#0019_羊の魔族と生き意地の汚い女_07
「おおおおおう!おおう!おうおう!うわぁああああ爺やぁぁぁぁ!」
「うっ!うっ!うっ!……トゥアレグ様!私は!私は貴方をこころからぁぁ!尊敬ぃぃうわぁぁ!」
号泣するくたびれた女性陣。
正直なんだこの空間と言いたくなる程に酷い絵面だが、その一端を担っているのは他ならぬ俺だ。
「落ち着いてくだされ姫様。昔の事でございますよ」
「爺やの事でしょう!今も昔も関係なぁああぁぁぁぁぁうっうっ……」
こんなに感情をむき出しにして泣いたのはいつ以来だろう。
涙とか鼻水とか色々な液体が止まりやしねぇこんちきしょう。
「いやはや……何とも嬉しいやら、どうしたものやらでございますな」
照れくさそうに頬をかきながら、それでも泣いて縋りつく俺を突き放したりはしない。
俺もそんな爺やの胸元に蹲りながら、それがら実に30分近く泣き続けていた。
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「落ち着かれましたかな?」
「うん……ごめんなさい、取り乱しました」
「私もお恥ずかしい所を……」
休憩がてらに、何気なく語られた爺やの壮絶な過去。
そのあまりのドラマチックな物語に、俺とアコナイトが大号泣。
30分近くかけて泣きはらし、やっと平静を取り戻した俺達は、何とか研究を再開することが出来た。
ぶっちゃけ今も思い出すと再号泣しそうになるが、それは別に爺やが求めている事ではない。
彼が俺に求めているのは、幸せである事と、そして未来に向かって前向きであることだ。
だからこそ今、過去を俺に語ってくれたのだろう。
ならば俺にできるのは、彼の選択が間違っていなかったのだと証明し続ける事だけだ。
彼が心の内に描いた理想は分からないが、少なくとも愛する人が理不尽に失われず幸せに暮らせる世界を実現する。
俺の王としての課題が、命題がまた一つ誕生した。
「しかし驚きました……爺やの奥さんが人間だったというのは」
「あれ以降、この地に降り立った人間は勇者率いる軍勢のみですからな。妻の来訪は特殊な出来事だったのでしょう」
「でもいつか―――侵略者ではない人間が流れ着いたなら、私もその人と手を繋げる様に努力したいと思います」
人間に限らず、この魔族の大陸の外から流れ着いた多種族が居たならば、俺は出来るだけ前向きに交流したいと思う。
種は違えど言葉が通じ、相手にもその意思があるならば不可能ではないはずなのだ。
俺の傍には爺やという生きた証拠が存在している。
だったらその教えを受けて育った俺が出来ないはずはないだろう。
「それは良き事です。そうあれば私もうれしく思います。まぁ……勇者は全て抹殺しますが」
「ちょ」
「侵略してくる勇者を如何に苦しめて葬るかは、私の生きがいの一つでございますからな」
普段と変わらぬ優しい笑顔で、さも当たり前の事であるというトーンで語る爺やの目は、マジだった。
マジで「勇者殺すべし」という堅く研ぎ澄まされた本物の決意と殺意が込められていた。
何かそこにこれ以上触れるとこちらが火傷しそうな気さえしたので、俺はこれ以上追及しない事にする。
「と、ところで爺や。さっきの話にも出てきましたがその左腕……神器というのは?」
さらりと登場した神器という言葉。
俺にとってこの上なくワクワクするキーワード。
三種の神器とかそういうDENSETSUの武具がこの世界には存在している可能性。
そこに溢れる浪漫と、そしてそんな物が実在するなら絶対勇者に渡したくないな魔王的に、とも思うアイテムである。
「神器とは神が現世に残した道具の総称でございますが、用途、出自、構造が全く分からない物を総じて神器とも呼んでおります」
「ということは、他にも複数存在は確認されているということ?」
「はい。姫様もいずれ神器に触れる機会がある事でしょう」
ふむふむ。「いずれ」という事は恐らく王位の継承にその神器の一つが関与してるのかもしれない。
俺が無事成人し、父上と母上から時代の国王と認められた時にでも拝めるのだろう程度に考えておくか。
正直な事を言うと、神器ってのは「魔道具」の類なのではないかと思っている。
魔術的な機能を極限まで追及した道具……つまり俺とアコナイトが必死に作ろうとしている物の、完成品の可能性だ。
もしもそうならば是非分解して詳しい構造を調べてみたいものなのだが、さすがに爺やの左腕と同化してる神器を貸せとも言えないし、取り外しできる類の物とも思えない。
神経系統も代替されているところを見ると、バイオテクノロジー的な要素さえ備えていそうで、そうなると俺の手には負えないものだ。
いつかじっくりと、自分の責任の範疇で研究できる時がきたら改めて調べてみる事にしよう。
今俺がやるべきは、この国を豊かにする為の基礎作りだ。
まぁ基礎の更に基礎を必死に固めている状況なので、まだまだ先の事ではあるが。
全くの異世界の様で、妙な所で現実感というか地球感のあるこの世界。
俺に出来る事をただ一歩ずつやっていくしかないのである。
遠くない未来。
7代目の魔王として君臨する為にも、今は只管に積み上げる日々だ。




