#0041_蒼の洞窟とネコ科の何か_03
「いやー。まさかこんな場所で同郷に会えるとはなぁ」
「俺もビックリだよ」
ラピスラズリの鉱床。
その只中で突如現れた、巨体を持った銀色の虎……ではなく猫
人語を解するその猫は何と俺の同郷、つまりこの世界に転生してきた元日本人の男性だった。
「しかしお姫様に転生かー。正直羨ましい」
「そっちこそ猫だぞネコ。愛玩性最強の存在……いいなぁ」
「どれだけラブリーな見た目でも、一人ぼっちだと外見に意味はねぇんだ……」
しょんぼりする銀猫さん。
申し訳ないがその落ち込み顔すらもラブリーである。
猫と呼ぶにはあまりも大きな、虎かライオンに近い体躯。
だが見た目は完全に猫のそれであり、顔つきも愛らしいイエネコそのまんまだ。
毛並みが黒い縞模様の混じった銀色をしているせいか、アメリカンショートヘアの巨大版の様に見える。
というかアメショをそのまま虎サイズにした猫をイメージしてもらえば間違いない。
何でも銀猫さんは、今から大体200年ほど前にこの地に猫として転生してきたらしい。
色々あって最終的にこの洞窟へ引きこもってから100年ちょい。
1人でこの青い洞窟を根城にして暮らしていたそうな。
余りに長い時間をこちらで生きてきたせいか、気がつけば前世の記憶も薄れて日本人だった事くらいしか覚えていないという。
前世の名前を言いたくない言い訳なのかもしれないが、野暮な事は聞かないでおこうと思った。
「猫さん今後もここで暮らすのか?もし行く当てが無いなら俺の城にくる?」
「外の世界なぁ……今更外に出てもって気はするけど、勇者の話とか聞くと確かに気にはなるなぁ」
自分以外の転生者。
それも目の前には魔王に転生した奴がいて、それを勇者に転生したほかの奴が殺しに来るという、自分で説明してても相当殺伐とした世界。
確かにその話を聞いて渦中に飛び込もうという気持ちにはならないかも知れない。
だがそれでも、こんな穴倉で1人孤独に時間が流れるのを待ち続けるよりは楽しい猫生を送れないだろうかと俺は思うんだ。
彼の200年を俺は知らない。
もしかしたら濁しているだけで相当辛い旅の果てがここなのかもしれない。
でも、少なくとも勇者と違って敵対しない同郷ならば、俺は俺が作る楽しい文明国家に彼を招きたいと思った。
「200年。色々あったんだとは思うけど、少なくとも城に居る分には誰にも何も言わせんよ」
「お姫さんも、そういう事が言えてしまうだけの10年を送ったんだなぁ……いいよ、行こう。こうして会えたのも何かの縁なんだろうし、久しぶりに飼い猫生活にもどるか」
「じゃあひとまずここから脱出しないとだな。出口って分かる?」
「外の匂いがする方へ行けばいいなら大丈夫だとおもう。背に乗ってくれ。その方が早い」
俺は銀猫さんに促されるまま彼の背に跨り、首もとの毛を手綱がわりに軽く掴む。
これまでの人生で、大きな生き物に跨るという経験が無かったのもあって、ちょっとした恐怖感と高揚感があった。
乗馬が好きな人の気持ちが今始めて理解できたかもしれない。これは何というかドキドキする。
「中身が男と分かっていても、褐色ロリお姫様に物理的に跨がれてると思うと正直興奮する」
そして俺を背に乗せた銀猫さんは全く違う意味でのドキドキを楽しんでいるようだ。
若干この猫を城に勧誘したの失敗だったかもしれないと思い始めた。
余り変な事を他で言われても困るので、ここは一つ釘を刺しておこう。
「生革剥いで三味線ギターにして売れないデスメタルバンドに格安で売りつけたくなるから今後そういう発言は無しでお願いします」
「ビジョンが具体的すぎて怖いわ!ごめんなさい!」
「よろしい。ではいざ地上へ」
「おうよ」
銀色の猫の背に乗って洞窟を駆け抜けて行くというのは、とてもファンタジーな体験だろう。
これで途中何度か銀猫のトリッキーな動きで落馬ならぬ落猫さえしなければ、素敵な体験として俺の心に刻まれただろうに。
******************************
「石を探しに行って魔獣を連れて帰ってくる辺りが陛下ですよね」
「アコそれ全く褒めてねぇよな?」
「呆れてるんです……」
銀猫さんの背に乗って走る事30分ほど。
俺はあっさりとアコたちに合流できた。
ただ初遭遇の際には突如出現した魔獣に驚いた皆が反射的に戦闘に入りそうになったりと少しバタバタもしたが、俺がアレコレ説明して今に至る。
「しかし、人語を理解する魔獣ですか。凄い生物がいたものですね」
皆と合流して始めて分かったのだが、どうやら銀猫さんの言葉は俺にしか理解できていないらしい。
幽霊である両親にも聞いてみたが、俺が巨大な猫と会話しているのを見て不思議に思っていたそうだ。
だが銀猫さん側は普通に人の言葉が見聞きできるので、手っ取り早くこちらの言葉を理解するとても賢い猫だというので押し通すことにした。
俺と先輩は恐らく、転生者同士という1点で何らかのつながりがあるのだろう。
もしくは俺に備わっていると思われる言語チート的な何かの恩恵か。
それこそ神様マジックによる魂での繋がりみたいな。
詳細は何一つ分かってないが、俺も銀猫さんも別に不都合があるわけではないのでその辺りは互いにスルーしようと話し合って決めた。
「害は無いと思うので城に連れて帰りたいんだよ。この石はこの猫のおかげで見つかったんだ。俺は恩に報いない王にはなりたくないからな」
「陛下がご自分で世話をするなら良いと思います。ですが誰かに危害を加えたらその時点で処分します。それだけはご理解ください」
アコは言いながら携えた杖をゆらりと構えて猫を横目で見る。
そこから放たれる警戒心というか殺気を敏感に感じ取った銀猫さんは、迷わず俺の後ろに隠れて縮こまった。
涙目でアコをチラチラと観察する様子を見ていると、魔獣というカテゴリにこのヘタレ猫を分類するのは他の魔獣に申し訳なくなってくる。
本当にこの人は、ただ身体が大きいだけの猫なんだなと実感すると同時に、庭の見張り番にすらならないんじゃないかと思えてきた。
「下手な事したら生皮剥いで楽器の材料にするぞって言ってあるから大丈夫だって」
「そうですか。ならば良いのですが」
「(よかねぇよ!?何この人達、美人揃いなのに思考が怖い!)」
俺の背で怯える銀猫さんな何やら小声でブツブツ言っていたがスルーしておこう。
それよりも今は、持ち帰った石の鑑定をはじめる事が先決だ。




