#0040_蒼の洞窟とネコ科の何か_02
着替え終わった両親の悪霊に纏わりつかれながら、更に30分ほど歩いた時。
ふと洞窟の奥に青白い光が差しているのが分かった。
試しに魔動具の灯りを消してみてもその奥にある光が消えることは無く、少なくとも何らかの光源が備わった空間がこの先にあるのは間違いない。
さて。このまま素直に進むべきだろうか。
長らく続いた暗闇にやっと訪れた変化だが、その変化が俺にとって吉と出るか凶と出るかは分からない。
金剛夜天があれば早々死にはしないとは言っても、安全マージンを完全に無視して進むには少し不気味な変化である。
だが幸か不幸か。今の俺には物理を無視した便利機能搭載型のスタンドみたいな悪霊が二匹纏わり付いている。
ならばここで活用するべきだろう。というかそれくらいの仕事はしてもらいたい。
「父上母上、ちょっとあの光ってる所の様子を見てきてもらえます?」
「任せてー」
意外と素直に従ってくれた二人を見て、とりあえず悪霊呼ばわりはやめてあげようと思った。
ふよふよと通路の奥、光の指す場所へと飛んで行き、そして数分すると妙に興奮した様子で二人が戻ってくる。
「凄いわ!凄いわよバレンタイン!早く行きましょう!」
「ちょ、ちょっと。何があったかまず報告を」
「よいからよいから、行けば分かる!」
「いやもう、何の為に偵察して来たんだ……!」
オモチャを見つけた子供のようにはしゃぐ二人。
幽霊になってから本当に威厳とかそういう物が無くなっている。
まぁ今まで王様としての立場があった故に出せてなかった、これこそが二人の素の姿なのかもしれないが。
もう少し毅然とはしておこうよ仮にも前王なんだから……
幽霊二人にグイグイと引っ張られながら、俺は渋々通路の奥、青い光の漏れる場所へと歩いて行く。
というかこの二人俺には触れるのか。マジでどうなってんだこのゴースト。
暗い通路を抜けてたどり着いたのは、とても開けた吹き抜けの空間。
地面は青く、壁も蒼く、天井には淡い光を放つ何かがびっしりと広がっている。
光の元は壁にも床にも少し付着している箇所があり、俺はその一部を指で摘んで取ってみる。
「この感触は……苔の一種なのか?すげぇな。光を発する粘菌か植物が存在するって事か。これだけでも相当な発見だけど……」
指に付いた苔らしき物を払いながら、俺は改めて目の前に広がる空間へと視線を戻す。
「前世でもこんな景色を肉眼で見る事はなかったな……」
「凄いわね……まるで青い宝石の中に居るみたい」
「幻想的な空間だな。自然とはこうも未知に溢れておるのか」
三者三様に広がる景色へ感動する中、俺は腰の王剣を抜いて近場の壁から飛び出していた石の一部を峰で叩いて落とす。
思ったよりも簡単に削り取れたその石を、魔動具の光で照らしてその模様、構造へと思考をめぐらせる。
「なるほど、な」
古代バビロニアの時代。
もしかしたら古代よりも遙かな過去に「世界初の最強の聖石」として認められた有名な青く蒼い古の宝石。
深く、沈み込みそうなブルーの中に白い斑と金色が入り混じるパワーストーンの元祖。
「ラピスラズリ……文献の石の正体はこいつらか?そして―――」
そして。この開けた場所は床、壁、天井全てが群青に染まった空間。
すなわち、ラピスラズリの大鉱床だった。
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「父上母上。今の状態で魔力って使えますか?」
「いや、流石にそれは出来ぬ様だ」
「そうですか……今すぐに確認するのは無理か……」
たどり着いたラピスラズリの鉱床。
そこに座り込んで俺は考える。
文献には「蒼き石」という一文があったのを考えると、このラピスラズリこそが求めていた石の可能性は高い。
だが魔力を体外にひねり出す才能皆無の俺だけでは、これが魔力を蓄えられる石なのか確認が出来ないのだ。
持って来た魔動具ランタンでもこの石に魔力を流し込む構造にはなっていない。
いや、まてよ。
そもそも魔力を流し込めるか確認するだけなら、別に魔動具は無くてもいいんだ。
この床に広がるラピスラズリに直接魔力を流し込む魔動言語を剣で彫って行けば……って駄目だな。
「もしこの石が正解だとしても、大きさに比例して吸収される分量が分からない。最悪魔力全部吸われてヤバい事になりかねないか……」
見つけた媒体に魔力全部吸われて、穴倉の中で干からびるのは御免である。
いかんいかん。見つけた勢いで危ない橋を渡る所だった。
「ひとまず鉱床は見つけたんだ。まずはアコ達と合流してから改めて検証するか。父上母上、一度出口を探しま……どうかしたのですか?」
削り取った石をポケットにしまい、立ち上がって二人に声をかけた時。
両親の幽霊が二人揃って険しい顔でとある方角を睨みつけていた。
その目には先ほどまでの緩さはなく、まさに「敵」を目の前にした険しさを備えている。
何だ?何がある?いや……何が居る!?
俺は抜剣と同時に二人が視線を向けている方角とは逆に距離を稼ぎ、剣を構えて向き直る。
視線の真ん中にある切っ先、その奥に潜む「何か」に警戒心を募らせながら、徐々にそちらから近づいてくる何らかの気配へと意識を集中する。
「何だ……この妙な皮膚がひり付く感じ……」
真夏の炎天下で湿気もなくただ太陽に皮膚が焼かれる様な、ジリジリとした違和感。
痛みではなく嫌悪感に近いその空気に唾を飲んだと同時に「それ」は鉱床の岩陰から姿を現した。
「なんだぁ?こんな場所に人……それも褐色角っ子ロリ!?マジかよ実在したのかよそんなレアキャラ!」
どこか懐かしいというか、ちょっと嫌な勇者を思い出す単語を口走ったのは―――
「…………猫?にしてはデカぁっ!?」
銀色の毛並みを靡かせた虎の様な巨体と文様を持つ、一匹の「猫」だった。




