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#0033_第七代魔王「バレンタイン」

 勇者の襲撃と国を挙げた葬儀から1ヶ月。


 俺はアコ、レットの二人を引き連れて城の演説場へ続く大きな廊下を歩く。

 誰も何も言葉を発する事無くただ黙々と歩いている。

 響き渡るのは硬い靴の足音と、礼服と鎧が擦れ合う音だけ。


(やべぇ……演説の内容がどんどん緊張で抜けていく……やっべぇ)


 別に厳かな雰囲気にしてるとかではなく、単に俺が吐きそうなほど緊張しているだけだ。


 本日は俺の第七代魔王襲名とお披露目会みたいなものだ。

 手続き上は既にもうアイアム国王陛下様なのだが、国民の皆様にとってはこの演説をもって国王として正式に認知してもらうのである。

 なので上がってしまうからとか、上手く話せる自信がないなんていう理由でスルーするわけにもいかない。

 一応演説で何を話すかは昨日書類にまとめて必死に暗記したはずなのに、1歩毎にどんどん頭から言葉が抜け落ちていく。


(いやマジでヤバイぞ……ただでさえ緊張してんのに王様が所見でドモったりしたらもう……ぬああああ!)


 目の前にはもう演説場の光が見えている。

 今更引き返すわけにも行かない。

 正直逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、つい一月前に俺は選んだのだ。


 王様になろうと。

 あの両親に恥じぬ王になろうと。

 そう選んだのだ。


 だから、逃げるわけにはいかない。


 とうとう廊下を抜け、俺は光の射す演説場へと躍り出た。

 その中央にある試作品の拡声器が設置された舞台へ、緊張を必死に隠しながら上っていく。

 舞台の袖には既に爺やが正装で佇んでいた。


「皆様ご静粛に!新王バレンタイン陛下のお言葉であります!」


 彼が張り上げた一言で、演説場に集まっていた人々の喧騒が、水を打った様に静まり返る。


 集まる視線、高まる期待。

 視界一面に広がる多くの人が、俺の言葉を今か今かと待っている。

 そのプレッシャーが余計に俺の頭を真っ白にしていくのだ。


(まずいまずいまずい。早く何か喋らないと……)


 焦りが顔に出ていないか、最初の言葉は何だったか。

 頭の中で言葉と思考が堂々巡りを繰り返していると、ふいに左右に人の気配が現れた。


「落ち着け。あぁ変に横を見る出ないぞ、それこそ民が不安になる」


「凄い人ねぇ。私の時でもこんなには集まらなかったわ。ちょっとジェラシー」


 言われた通りに俺は視線を動かす事無く、耳だけを二人の声に集中する。


「お主の事だ、色々考えすぎてしまっているのだろう。だがそんなものは必要ない。全部捨ててしまえ」


「あなたの言葉でいいのよ。王様らしくとか、私達の後を継いだからとか、そういうのを全部捨てて、貴女の……いえ、貴方の言葉で語りなさい」


 全く。俺は救われてばかりだ。

 皆から色々な物を貰ってばかりだ。


 でもそれがとても誇らしく、そしてありがたい。


 そうだ。俺の言葉でやりたい事を、思っていることを語ればいい。

 変に飾ろうとするから緊張するんだ。

 言われたじゃないか、俺で良いと、これで良いと。

 俺の選択を、だれよりも前国王が支持してくれているのだ。


「愛する国民諸君!今日この日「俺」の為に集まってくれた事、心から感謝する!」


 だからはじめよう。

 俺の物語を。


「先の戦いで、俺の愛する両親は憎き勇者に討たれ旅立った……皆も知ってのとおりだ」


 気丈に語る魔王の娘。

 その少女の口から出た「俺」という一人称に会場はまだ少しざわめいている。

 だがそんな些事には構わず演説を続ける。


「皆を愛した王だった!皆に愛された王だった!俺も……心からの愛を貰った!」


 会場からいくつか、すすり泣く様な声も聞こえてくる。


「だからこそ、俺は前に進むと決めた!前国王が成し得なかった事を成す為に、この国の未来を掴む選択をした!」


 一歩だけ前に踏み出し、俺は拡声器のか細い支柱を掴む。

 少しだけ言葉を切って、心を決めて、覚悟を語ろう。


 国民の皆様に、俺が目指す未来を語ろう。



「既に知っている者も居るだろうが、俺は新し物を生み出す事が好きだ。あの日、パレードで見せた馬車、その少し前に井戸に設置した器具、ここにいる何人かは職人や料理人が不思議な道具を使っていたのを目にしたのではないか?あれらは全て俺が考え、職人達と協力して作り上げた物だ。


 今、そんな高価な物は自分には関係のない事だと思った者が居るだろう?そんなことは無い、俺の目指す未来ではあの程度誰の家にでも当たり前にある世界だ!

 そこのお前。小娘の絵空事と鼻で笑ったな?いいさ今のうちに笑っておけ、俺はその顔がどう変わっていくかを楽しみにしておいてやる。


 俺の目指す世界は、今皆が想像しているものの遥か先にある。誰もが想像しえなかった景色を、国を、暮らしを俺が見せてやる!案内してやる!

 もう食糧不足の冬に怯える必要は無い。もう遠くの友人に会いに行くのに何日も馬車に乗る必要は無い。もう夏の日差しに焼かれて苦しむ必要は無い。文字がかけぬ、読めぬと誰かに馬鹿にされる必要は無い。固いパンと冷めた汁を啜る生活など無縁の世界がやってくる!

 何度でも言ってやる、絵空事だと指を刺して、建物の影で笑っていられるのは今のうちだ。今の内に精々俺を侮っておけ。10年後にはその全てを覆そう。


 親の立てた武勲に胡坐をかいているだけの癖に、この俺を蹴落として王座を狙っているそこの二世貴族。今日はさぞ驚いているだろう?10歳の小娘などいつでも蹴落として自分達が王座に近づけると思っていただろう?ナメるなよ……俺は魔王マルセーユの娘であり、カーディナルの娘。そして両親が討てなかった勇者の首を刎ねた者だ!

 くだらない小細工をしている暇があったら研鑽しろ。考え、学び、そして動け。当然だ、当然の事だ。俺は働かぬ奴に優しくなどしない。


 そして全ての者よ、俺も含め立場だけで偉くなれると思うな。今日この日からこの国は変わる。努力を積み上げ、結果を出せ。それがこの国で成り上がる最短ルートだ。

 俺が俺よりも優秀で未来を託すに足ると思うものが現れたら国王の座すら譲ってやる。ハッ!この程度の話で一々ざわつくな。そんなのは俺の目指す未来では「当たり前」の事でしかない。

 そこに身分は関係ない。貴族、職人、商人、平民、奴隷、全てひっくるめて国民だ。俺は身分を問わない。区別はするが、差別しない。

 だから学べ、考えろ、積み上げろ、結果を出せ!その為の入り口は既に用意した。

 読み書きを学びたいという者は身分を問わず誰でも王宮の門を叩くがいい。既に門番には「学ぶ事への入り口」を開放する様に通達してある。学びたいなら何でも教えてやる。

 あぁでも、さすがに真夜中には来るなよ?日が昇ってから沈むまでの間だ。さすがに俺も夜は寝ているからな?

 だが繰り返そう。学びたい者は王宮の門をたたけ。それだけで出世するチャンスが得られる準備を整えた。

 いずれはどの街でも、どの村でも、読み書きと算術が学べる環境を整えてやる。それは誰もが当たり前に得られるべき物だからだ。身分が低いから学ぶ事を許されない?はっ!アホか。

 あの道具の事を学びたいという者も王宮に来い。一度に全員とはいかないが俺が自ら授業をしてやる。そして発展させろ。新しいものを必死に考えて作り続けろ。そうすればこの国は自然と豊かになり、そして多くの金が巡る国となる。

 いいか、忘れるな。いい世の中とは多くの金が、物資が、知識が巡り、成長しながら循環している世界の事だ。どこかで溜め込んで流れを止めれば国は淀み、そして落ち込んで、廃れていく。いろいろな物が巡るからこそ人はゆとりを持ち、よりよい明日を、未来を想像して生きる事ができるのだ。


 俺達は多様な種族だ。人間と違って多様な価値観、多様な言語、多様な文化、多様な技術、多様な知識、多様な経験を持った誇り高き魔族だ!

 ただの1種族がのうのうと数を増やし、内側で優劣を付け、何も巡らぬ縦向きの社会を作っている。そんな奴らに俺は国として、種族として、文明として負ける気はない!

 いずれまた人間共は勇者を引き連れてこの地にやってくるだろう。その時に見せ付けてやるのだ、俺達魔族の多様さを。多様ゆえに持ちうる知識の幅を。多様ゆえに成し得る高度な文明を。見せ付けてやるのだ我等がどれだけ強く、逞しく、そして賢き存在であるのかを。


 初代魔王様の時代から1000年弱……この地に追いやられたという種の引け目をもう無意識に感じる必要は無い。我々は強者だ!勇者すらも文明という新たな力で打ち滅ぼす強き種族だ!人間など取るに足らない、この世界で最強の種族だ!

 勇者の襲撃によって、大切な人を、親しい人を、愛しい人を、愛する人を失った者こそ俯くな!前を見ろ!そして俺と一緒に未来を見ろ!

 守れなかった人たちが。先に逝ってしまった人達が。笑顔で行く末を見届けられる世界に、この俺がつれて行ってやる!だから……作り笑いでも構わない。笑顔で付いて来い!前を向いて付いて来い!上を向いて付いて来い!」

 


 これは俺の覚悟だ。

 これは俺の決意だ。

 これは俺の希望だ。

 これは俺の選択だ。

 

 これは俺の物語だ。

 

「今この時を持って、第七代魔王にこの俺、バレンタインが即位した事を宣言する!

 さぁお前ら!忙しくなるぞ!そして、選べ―――自分が望む未来を!」

 

 最後にあの日、両親から貰った王の剣を空に向かって掲げると、民衆からは大きな吼える様な歓声が沸きあがった。


 さぁ、新しい章の扉を開こう。

 

 ここから先は、俺達の物語だ。


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