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#0028_神器「金剛夜天」

金剛夜天ナイト・オブ・ゴールド―――俺を守り、俺を癒せぇぇぇぇぇ!」


「なっんだクソが何が起こった!?」


 声高に叫ぶその声に。

 腹の底から吹き上げる雄叫びに。


 俺の右腕に巻かれた「黄金の腕輪」がまばゆい光を放ちながら、その有様を変えていく。


 つま先から膝へ。膝から太ももへ。

 指先から肘へ。肘から肩へ。

 腰から腹へ。腹から胸へ。


 頭には巨大な王冠を。

 腰には輝ける王剣を。

 身体に纏うは黄金の。


 全身を包み込む、黄金の鎧がそこにはあった。


「はぁ!?なんだそりゃ?テメェ確かに殺したはずだろー!?」


「魔王―――ナメんじゃねぇぞクソ勇者」


 思わず漏れた言葉遣いに最早お姫様らしさは残っていなかった。

 だがいい、誰も別に見てるわけじゃない。

 もしかしたら両親の霊が今も俺を見守ってくれているかもしれないが、それでも別に構わないさ。

 彼らには墓前で全てを打ち明けようと決めている。

 この先に進む為に、俺は俺の嘘を全て、せめて両親にだけは打ち明けると決めた。


 だからこれでいい。そうだ。「俺」でいいんだ。


「俺は魔王。7代目魔王バレンタインだ。別に興味はねぇけど、礼儀として名前くらい名乗れよクソ勇者」


「さっきからクソクソうるせぇぞ!俺は「辛澤前吉からざわぜんきち」だ!覚えて死ねこの金ぴかロリがぁぁぁぁ!」


 クソ勇者もとい辛澤は、薄くて脆い罵声を浴びせながら俺に向かって手のひらをかざす。

 その行為に何の意図があるかは分からないが、一つ分かったのは―――


 ――――――――――――――


 っつ!?なんだ?今何をされた?


 突然周囲の。いや、世界から「色」が消えた。

 身体が動かない、息も出来ていない、なのに息苦しくない。

 ただ視界だけが確保されている状況で、その視界は全てが灰色に、グレースケールになっている。


 これが恐らくあの勇者の異能というやつだろう。

 その灰色の世界の中で、勇者だけが気色の悪い顔でこちらに悠々と歩いてくる。

 抜き身の剣をぶら下げて、俺の眼前へと迫ってくる。


「はっはー!どんだけ魔王ムーヴかまそうと、時間を止められる俺の敵じゃねーんだよ!クソが!」


 マジかよ。チートすぎるだろう。

 さっきまでの俺の魔王っぷりを返せと言いたくなる。

 そしてコイツ息が臭い。

 ん?臭いは感じているし、時間が止まっているはずの世界で意識もある。

 そういう能力なのかこれ?


「まぁ聞こえてねぇだろうけどなぁ!オラ死ねよクソがぁ!」


 振り下ろされる剣。

 回避はできない。

 防御も出来ない。


 だが、その軌道なら問題は無い。


 キィィン!と甲高い音に合わせて、勇者の剣は俺の金剛夜天にはじき返された。


「クッソ!何だこの鎧硬すぎるだろ!?オリハルコンの剣が弾かれるとか意味わからねぇ!」


 すまん俺にも意味がわからねぇ。

 金剛夜天お前すっげぇな!オリハルコンって最強の部類の金属だろうに。


「くそ、時間切れか……しかたねぇ一旦解除してかけなおしだ」


 言って勇者は俺から距離をとり、再び手のひらをコチラにかざす。

 すると世界に色が戻ってくる。

 剣を抜いて飛び出そうとした直後だった俺は、その勢いで思わずガクンと躓きそうになる。


「チッ……オラもう一度だ死ね!」


 だがそのまま再度勇者に切りかかろうと抜刀した所で、再び世界から色が消された。


 まずいな……この能力の詳細がわからない。

 何か弱点は間違いなくあると思いたい所だけど、現状では何も思いつかない。

 また身体は動かず、息も出来ないが、何故か相変わらず息苦しくはない。


 目は見えている、音も聞こえている、臭いも感じられる。

 ただ身体だけが動かないのだ。


 いや……ちがうなこれ。動かないのは俺の身体じゃない。

 金剛夜天と剣と冠、武器防具の類が動いていないんだ。

 体制的になのか、それらに触れているからなのか俺の身体の動きも阻害されているっぽい。

 その証拠に、鎧の中のつま先や指先はかろうじて動かすことが出来ている。


 恐らく衣類も時間停止の対象なのだろうけど、金剛夜天を装備した影響なのか、それとも俺の意識が向こうに言っていた間にこのクソ勇者が脱がしたのか、今の俺は真っ裸の上から黄金の鎧を着ている状態だった。


 前者でも問題だが、後者だったら最悪だな……前者である事を祈ろう。


 勇者は間違いなく転生、もしくは召喚された日本人。

 だが、そのチート能力は「同じ境遇の人物」には通用しないのではないだろうか。

 つまり俺個人、異世界から転生してきた俺個人には通用しない。

 だが金剛夜天や装備品はこの世界で生まれたものだ。

 だから装備だけが時間を止められてしまう。


(賭けの要素が強すぎるけど……でも可能性としては考えられなくも無い)


 いやだめだ。この状況にあって自分に都合のいい事を考えている気はする。

 間違っていたなら今度は防御無しであの時間凍結の中に入るのだ。

 そうすればもう取り返しはつかない。


 ……だが、この理不尽を覆すにはリスクを負わなければいけない気がする。

 金剛夜天に死にたくないと最強の防御を望んだ癖に、早々にそれを捨てる羽目になるのか。


 でもヒントは得ている。

 少なくとも能力の発動には条件と制限時間が存在しているのは間違いない。


 物事にはバランスが存在する。何らかの要素であのチートは何かと等価となっている可能性が高い。

 でないと時間凍結は最強すぎて理不尽すぎるのだ。

 神様が平等だとは別に思いはしないけど、でも世界のバランスをわざわざ壊すような事を、それもこんな人間に許すだろうか。


 答えは否だと俺は思う。

 その程度にはあの天使や神という存在の公平さを信じたい。

 前世の記憶をまるっと残されたのも、俺にこの環境で戦う為の平等さを与えてくれたのではないかと、そう思いたいのだ。


(さぁ、腹をくくれ。恐らく次の攻撃も金剛夜天が回避してくれる。その後、アイツがチートを解除した一瞬でどれだけ鎧を収められるかが勝負だ)


 意識を研ぎ澄まし、心を沈め、ただ、その一瞬だけを狙う。


「今度こそしね……クソがぁぁぁ!んだよこれ!鎧の無い所狙ってんのに何でとおらねぇんだクソが!」


 思い通りにならない状況に、勇者はどんどん冷静さを欠いていく。

 何度も何度も目の前で振り回される剣戟から俺は目を逸らさない。

 癖を、動きを、流れを頭へと叩き込んでいく。

 そして改めて確信した事が一つだけある。


(コイツ剣術の腕は、爺やに比べたらカスみたいなもんだ。というか剣術になってない)


 チートにかまけて鍛えたりした事はないのだろう。

 それが良く分かる「ど素人」の剣捌きだった。


「しかたねぇ、一度解除して仕切りなおしだクソが……あぁイライラするなぁ!」


 さて、集中しろ。

 世界に色が戻ったその瞬間が―――勝負だ。


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