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第三章 #舞い戻った最古参 #秘められた恋心 #場面転換 ――黒幕動く

【2:45 監視カメラの死角】


ルゥナの言葉が、俺の脳裏から離れない。


《今日の客の中に…一人だけ雰囲気が違っていた者がいたにゃ》


《火薬の匂いがして…ずっとリアナの方を向いていたにゃ》




 レジ裏のPCで監視カメラの映像を巻き戻す。閉店後の静かな店内で、画面の青白い光が顔を照らした。


 何度も、何度も、トラブルの起きた時間帯を繰り返し再生したが、ルゥナが言う不審な人物の姿は見当たらない。横柄な男がリアナに絡み、ノアがそれを組み伏せる。前後の時間を比較しても、その中に、それらしき人物は…いない。


「まさか、カメラの死角か?」


 この店は元々監視カメラを付ける予定はなかった。()()()()()()()()()が、”付けておくだけで防犯になるらしいから“と言って、安物を適当に取り付けただけだ。死角があることなんて、チェックすらしなかった。


 PCを閉じて、ホールに向かう。スマホのライトを最大出力にして、店内を徘徊する。ルゥナが嗅ぎつけたという「火薬の匂い」の危険が無いか確認するためだ。テーブルの下、椅子の裏、カーテンの隙間。まるで泥棒になった気分だ。しかし、いくら探してもそれらしきものは見つからなかった。


 リアナたちは疲れてぐっすり眠っている。起こしてしまわないよう、俺はこれ以上の捜索は諦めて、倉庫へ戻ることにした。お金も必要だが、みんなの健康も大切だ。目標以上の金額を稼いだことで、少し余裕ができた。3人の生活を安定させるために、休息を兼ねて一週間程店は閉めることにした。


 なんだかんだこの二日間の騒動で、相当疲労が溜まっていたらしい。倉庫に雑に敷いた薄い敷布団の上にどさっと寝転ぶと、すぐに意識を失ってしまった。




【11:00 ドア向こうの天国(?)】


 いつも鳴るはずのスマホのアラームに気づかなかった。朝食を食べそびれた胃袋から、情けない音が響く。ルゥナに昨日の残り物が無いか聞いてみようか。

 店内に続く階段を上がり、ドアノブに手をかけようとしたその時、ドアの向こうから、どこか艶めかしい声が聞こえてきた。


「やめてください……そんなところ、触っちゃダメです……」


 甘く、震える声。…リアナだ。


「こんなとこ、誰にも見せたことないのに……」


 勇ましいはずのノアの声まで、色っぽく聞こえる。


「にゃあぁ…それ以上はいけないにゃ…」


 活発なルゥナからは、想像できないほど弱々しい声。


 脳内で一瞬危険な妄想がちらつき、ドアノブを握る手に力が入る。が、すぐさま昨日あった事件を思い出した。

(…まさか、昨日のハレンチ男が戻ってきたのか? それとも、ルゥナが言っていた不審者か……?)


 俺は、ドアノブからゆっくり手を離し、音を立てないよう、廊下の掃除ロッカーから箒を掴むと、勢いよくドアを開けた。


「おい! 俺の店の子たちに手を出すな!!」


 ドアを開けた先にあったのは、驚きと困惑に満ちた3人の顔と、もう一人、見知った姿。


「あ! 千尋さん、お久しぶりです~!」


 あっけらかんとした表情で、手を振っている。そばかす顔に、ちょっと前に流行った丸眼鏡をかけた懐かしい顔、作り物のように輝いている真紅の髪。…瑠璃だ。状況を飲み込む前に、リアナが顔を真っ赤にして、慌てて肌着姿の身体を服で隠した。


 ノアは、俺を睨みつけながら、真剣を構え、襲いかかってくる 。

「この変態め…乙女の身体を見た罪は重いぞ………死をもって償え!」


「誤解だ! 待て!」

 出会った日よりも、殺気立っているノアから本気で逃げ惑う俺の姿を見て、ルゥナは腹を抱えて笑い転げていた。




【11:30 瑠璃、再臨】


 階段から転げ落ちて、顔にあざを作った俺を、リアナが冷たいタオルで手当してくれる。

「千尋さんが悪いのです。ノックもせずに急にドアを開けるなんて、だめですよ?」


「…すまない、まさか、こんな状況だなんて、思わなかったから」


 ノアはまだ怒っているようで、ルゥナが必死になだめている。


「驚かせちゃいましたよね~。SNSで店がすごく盛り上がってるのを見て、つい」

 瑠璃はそう言って、悪びれる様子もない。


「SNSって……卒業制作はどうしたんだよ?」

 俺がそう尋ねると、瑠璃は少しだけ眉を潜めた。


「えへへ…実は、アイデアが全然浮かばなくて、全く進んでなかったんです。そんな時にお店がバズってるのを見て、これだ〜!って思って!」


 瑠璃は興奮した様子で、身振り手振りを交えながら語る。

「リアナちゃんたちから、インスピレーションを受けて、3人をモデルにした服を作ろうと思って、それで、さっきまで採寸させてもらってたんです!」


「そんなことなら、事前に連絡してくれよ……」

 俺の言葉に、瑠璃は不満げな顔をする。


「何回もしましたよ! でも、千尋さん、全然電話に出ないんですもん!」


 そう言われてスマホを確認すると、案の定、電源が落ちていた。昨日の疲れから、充電をせずにそのまま寝てしまったようだ。


「本物のエルフ…剣士…猫獣人なんて、千尋さんどこからスカウトしてきたんですか!?」

 俺は、改めて、興奮気味の瑠璃に、リアナたちがこの世界に来た経緯を話すことに決めた。




――――――


「えええええええ!?!?!?倉庫に本物の異世界の扉!?そんなものがあるなんて、なんで、早く教えてくれなかったんですか!?」

 話を聞き終わる前に、瑠璃は興奮して立ち上がった。


「…おい!最後まで聞けって!」

 俺は慌てて瑠璃を追いかけるが、瑠璃は一足先に部屋を出ていってしまった。


「ちょっと瑠璃さん、待ってください! 今、向こうの世界に行ってはいけません!」

 リアナが慌てた様子で立ち上がったが、その声は瑠璃には届かない。


「まずい…扉の周辺は、兵隊たちが見回っているはずだ!」

「瑠璃にゃんが危険にゃ!」

ノアとルゥナも俺の後ろに着いてきた。


 しまった、ノア達が来た後、バリケードを張るのを忘れてた。万一、ドアが向こうの世界と繋がっているタイミングだったらどうする? もし瑠璃が向こうの世界に行ってしまって、“怪しい東方人“として捕まってしまったら、助けられる手段が無い。


 悪い想像ばかりしていたが、例のドアの前に瑠璃が立っていた。どうやら、間に合ったみたいだ。瑠璃はガチャガチャと、何度もドアノブを回すが、ドアはびくともしない。


「千尋さん〜このドア壊れてるみたいです〜」

 がっかりする瑠璃に、俺は安堵する。どうやら、こちらの世界からも自由にドアが開ける訳ではなさそうだ。




――――――


 先走ったことをこっぴどく叱られ、捕らえられた囚人のような表情をしている瑠璃を再びホールに連れ戻した。リアナが故郷を追われてきたこと、ノアとルゥナが指名手配犯として俺を追ってきたこと。そして、王家がリアナを狙っているかもしれないという、向こうの世界の不穏な動きまで、全て話した。


「へぇ……最後まで聞いても、なんか、壮大すぎてよく分からないですね!」

 瑠璃はにこやかに笑って言う。まぁ、普通は、本当に異世界があるということを聞いても、すんなり信じないんだけどな、と俺は苦笑いした。




【14:20 正体表す】


「そういえばこの3人、まだ住むところがないんだ。瑠璃、よかったら部屋探しを手伝ってくれないか? …仮にも女の子の部屋だし、お前の意見があると大分、いや、かなり助かるんだが」

 俺がそう頼むと、瑠璃は少し渋った表情を見せる。


「え~、これから大学のアトリエに戻って、作業しようと思っていたんですけど」


「そこを何とか!…俺が、今までに住んでいた家の経験値だけじゃまずいんだって!」

 頭を下げて、真剣に頼み込む。実際、今まで家探しは安さ重視だったため、風呂トイレ別だのセキュリティだのなんだの、細かい条件に関してはさっぱりだった。


「…んも~、仕方ないですね! …やっぱり、千尋さんにはウチがいないとダメなんですね~」

 言い方に棘があるのが気になるが、どうやら了承してくれたようだった。


 早速近くの不動産屋に行こうとすると、瑠璃は俺たちを静止して、どこかに電話をかけ始めた。電話が終わって30秒後、店の前に高級車が到着する。屈強な男が車から降りてきて、深々と頭を下げる。


「瑠璃様、そしてご友人の方々、仰せの通り、お迎えにあがりました」

 突然のことに俺たちは混乱した。瑠璃がやったのか?なぜこんな迎えを呼べるんだ?


「うふふ、やっぱりびっくりしてますね~! 実はウチの両親、ブランドの創設者なんです。ほら、『アイセリア』って、さすがの千尋さんでも聞いたことあるでしょ?」


 ファッションに疎い俺でも知っている、世界的ブランドの名前だった。なぜそんなお嬢様がコンカフェでバイトなんかしているんだ…。


 尋ねていいものかどうか迷っている間に、戸惑う3人を連れて、瑠璃は慣れた様子で車に乗り込んだ。その後ろを、数台の白いバイクが追走していく。まるで海外の重鎮が来日した時のような光景だ。俺がついていく必要はどうやら無さそうだ。




【15:00 一本の電話】


 バタバタとした昼間があっという間に過ぎ去ってしまった。色々気になることはあるが、今はこれ以上確かめる元気はない。

 そんな時、店の奥の電話が鳴る。…おかしい、あれは内線用で、店の中からしか掛けられないはずなのに。いやな気配がする。そして、悲しいことにその予想は的中してしまった。


「………誰だ」


 電話口から聞こえてきたのは、ボイスチェンジャーを使った声だった。


『お前に名乗る必要はない。ただの警告だ。店にいるエルフ……そのような低俗な店にいて良い方ではない……近々、迎えに参る。邪魔をしたらお前もただではおかない』


「…お前は一体、何者だ?」

 問いただしたものの、答えは聞けず、電話は無情にも切れた。


 …リアナが狙われている。その内容からして、ルゥナが言っていた、あの怪しい男だろうか。

「まずい、早くみんなに伝えないと…」


 すぐに瑠璃に連絡を入れた。事情を伝える前に、3人の家は無事に決まったと言われた。怪しい電話があったこと、物件の警備体制は十分かどうかを、前のめりで確認する。


『あ,それなら多分大丈夫ですよ~。赤坂のタワマンのワンフロア、そのまま購入しちゃいました。有名人がたくさん住んでいるから、24時間365日警備も万全ですよ。そんなに不安なら、送迎もウチが雇ったボディガ―ドが毎日行うのでご安心を』


 いや、そこまでやれとは言ってない。一般人の想像の範疇を超えるその財力に、俺はただ呆然とする。

「…やりすぎだとは思うが、今はそれくらいが、ちょうどいいのかもしれないな。ありがとう、瑠璃」


『ほんと、感謝してくださいね~! 今更ですけど、ウチがいなかったら、お店はとっくに潰れていたかもしれないんですよ』


 確かに、店がなんとか保っていられたのは瑠璃が最後まで残ってくれたからだ。アイデアに詰まっていた時、瑠璃が提案してくれたイベントや、その他諸々のアドバイスには外れがなかった。それに、店長の役割を押し付けられた時も、瑠璃だけは見捨てなかった。


 いや…音信不通にはなっていたが。そんな財力があるなら、もっと早く、助けてくれなかったのだろうか。だが、俺のプライドがそれ以上の言葉を紡ぐことを許さなかった。


「…あぁ、感謝してるよ。3人のこと、よろしくな」

 そう言って電話を切り、俺は朝の騒動で少々散らかった店の掃除をすることにした。




【22:00 秘密の告白】


 その夜、瑠璃は自分の家に3人を招待していた。契約したとはいえ、すぐに引っ越しができる訳では無い。不動産屋を出た後、感謝の言葉を述べて店に戻ろうとした3人を、瑠璃が呼び止めた。あんな環境で寝泊まりするくらいなら、自分の家で過ごせばいいと提案したのであった。


「お風呂も入ってないって聞いて、つい引き止めちゃいました!ゲストルーム誰も使っていないので、どうぞ自由に過ごしてください~!」


 食堂でとびきり豪華な夕飯をご馳走になり、プールかと思うくらい広い風呂場も使わせてもらうことになった。3人は、最初は緊張しながらも、瑠璃の持ち前の明るさもあって和気藹々と過ごしたようだった。


 風呂場から上がった3人は、更衣室で瑠璃に呼び止められた。

「あ、ちょっと待って! せっかくなら、ウチの両親のブランドの服、もらってくれません?」

 そう言って瑠璃が持ってきたのは、肌触りの良いシルクのパジャマだった。さりげなくブランドのロゴが入っている。


「すごく良い肌触り…こんなに良いものを、いただいてしまってもいいのですか?」

 リアナが躊躇いながら尋ねる。


「大丈夫です! これ、試作品なので! むしろ着てもらって、感想を聞きたいんですよ」

 瑠璃の言葉に、3人は遠慮しながらも袖を通した。シルクのパジャマは、3人の身体に吸い付くように馴染む。


「すごい…いつも着てる服と全然違う…」

 ノアが感嘆の声を漏らした。リアナもルゥナも、同じように驚きの表情を浮かべている。





‐―――――


 寝る前に、リビングでお茶でも、と瑠璃が声をかけていた。


「さっきの…塔の上のお部屋も凄かったですが、瑠璃さんのおうちもそれ以上にすごいです…」

 リアナがまだ慣れない様子で、部屋中を見渡している。都内の一等地の一戸建て。繁華街の駅近くにあるにも関わらず、家の門からドアまでは車で移動するという徹底ぶりだった。


「僕、こんなに広いところ、お城以外に見たことないよ…」

「すごいのにゃ。兵隊さんが守っているにゃ」

 兵隊ではないのだが、ルゥナがそう思うのも自然な程、部屋の前には常にボディガードが厳重に警戒している。


「うふふ、3人にそう言われると、本当にお姫様になった気分になっちゃうかも」

 瑠璃が手を頬に寄せ、照れくさそうに笑っている。


「…聞いていいのか分からないんですけど、なんで瑠璃さんのような方が、あのお店で働いていたんですか?」

 誰もが聞きたいと思っていたが、誰が話し出すかと顔を見合わせていたのを察して、ノアが口を開く。瑠璃は、それを聞いて、少しだけ遠くの方を見てから、ぽつぽつと話し始めた。


「…あのお店のコンセプト、ウチの好きなファンタジーの世界観にぴったりだったんです。これも何かの縁かもって思って、そのまま面接に飛び込んじゃいました」


 瑠璃があの時を懐かしむように、しかし、次の瞬間、少しだけ苦い顔をした。

「みんなはそこまで聞いているか分からないんだけど、あのお店、元々別の人が店長だったんです」


 初めて聞く事実に、そっと耳を傾ける3人。その様子を見て、瑠璃が愚痴まじりに話を続ける。

「でもでも、ほんっと~~~に酷い人でね、ウチが出したイベントのアイデアも、”規模の割に収益性が悪い“って鼻で笑ったり、衣装をデザインしたら、”こんな服作るのにいくら掛かると思うんだ“って怒鳴ったりして」


 瑠璃の目にほんの少し涙が滲んだように見えた。明るく振舞ってはいるが、相当ストレスが溜まっていたのだろう。


「周りの子がみんなやめていっちゃって、ウチももう、辞め時なのかな~って思ったこともあったんだけど、千尋さんだけはウチの提案を笑わないでくれてたし、なんなら、店長にバレないようにこっそりと寄せてくれたりして」


 千尋の名前が出た瞬間、瑠璃の顔が綻んだ。


「…あの人がいたから、今こうして将来にも前向きになっていられるのかなって。そういう意味では、千尋さんはウチの恩人なんです」


 その表情だけでも、瑠璃にとって千尋が特別な人であることがひしひしと伝わってきた。


 ノアとルゥナは先の話を聞きたくてうずうずしているようだった。リアナは平静を装ってはいるが、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。瑠璃は、少し照れくさそうに、言葉を続けた。


「お店が傾いた時、本当は、すぐにでも力になりたかった。でも、もし親のお金で助けてしまったら、千尋さんはウチに借りを作ったみたいで、今みたいになんでも言い合える関係じゃなくなっちゃう気がして……」


 ちょっとだけ間を置いて、瑠璃が顔をぱっと顔を上げた。

「だから、とりあえず卒業できるように頑張って、自分の力で立ち上がって、それから恩返しして………本当の気持ちを伝えようって、思っていたんです」


 結局は、3人のおかげでお金の苦労はなくなっちゃったんだけどね、と嬉しそうに、だけど、どこか残念そうに付け加えた。ノアとルゥナは、そんな瑠璃のひたむきな想いに感動したようだった。ノアが瑠璃の手を取って伝える。


「瑠璃さん、きっとあなたの思いは通じます!」

「にゃ―! ルゥも応援するにゃ!」


 盛り上がる二人をよそに、リアナは動揺を隠しきれずにいた。顔を上げれば、瑠璃の純粋な瞳と目が合ってしまう。咄嗟に俯き、ティ―カップを両手で握りしめた。その手が微かに震えているのを、誰にも気づかれないようにと、ゆっくりとカップに口をつけた。


(瑠璃さん、あんなにまっすぐ千尋さんに思いを寄せていたなんて…。それなのに、私なんかが、二人の間に入っていける訳がないじゃない……)


 千尋の隣にいるべきなのは、瑠璃のように、辛い時もずっと支えてきた人なのかもしれない。それに対して、私はただ、異世界から迷い込んできただけの、何の後ろ盾もない存在。心の中に芽生え始めていた想いは、まるで許されない罪を犯したかのように、リアナの胸を締め付けた。




【23:40 窓の外の影】


 その夜、気分が晴れないリアナはなかなか寝付けずにいた。窓の外からは月の光が差し込んでいる。今日は、満月のようだ。月の光に惹かれて、窓の外から庭園を眺める。夜風が、光に照らされた花を優しく撫でている。誰かが慰めてくれるような気がして、窓を開けてそっと呟いた。


「私,新しい居場所が出来て、本当によかったと思ったの」


「…でも、ここにいたら、どんどん苦しくなっちゃうのかな」


「ねぇ、私、これからどうしたらいいんだと思う?」




「………」




 図ったように風が止み、花はしんとして、答えを教えてくれそうにはない。深いため息をついて、リアナが窓を閉めようと手を伸ばした瞬間、冷たい感触が手を覆った。


「―――あなたの本当の居場所はここにありますよ」


 黒いロ―ブの男にぐっと外に手を引かれた。このままだとまずい、すぐに声を出して助けを呼ばなければ、と思ったが、その瞬間後ろ手に拘束され、口が塞がれた。


「…リアナ様、乱暴な真似をしてしまい申し訳ございません」


 優しい言葉と裏腹に、その声色はどこか冷たく感じる。


「旦那様がお待ちです。……あなたは覚えていないかもしれませんが、あなたを、昔から、とても大事に想っている方ですよ。どうか、ご同行願います」


 男の言葉に、リアナは混乱する。口振りからして、あの時の蛮族ではなさそうだ。


「(助けてください……誰か…………千尋…!)」


 益々何が起きているのか分からないまま、ゆっくりとリアナの意識が遠のき、そのまま、黒いロ―ブの男にぽすんと身体を預けた。




【0:30 嵐の前夜】


 …一日があっという間に過ぎてしまった。


「もう深夜か…」

 誰もいない倉庫に、千尋の声が虚しく響く。目を瞑ると、4人の姿が思い浮かぶ。それと同時に、悲しい真実に気づいてしまった。


「…みんなを支えるって言っておきながら、俺って、実は何もしてないんじゃないか」

 リアナは言わずもがなお店の再興の救世主だ。ノアはお店のトラブルをスタイリッシュに解決してくれたし、ルゥナは料理のクオリティを段違いに向上させた。…しかも、誰も気づかなかった店内の危険をいち早く察知してくれている。

 なんだかんだで瑠璃にも仕事を押し付けてしまった。そして、自分じゃ絶対に真似できない方法で、3人を保護してくれている。


 ふと、元店長の顔が脳裏に浮かんだ。奴は店の経営状況を悪化させただけではなく、全ての責任を放り出して逃げた。あの時、俺は何も言えなかった。何も出来なかった。そんな過去の失敗が、今、再び俺を襲いかかる。もし、このまま俺が何もできなければ、また、全てを失ってしまうのではないか。あの時と同じように、無力な自分を呪うことになるのではないか。


「さすがに、このままだとまずいよな…。今日はもう遅いし、明日、みんなに何か欲しいものがないか聞いてみるか」

 情けないが、これが今できる精一杯の恩返しだ。もう少し余裕ができて、安全も確保できるなら、旅行なりなんなり計画できるのかもしれないけど。


 それにしても、あんなに騒がしかった店舗が、一日でも静かになるとこんなにも寂しいものか。休みが明けたら、お店を盛り上げるためのアイデアでも話し合うか。




――いつの間にか眠りについた千尋は、平穏な明日が来ると信じて疑っていなかった。


第四章に続く

この後の新キャラ祭りの前に、瑠璃を登場させておきたいなと思い、当初のプロットから順序を変えています。

次の章は、ちょっとシリアスかもしれません。リアナがどうなるか、果たして男の正体はなんなのか、想像しながら待っていただけると幸いです。

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