#0036_過労と雪国_03
「陛下……その、大丈夫ですかい?目の下の隈がすげぇ事になってますぜ……」
「あぁ。大丈夫じゃないけど大丈夫。とりあえず会合をはじめよう」
翌日の午前。
研究室にはアコナイトを初めとした魔道具発明関係者が集まっている。
本日の会合は、職人さん達に丸投げしていた発明品アレコレの成果報告会である。
「まず簡単な物からですが、例のバネ式馬車関連量産の目処がたちました」
「おお。じゃあ今後は普及にも力を入れて大丈夫そう?」
「ただ出来れば当面は窓口を陛下の方で1本化していただけると。あっしらが個別に受けると横槍が邪魔になりそうでして」
「わかった。今後の事も考えて専用の窓口とか部署を建てた方がいいかもしれないなぁ」
10歳のお誕生日会で披露したサスペンション搭載馬車。
宣伝も兼ねてのお披露目だったが、案の定あの後各所からの問い合わせが殺到していた。
職人さん達の所も色んな貴族や商人から問い詰められたらしいが、そこは事前に王宮の名前を出すように言って歯止めをかけていたのだ。
職人の言う量産版は、あのお披露目した物の改良版。
前提として「豪華な装飾」や「不必要な堅固さ」を廃し、シンプルなデザインで本体の軽量化を図った馬車である。
一般に普及させるならゴージャスさよりも価格と利便性の重視が最重要だという事でデザインされたもの。
あくまでも4人乗り、荷物も4人分のカバン程度までの重量を目処として設計されており、長距離の移動を快適にするのが目的の商品だ。
もう一つは現行の馬車の足回りを取り替えるパーツ交換形式のサスペンションキット。
こちらは高重量に耐える為の設計がしてあり、その分部品単位の価格は上がるが上に載る馬車の種類を問わない商品だ。
農家などで使う小型荷車に取り付ける事も可能で、少ない予算でもバネ式が手に入る様にと考案した。
ただ、金属部品が増える事で総重量はどうしても増してしまう為、行く行くはギアなどを組み込んで牽引する力の増幅を実現していきたい。
今後「動力」の開発において、どのみち歯車の小型化やギアの開発は必須の技術になってくる。
段階的にだが「便利になった」という実感を普及させる為にも、まずはこの辺りで市井にバネ式の存在を周知してもらう事が大事だろう。
「次にですが、前に陛下がおっしゃっていた「食物を冷やしたり凍らせたりして保管する箱」についても一応の基礎設計はできました。これがその試作版です」
言って職人が指差したのは、研究室に運び込まれていた俺の身長くらいある木と鉄で組まれた箱だ。
高さ130cm程度の箱には、大小二つの扉と木製の取っ手が取り付けられている。
いわゆる冷蔵庫、冷凍庫の試作品だ。
「会合の前にアコナイト殿に頼んで冷やしていただきやしたが、機能としては問題ないかと」
「どれどれ……おお!ちゃんと冷えてる!」
俺はまず上の冷蔵室の扉を開き、そこに入れられた瓶詰めの水を手に取る。
そこにはキンキンに冷やされたレモンと蜂蜜などなどを絞った液体が込められており、甘みと酸味を兼ね備えた「レモンジュース」が冷たさを維持していた。
カップに注ぎ毒見役の侍女が口をつけると、その意外な味と冷たさに驚いた顔をして……あっ!こいつ全部飲みやがった!
「も、申し訳ございません!つい……」
「いやいいんだ、その反応だけで十二分に得たい情報は得れたよ」
俺が気分転換に城のキッチンで何気なく作ったレモン水。
柑橘系+甘みのある飲み物がないと脳みそがもう頑張れない!仕事できない!とだだを捏ねたので試作してみたのだが、冷蔵庫で冷やした効果は絶大だった様だ。
後ろの方でバイオレットがもの凄い飲みたそうな顔をしているが今は無視しておこう。
正直俺も飲みたかったけど、今はそれよりも機能の確認が優先だ。
キンキンに冷えたジュースに後ろ髪を引かれながらも、俺は箱の下側に備えられた扉をを開いてみる。
冷凍庫には、なぜかお肉の塊とリンゴが入っていた。
「いやまぁ機能の確認だから別にいいんだけど、なんで肉と果物いれてんだ……どっちかでいいだろ」
なぜこの二つなのかは置いておくとして、まず手前にあったリンゴを手にとってみる。
取り出す際、底に敷かれた皿に結露で少し張り付いていたが、無理やり引き剥がして冷凍庫の外へ。
手にしたリンゴは重く、そしてとても冷たい。数分持っていると手の感覚が無くなりそうなほどの冷たさだ。
指で軽く叩いてみると氷を叩いた時と同じカツカツとした固い手ごたえと音がする。
肉の方も同じで、見事にどちらの食材も凍り付いていた。
「機能としては完璧だな。冷やすと凍らすがしっかり分けられてる。まさに想像通りだ」
勿論結露で張り付く点などの改善は必要だが、それでも冷蔵、冷凍の機能はちゃんと部屋毎に仕分けされて機能している。
そもそもが初めて登場する機能の道具なのだ。初期段階でこの機能分けが実現出来ているだけでも相当に凄い。
求める機能を含めた設計思想と、簡単な図案を渡しただけでここまでの物を仕上げてくる辺り、流石職人である。
ただ、やはりこうなってくると……
「最大の問題は、これを常に機能させ続ける方法だよな……」
現状は誰かしらが魔力を送り続けることで実現している冷蔵庫。
これらを誰も居ない環境で稼動させ続けるには「動力」となりえる「魔力の貯蔵庫」が必須だ。
発明品の新作普及が滞ってしまっているのも、結局はその問題が全てである。
この日までは、そう考えていた。
「それなのですが陛下。まだ確定ではないのですが何とかなる可能性が一つ見えてきました」
「え!?マジでぇ!?」
「マジです。魔術師の知り合いを総当りにして資料をかき集めた所、2代目魔王様の時代の文献にそれらしき記述を見つけました」
思わず声が裏返ったのも気にせず、アコナイトは何やら布で包まれた重そうな物を取り出す。
それを机の上に置き彼女が布を開いて行くと、中からは1枚の文字が掘られた石版が出てきた。
なるほど長期保存には確かに適した素材だ。
ただ、見た事はあるがイマイチ馴染みの無い言語で記述されており、咄嗟にそこに描かれた文字が頭に入ってこない。
「えっと……遠き・・北……雪……・・き石?」
ぼんやりとした認識で、拾えそうな単語を一つずつ拾って行く。
言語のチートらしきものを持ってるっぽい俺でも読み取るのに時間がかかっているという事は、深く勉強してない言葉。
恐らくは竜種言語だろうか。
「やはり陛下でも全てはお読みになれないのですね。これは竜種言語なのですが、旧式の言語形態らしくかなり今の文字と異なる部分が多いそうで」
なるほど。だから俺の認識が半端にボヤボヤとしているのか。
現行の言語に新旧のバージョン違いがあるって事も今後は視野に入れて、もっと勉強したほうがいいかもしれない。
「分かる範囲で調べた所『彼方、遠き北の地、雪の山、地の底、魔を留めし蒼き石、守り手の獣』と記述されています」
「……魔を留めし蒼き石……これは、探してる物の可能性高いな!」
「でしょう!?これは是非とも調べるべきかと!」
息を荒くして今日にでも調査に旅立ちたい様子のアコナイト。
だが俺はこの石版の文言で、その石の事と合わせて気になってしまう点が一つだけあった。
遠き北の地、雪の山。
そこには恐らく簡単には立ち入る事が出来ない。
あの話が―――以前父上から聞いた話が本当ならば俺は歓迎されない可能性があるのだ。
「ミモザ叔母さんのいる場所、か……」




