#0023_10歳の誕生日_01
魔王の神器とは、いわゆる不定形の物質らしい。
本来は粘度の様なふにょふにょした黄金の塊だという。
魔王継承時に執り行われる儀式によって、都度その魔王が求める、または最も適した形状へと変化するそうだ。
初代様は片刃剣、2代目様は大鎌、3代目様は斧、4代目様は槍、5代目様は拳、6代目の母上は弓。
果たして7代目となる俺の時はどんな形になるのか、今からちょっと楽しみである。
出来れば母上みたいなクレイジーで扱いにくい威力の武器ではなければいいな、とも。
ついでに母上こそが魔王で、父上が実は婿養子だったというのを先日知った。
割と衝撃の事実だとも思うのだけど、まぁだから普段からあんなに尻に敷かれていたのかと妙に納得もした。
日ごろの行いって凄く大事だねって思う。うん。
さてさて。
そんなこんなで異世界転生9年目も終盤。
現在お城は、もうじき開かれる俺の10歳記念パーティーの下準備で、慌しさを増してきていた。
なんでも国を挙げてお祭り形式でやるらしく、これは毎世代の恒例行事らしい。
単純に俺のお祝いだけではなく国中の来年で10歳になる子供達が城に招かれ、王と同世代の年子として様々な交流の入り口になるそうだ。
家族も一緒に王城、王都に招かれ、イヤラシイ話だがこのお祭りの間だけは税金で豪遊させてもらえるという。
パーティーは最終日、俺の誕生日の1日だけだが、お祭り自体は1週間前から開催され合計7日間、国を挙げてのドンちゃん騒ぎ。
いやいや、さすがに7日もお祭りしてたら国民みんな困らねぇ?と思ったけど、減税や免税も含めて経済がすごく活発になるので国民的にもありがたい7日間になるそうで。
そういう事なら俺も楽しもう!ついでになんか新作の発明品発表しようかなっておもってたのだけ ど、職人さんもこの時期は超多忙な為、現在研究室は冬休み期間に入っていた。
パーティーの主役の俺はぶっちゃけ何もやる事が無いので、日々の帳簿仕事を片付けた後は、1人で研究室や開発室に篭ってサスペンション馬車の試作模型を弄っている。
既に1台は試作し近日お披露目を控えているが、まだまだ改良の余地は多い。
「今の技術レベルじゃ精度の高い渦巻き型のバネの量産は無理だから、一定の基準までクリアできたなら車輪側でもうちょい衝撃を吸収できないかな……あ~、丈夫でしなやかな素材使って編み上げでタイヤとか車輪作ればいけそうだけど基本的な馬車の軽量化しねぇと駄目か。自転車のスポークみたいなホイール側の機構なんかつくれねぇかな……さすがにゴム素材はまだないしなぁ」
広げた羊皮紙の上に、カリカリと修正案、変更案を色々と書き足していく。
この辺りも鉛筆と消しゴムと紙が普及すれば、もう少し消費量を抑えられるのだけれど。
一応保存の必要がない物についてはナイフなどで削ってリサイクルしているが、それでも羊皮紙、つまり紙は高価な物だ。
いっそ黒板みたいな物を先につくっておくほうがいいかもしれない。
どうせいずれは学校などの教育機関も普及させたいのだから、教育現場に必要そうなもの。つまり大体の学校に備え付けてあるであろう備品類を優先してもいい。
実際魔術言語を用いた発明も、魔力の保存媒体が見つかってない事で少々停滞気味である。
それならば魔術言語に拘らず職人達が居れば作っていける物を先に進めていけばいい。
「黒板……ってアレ何でできてるんだっけ。磁石引っ付くし一応鉄が入ってるのは間違いないとして、チョークは彫刻とかに使う石膏の粉と貝殻とか砕いたやつで作れるんだったかな。黒板消しは、ヘチマみたいな植物に布かぶせればいけそうか。となると課題は黒板本体か。確か元は黒い板だったのが色々あって目に優しいあの濃い緑色になったんだっけな。だったら初めから深緑色を目指せばいいか。うーん、マジでアレ何で出来ているんだろう……ウィキぺディア先生にご登場願いたい……」
学生時代、余りにも当たり前に触れていた物なのに、それが何であるかを異世界に来て悩む羽目になるとは思いもしなかった……
とりあえず構想と、思いつく材料、あと色合いのサンプルを布や草木で揃えて職人達に相談してみるか。多分チョークはそう難しくないと思うんだけど。
「作らなければいけない物が多すぎる……そろそろ俺の分身5人くらい欲しくなってきたなぁ……」
研究室で1人。頭をかきながらインクにまみれて発明をするのが、この国のお姫様の日常だ。
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「(も、盛り上がってるなぁ……)」
生誕10年記念のお祭りが開催され、本日は既にお祭り四日目に突入している。
俺は初日の挨拶以外は基本的に城の中に居たのだけれど、この日だけはお祭り用の馬車に乗って城下を一周するという公務があった。
エレクトリカルではないけど、馬車の高台の上から皆様に笑顔で手を振り続けるという大事なお仕事である。
これが地味に体力を消費する仕事で、内心では夢の国のアクターさん達ってスタミナハンパねぇんだなと感心していた。
「姫様ー!おめでとうございますー!」
「姫様はじめてみたー!可愛いー!」
「いや、ていうかあの馬車何だ!?全く揺れてねぇ様に見えるぞ!?」
全く揺れてないは言いすぎだよ、そこの君。
さすがにそこそこは揺れてるし、俺まだちょっと酔いそうだもの。
「衝撃緩和式のお披露目としては上々の様ですね」
「ですね。まぁレットはこれでも駄目だったみたいだけど」
完璧ではないにしても、以前に比べれば格段に乗り心地の良くなった馬車。
それでも、根本的に三半規管よわよわガールなバイオレットは、試走の5分で見事にトイレに駆け込んでいった。
あの子はそもそも乗り物が苦手なのだろうな。乗馬も駄目だったみたいだし。
結局バイオレットは馬車の傍で周辺の警護をするという形での参加となった。
なんか1人だけ歩かされてるのがちょっと可愛そうだけど、馬車の上でゲロゲロされるわけにもいかないので致し方ない。
馬車の傍のバイオレットの少し寂しそうな背中を見ながら、そんな事を考えていた時だ。
「…………ん?」
ふと手を振ってくれる皆さんの中に1人、フードとマントを被ってコチラを見ているだけの人物が目に入った。
手も振っていなければ、1人で楽しんでいるという感じでもない。
相手は俺が気づいていると思っていないのか、ずっとこちらを凝視している。
うーん。なんか厄介ごとの気配がするし、ここは気がついてないフリでスルーかなぁ。
祝い事の最中に俺が違和感を覚えたという理由だけでパレードを止めるわけにも行かない。
恐らく爺やに話せばあのフードの人物に誰かを接触させようとするだろう。
それで下手に騒ぎになるのも望ましくはないかと思ったので、ひとまず頭の片隅にだけ残して俺の視界からそのフードの人物が消えるのを待つことにした。
「ところで爺や。これ後どれくらい続くのかしら」
俺は必死に笑顔を絶やす事無く、国民の皆様に手を振りながら小声で隣の爺やに聞いてみる。
フードの人物はもう視界の遥か彼方である。
実はそろそろ膀胱から黄金の雫が溢れ出しそうで、ちょっとお手洗いに行きたいのだが。
「あと1時間ほどでございましょうか」
「…………」
いやいやマジですか。これから後1時間はここでニコニコとおしっこ我慢しながら手を振れと。
なんだよこのプレイ……俺そんなマゾの気は持ち合わせていないのだけれど。
かといってパレードの途中でお姫様がそこらの家に飛び込んで「トイレ貸して!」とも言えるわけも無い。
結局それから小一時間。
俺は必死に笑顔を貼り付けながら尿意との戦いを繰り広げる事になった。




