってたよりも大事だったのでやめますね、で襲名制の名前を破棄は出来まい。
ずっと感じてたけど、この4代目さんやっぱ基本的にはポンコツキャラで間違い無さそうだ。
医療関係者としてはすげぇ優秀なんだろうけど、それ以外の部分が凄く駄目っ子な感じがする。
「貴女が具体的に語るからだぞ!?先ほどまでの私にとってはちょっと……いやかなり怖いが、焼き魚とお味噌汁とたくあん漬けが大好きな曾祖母、程度の認識だったのだ!」
「俺は逆に偉人への幻想がどんどん崩れていってるよ……ナイチンゲール焼き魚と味噌汁とたくあん好きなんだ……まぁ逆に仲良くなれそうな気もしてきたけど」
確か彼女はイギリス人だったはずなのだが、エルフの村で育ったから日本食に染まったのか。
正座して白米、焼き魚、味噌汁、たくあんを箸で食ってるナイチンゲール……ちょっと想像したくないけど、まぁ同じシチュエーションにありながら超絶馴染んでいたアーサー王もいるんだし、住めば都、郷に入らば、というやつなのだろうか。
「ちなみに私はパン派だ」
「米派は受け継がなかったのか……子孫がこれでよかったのか白衣の天使……」
何に張り合ったのかは知らないけど、そこを強調されても。
というかこの世界で数少ない日本食文化の馴染んだエルフにパン派をアピールされてもねぇ。
「フローレンス殿は、転生者についてはご先祖様から?」
「あぁ。転生者については曾祖母から我等ナイチンゲールにのみ伝え聞かされている事で、里の者は知らぬ話だ」
なるほど。つまりエルフの里の常識というわけではなく一族にのみ伝わる話になってるわけか。
ならば俺の事情もある程度開示して、他言しない様に釘は刺しておいた方がいいだろうな。
今下手に外部に俺の知識の源泉について漏らされるのは、国営の上でも宜しくない。
「なら俺の事についても他言無用でお願いしたい。現状誰も知らない事だし、知られたら最悪の場合は強硬手段も辞さないと考えてる位だ」
「承知した。曾祖母も「転生者」の話は余計な不和を生むと考えて子孫にのみ伝えたと聞くからな。私も口を滑らせて死にたくはない。心しておこう」
「感謝する」
さすが戦場の天使フローレンス・ナイチンゲール。
とても賢明で的確なご判断ですホント。
目の前の4代目さんがうっかり口を滑らせたりしないか凄く不安になってきたけど、そこは偉人の遺伝子を信じたい……信じておこう、うん。
「そういえば先ほど話したドクターオサムも転生者だという事だ。何でも生前は「マンガ」というのを生業とした画家の一種だったと」
「いやいい、その話にはあえて触れないでくれ。最悪の場合色んな所から時空を超えて俺が怒られるから」
何でその情報をあえて今、掘り返してきたんだ。折角忘れようとしてたのに。
しかも「ご本人」の可能性ちょっと上がってきたじゃねぇか!止めろってマジで。
大丈夫か!?本当にうっかりで口を滑らせたりしないだろうなアンタ!?
ナイチンゲールの遺伝子に対する信頼が薄れるからマジでしっかりしておくれ!
「そ、そうか……よく分からぬが貴女がそう言うならこの話は終わりにしよう」
確かに偉人だけどさ。
近代のお方すぎて、もしご本人に遭遇してもガチで対応に困るって。
まだレオナルド・ダ・ヴィンチとか、トーマス・エジソンとか、アルベルト・アインシュタインとか、クレオパトラとか。
そういう既にちょっとファンタジー入った偉人の方がまだ絡みやすい。
あーでも、アレイスター・クロウリーみたいに偉人だけど出来れば関りたくねぇって人もいるけど。
俺みたいな普通の一般人だけでなく、偉人と呼ばれる人も転生している。
下手をすれば今まさにこの時代にその人達が送り込まれている可能性もあるわけだ。
考えすぎても仕方の無い事だが、勇者だけでなく偉人の存在にも俺は気を配った方がよさそうだなぁ。
「俺が思っている以上にこの世界には、面倒事が各地に埋蔵されてる気がしてきた……」
転生者同士は惹かれあう設定とかあったりしねぇよな……?




