#0035_過労と雪国_02
驚いたのはピアニーの記憶力のよさだった。
吸収力の高さというよりは記憶力。暗記という面に置いて彼女は恐ろしいセンスを備えていた。
「3回繰り返した事なら忘れないってすごいな」
思わずそんな言葉が漏れるほどに、彼女はあらゆる事を三度反復するだけで「丸暗記」したのである。
数字の概念から、九九の一覧、そして専門的な用語などなど。
何度か授業で行った内容をそのまま用いたペーパーテストを実施してみたが、彼女だけは全て万点でクリアし続けた。
ただ、彼女は驚異的な記憶力がある反面、応用力が高いというわけではない。
計算などにおいても、三度繰り返した問題と回答は覚えているが、桁が増えて行くにつれて始めて触れる問題は回答に苦戦する。
勿論それらも三度繰り返せば間違いなく覚えてしまえるのだが、あくまでもそこは「記憶する」という能力に特化していた。
恐らくこの能力は貴族や商人などでは評価されにくい物だと思う。
実際城内でも彼女の能力への評価は余り高くなかった。
ただ覚えておけるだけなら紙などに文字として残してしまえばいい、という評価になるのだ。
いやいや、そんな馬鹿な。
パソコンも存在しないこの国において「三度反復させれば確実に忘れないストレージ」が存在しているようなものだぞ。
考えてもみてくれ。俺が一々処理した文書やスケジュール覚えなくても、彼女がいれば何時でも検索して引っ張り出せるんだよ?
まさに生きたインデックス。歩くアーカイブ。女の子の形をしたリファレンスだ。
何よりも、小奇麗にすれば結構可愛いという素晴らしい利点も備えている。
こんな便利な能力備えた人を俺が雇わないでどうする。
計算についても近いうちに九九ならぬ九十九を作って覚えさせてしまおうかと思っている。
99×99までの答えを全部丸暗記していれば早々困る事もないだろう。
それが可能な事自体がそもそも凄いのだ。
「ピアニー。超こき使うけど俺の傍で仕事しないか?」
「権利とか権威に興味はないのですが、日当いくらでしょうか?金額次第です陛下」
まるでバイトに誘われた位の感覚で、彼女はその日から俺の事務補佐官に就職した。
一応成人前という事もあり両親にお伺いを立てた時には、ご両親にそろって気絶されて困った物だった。
色々と彼女の今後を考えて収入面は両親の稼ぎよりも多くなる等の現実的な話もしたが、貧しくも良い環境に居たのだろう、ご両親は彼女の出世を喜びつつも自分達は堅実に働き続ける事を決めたそうだ。
子が親よりも稼ぐ事に嫉妬を募らせる親は居る。
人が心を持つ生き物で、貨幣という文化の中に居る限り誰にでも起こりうる事だ。
それを許容して受け入れ、それに甘えずに送り出せる親は中々居ない。
地に足の着いた心根を持ったご両親で良かったなぁと胸を撫で下ろしたものである。
こうしてピアニーは王城勤めとなり、15歳としては破格の稼ぎを手に入れた。
彼女の仕事はまさに記憶力の有効活用。
まず、城に回ってきた書類は全て城の「事務所」へと届けられる。
そこで最初に俺。つまり国王が処理すべき案件と他の案件に城の事務官によって仕分けが行われる。
ピアニーは分別された俺宛の書類にまず3回目を通し「俺が処理する前」の状態を記憶してもらい、それを纏めて俺の所へと運んでくる。
今度は俺がサインをした書類に再度3回目を通してもらい、その処理済の書類を事務官の元へと返すのが彼女の日々の業務だ。
ただ俺が日々処理する書類の多さを侮っていたのだろう。
初めて事務所に案内した時にはその書類の多さに凍り付いていたし、俺宛に回される書類の量にも再び凍り付いていた。
「これ、全部覚える……んですよね……うわぁ」
多分あの時、俺が横でその様をニヤニヤしながら見ていたのを記憶したのだろう。
彼女の楽しみが書類をみてゲンナリする俺の顔になったのは、冷静に考えてみれば自業自得の様な気もしてきた。
ちなみに「国の重要機密を丸暗記している個人」などという話が外に漏れれば、彼女や関係者の命に危険が及ぶ可能性がある為、彼女がそういった能力を買われて俺の指揮下にあるというのは、爺や、アコ、レットくらいしか知らない。
事務官達には「教育のモデルケースとして国民に分かりやすい結果を見せる必要がある」という事で説明したのだが、どうやら城内では「陛下が自分好みの女の子を見繕って手元に置いたらしい」という酷い勘違いが広がっている。
下手に否定してまた新しい理由を考えるのも面倒なので放置しているのだが、近頃城のメイドさんなどの女性陣にちょっと性的な視点で警戒されているのが辛い。
この前城の廊下を歩いていると「陛下はあのお歳で女色の気をお持ちなんですよね……王族というのは凄いですね……お呼ばれしたらどうしましょう」というメイド達の茶飲み話が聞こえてきて頭を抱えた。
いや確かに魂は男だから、男よりも女の人の方がいいんだけど、でも何か納得したら駄目な気もするわけで。
ピアニーという有能な側近を得た代償に、謂れ無きレズ認定が現在進行形である。
「そういえば陛下、トゥアレグ様。明日は職人達との会合でしたよね?そちらのご準備は宜しいのですか?」
「…………あっ」
「そんな事だろうと思いまして、既に私の方で手筈は整えてございますよ」
「爺やが有能すぎて俺はもう寝てて良いんじゃないかなって思えてきた」
「ほっほっ。ご冗談を」
魔術言語の発明関連なのだから俺がちゃんと指揮しなければいけないのだけれど、何か爺やに丸投げでも文明勝手に発展すんじゃねぇかな感が最近ある。
まぁそんな思惑すらも先読みされて逃げ道ふさがれ続けた1年だったけどな!
この御爺さんは俺を支えてはくれるけど絶対に甘やかしてくれないのだ。側近として徹底してるよマジで。
「明日の会合では良い知らせが出来ると職人達から事前の知らせも受けております故、陛下がそれを見ない……というのはありえませんからな」
「あ~。ほんと良く俺の事をご理解いただいているようで」
アコナイトと始めた魔術言語による発明の集まり。
そこには、職人の中でも「ちょっと意欲的過ぎて怖い」レベルの新しい物好きが集まっている。
よく言えば前向きで、雑に言えば超ミーハーな職人の集団。
そんな彼らが「良い知らせ」というのだから、俺がワクワクしないで居る事など出来るはずもなかった。
「ハァ……目の下に隈が出来るほど疲れきってるのに、明日が楽しみでテンション上がってきてる自分が憎い」
結局俺は楽しいのだ、この死ぬほど忙しい日々が。
楽しくて楽しくて仕方が無くて、この世界に来てもワーカーホリックをやっている。
過労で二度死ぬなんてのは御免被りたいものだが、ブラック企業で遣い潰されて死んだ前世よりはいい死になるだろうなと考えてしまう程度には、この修羅場を楽しんでいた。




