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#0026_10歳の誕生日_04

「このままじっとしても居られない……何か俺に出来る事はないのか……」


 王宮の最上階。

 国王を初め俺や爺やなど国の偉い人の私室が集まった所。

 その中にある自分の寝室で、俺はただ外から聞こえてくる戦いの音に耳を傾けるしか出来なかった。


「貴女はここにいて。私達が必ず守るから」


「っ!…………はい」


 母上の言葉に、俺も一緒に戦いたい、と口から出そうになった言葉を必死で飲み込んだ。

 齢10歳になったばかりの小娘、それもこの国のお姫様が戦場に出ても良くて即死、最悪人質になって状況を悪化させるだけだ。

 それくらいの判断が出来る教育は受けているし、前世の記憶からもそういった行動を起こす小娘はロクな結果を生まない。

 だから、俺はただここで守られておくのが最善なのだと理解している。


「分かってはいるけど、待つだけというのは辛いもんだな……」


 何も出来ない歯がゆさと焦りで、俺は部屋の中を1人行ったり来たりしている。

 一応先ほど貰った剣は腰に下げて万が一の場合多少なりとも防御になるだろうと冠も身に着けたままだ。

 ウロウロ、うろうろと、何分ほどそうしていただろうか。

 色々と良くない考えばかりが脳裏を過ぎっては、その考えを捨てようと首を振る事を繰り返していた時。


 妙に廊下の方が静かになった気がした。


「終わったのか……な……?」


 外では確かにまだ戦いが続いているらしく、国民達の悲鳴と思われる声や、兵士達の気合を入れた掛け声などが響いている。

 だが、廊下のほうから響いてきていた剣戟などが、ピタリとやんだのである。


「嫌な……嫌な感じがする……このままここに居ない方が良さそうだ」


 俺は音を立てないように、そーっと、そーっと自室の扉を開く。

 ゆっくりと顔を出して廊下の左右を確認するが、そこには誰の姿も気配もなかった。


 やっぱり妙だ。静か過ぎる。

 正直この静けさが返って不気味さを増していたが、それでもこのままこの部屋に閉じ篭っておく気にはなれなかった。

 腰に下げた剣に目を握る左腕に、ぎゅっと力が入る。

 何度か浅く、深く、深呼吸をした後、俺はなるべく足音を立てないように小走りで城の廊下へ飛び出した。






*************************************






「そんな……父上!母上!」


 廊下を抜けて、階段を下り、誰にも見られる事無く誰ともすれ違う事無く俺は王座へとたどり着いた。

 血に濡れ、開かれたままの大扉から中を覗き込んだ俺が目にしたのは、血の海の中に倒れる母上と、そして母上を庇う様にして無数の剣を突き刺された父上の姿だった。


 たまらず駆け出し父上の足元へと縋りつくも、既にその目に光は無く、そこに立っているのは勇敢な王の亡骸だった。


「あ……あああ……あ・あ……」


 そんなばかな。だってさっきまで笑っていたじゃないか。

 俺にデレデレして頬ずりしていたじゃないか。

 俺に構いすぎて母上にすねられてペコペコしていたじゃないか。

 なのに。なのになんで。


 なんでそんなカッコいい顔で死んでいるのですか父上……


「……ばれん……たい……ん」


 後一つ、何か感情が、思い出が溢れてしまえば俺は大声で泣き叫んでいただろう。

 理性も何もかもすっ飛ばして、わんわんと号泣していたに違いない。

 だがそんな状況で、かすかに、確かに聞こえてきた「母上の声」が俺の理性を一瞬で引き戻してきた。


「ははうえ……母上ご無事ですか……!!」


「ばれんたい……ん……こちらに……きて……」


「はいっ!」


 血の海に今尚横たわる母上の下へと俺は駆け寄る。

 涙を流し、彼女の腹部から流れ出る血を、必死に両手で押さえつけた。


 だが血は止まらず、足元の血の池は毎秒その大きさを広げていく。

 何か。何か手は無いのかと周囲を見渡す俺の手を、母上は己の左手に纏うガントレットに触れさせた。


「これを……もって、にげ・・かふっ!」


「いけません!喋らないでください!血が……あぁ血が止まらない!」


 救わねば。

 俺はまだ何も返せてないのだ。

 今ここで彼女だけでも救えなければ何も返せなくなるじゃないか。

 身に纏った白いパーティードレスは彼女の血を吸ってどんどん紅く染まっていく。

 その侵食が広がるほどに俺の心も冷静さを失っていく。


 だめだ、だめだ、だめだ。

 だれか、だれか、だれか!


「あぁ!誰か……お願い誰か母上を助けて……誰か!誰か!」


 もはや出来るのは祈る事だけ。

 どんどん力が弱まっていく母上を左手を俺は必死に握ってただ祈る事しかできない。


 何て役に立たない小娘なのだろう。

 前世の記憶を持っていようと、有事の際にはこの程度の奴だった。


 何が天才だ、何が奇跡の頭脳だ。

 この世界では戦い抗う力が無ければ何も守れないじゃないか。


 誰でもいい……俺じゃなくていいんだ。

 頼むから誰か。


「誰かぁーーー!母上を助けてくれぇぇえ!」


「残念~。助けはこねぇって。死ねロリ」


 背後から聞こえた知らない声。

 その声に振り変えると同時に、俺の胸には突き立てられた1本の剣がみえる。

 そして視界の上の方には、数日前にパレードで見かけたフードの人物が。


「あははははぁ!魔王の一族はこれで全部かなぁ!やっべぇ楽しいー!」


 醜悪な笑みで醜悪な言葉を並べる、黒目、黒髪の「日本人」らしき男が笑っている。


 なんだ……こい……つ……


 その光景を最後に、俺の意識は真っ暗な穴の中へと沈んでいった。


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