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第一章 #異世界ドア #倉庫ポータル #深夜テレポート ――たった一人の†漆黒の魔城†

【0:00 真夜中の自己嫌悪】


 シャッターを降ろすたび、重く軋む金属音が、俺――星崎千尋ほしざき・ちひろの胸の奥をえぐっていく。まるで、この店が、そして俺の未来が、ゆっくりと閉ざされていく音を聞いているかのように。


 秋葉原電気街のけばけばしいネオンが、息を止めるように一つ、また一つと消え、街全体が深い夜の帳に包まれる。喧騒が嘘のように静まり返るこの瞬間が、コンカフェ「†漆黒(ダーク)魔城(キャッスル)†」の店長である俺にとって、今はいちばん苦手な時間だ。


 ガシャン、とロックバーが噛み合い、冷たい鉄の感触が掌に張り付く。真夏の深夜だというのに、やけに冷たい。それはまるで、“頑張っても無駄だ”と、この世界から突き放されているような、そんな絶望的な冷たさだった。

 

 鍵をポケットに放り込み、無人の店内を見渡す。ステンドグラスを模したランプシェードには薄っすらと埃が積もり、黒いカーテンは色褪せて一部がほつれていた。床のいたるところにこぼれたグリッターが、かつての輝きを忘れられずにキラキラと光を反射している。だが、客が一人もいないホールでは、それはただの寂しい埃にしか見えない。


 たった一人の社交場。胸の奥から冷え切っているのは、他でもない俺自身が、もうとっくに冷め切っているからだ。




 開店一か月目の†漆黒(ダーク)魔城(キャッスル)†――あの頃は、まさに黄金時代だった。


「ご帰城ありがとうございます、冒険者さまっ!」


 炎のような赤髪ウィッグを揺らすキャストが、特注のトレイでドリンクを運んでいた。そのトレイは、まるで中世の騎士が持つ盾のように重厚で、店内のファンタジー感を一層引き立てていた。


「はいこちら、くっ殺フロートになります!」


 注文はオリジナルドリンク「バーサーカーソーダ」に「賢者の涙ゼリー」。客はチェキ片手に歓声を上げていた。皆、心底楽しそうで、その熱気が店中に満ちていた。


 ショータイムの鐘が鳴ると、スモークマシンが稼働してステージが照らされる。「ここはクラブか?」と突っ込みたくなるほどの熱狂とカオス。それでも客は最高の笑顔を浮かべ、キャストも生き生きと輝き、レジは休む間もなくフル稼働していた。


 ――半年で売上はあっという間に8桁を突破した。

 当時、バイトリーダーだった俺は、閉店作業を終えて朝の6時に店を出て、電車の始発にすべり込み、そのまま大学の講義へ向かった。死ぬほど疲れているのに、死ぬほど生きている実感があった。


 その眩しすぎるほどの輝きは、今こうして荒んだ店内に一人立つ自分を、ひどく惨めにするほどだった。


 だが、そんな幸せも長くは続かなかった。最初の半年で稼いだ資金は、元店長の無計画な投資と、新しいもの好きの飽きっぽい性格によって、あっという間に底をついた。元店長は次々と新しい企画を打ち出すが、どれも中途半端に終わり、客足は徐々に遠のいていった。SNSでの宣伝も疎かになり、キャストの給料未払いが続くようになると、優秀な子たちから辞めていった。

 

 俺は、いつかまた店が盛り上がるはずだと信じて、バイトを続けた。就職活動の時期も、この店に尽くすことに精一杯で、結局まともな就職先を見つけることもできなかった。


 そんなことも知らずに、ある日、元店長は「ちょっと旅に出てくる」と言い残し、店の借金と全ての責任を俺に押し付けて夜逃げしたのだ。残されたのは、廃墟寸前の店と、膨大な借金、そして、この店以外に働く場所のない俺だけだった。




【0:20 鏡の中の“城主”】


 洗面台の鏡に映る俺は、かつて愛用していたヨレヨレのジャージ姿で、切りそびれて伸び放題の髪が首に絡んでむず痒い。


 「……ひでえ顔だな」


 近くのネカフェで寝落ちした客みたいな姿で、“店長”という肩書きを名乗っている自分に、怒りよりも先に情けなさが込み上げてくる。

 胸ポケットのペンを取り出し、スケジュール帳を開く。


 8/25──家賃延滞・最終期限


 自分の筆跡なのに、まるで他人が書いたかのように冷たく無機質に見えた。胃がキュッと縮む。


 「あと3日で50万……どっから湧かすんだよ」

 数字から目を逸らすように、カウンターへ戻りコーヒーサーバーの残りを捨てに行く。ドリップポットから落ちる冷めた液体がシンクで虚しい音を立て、鼻孔をくすぐる酸化した豆の匂いが、カフェというよりは、まるで埃っぽい理科準備室のようだった。




【0:30 瑠璃の不在】


 カウンター脇のスタッフロッカー。


 一番下の段――瑠璃るりのロッカーは半開きで、黒いカーディガンが無造作に掛けられている。彼女の好きなバーチャルアイドルのアクリルキーホルダーがカランと当たる音に、不意打ちで胸が痛んだ。


 瑠璃は、この店が落ちぶれていく中最後まで残ってくれた。他の子たちが次々と辞めていく中で、彼女だけは「千尋さんがいる限り、私はここにいますから!」と、まっすぐな瞳で言い切ってくれた。


 彼女は、この店が大好きだった。特注の衣装を笑顔で纏い、俺が企画するイベントを心から楽しんでくれていた。だからこそ、店がどんな状況になっても、見捨てることなく、俺を信じて残ってくれたのだ。今は大学の卒業制作で忙しいと連絡があり、しばらく休んでいるが、それでも俺は、彼女が戻ってくる場所を守りたかった。


 「卒制が終わったら必ず戻りますから!」


 最後の出勤で瑠璃が笑って言い残した声が、リアルに蘇る。既読が付かないLINEを開いては閉じ、開いては閉じ。

 ――もし、この店を畳むって決めたら、あの子になんて言えばいい?


 「ごめんね」が先か「ありがとう」が先か。答えはまだ出ない。ただ、彼女の純粋な信頼を裏切ることだけはしたくなかった。




【1:15 差し押さえ通知】


 裏口のポストから引き抜いた封筒。


 真っ赤な“至急”の判子が、まるで血のように不気味に目に飛び込んでくる。開封すると、想像通りの、いや、想像以上に冷酷な文面が目に飛び込んできた。



「「「再延滞の場合、8月28日午後に強制動産差押えを執行します」」」



 思わず書類を握りつぶす。紙がクシャリと潰れる感触が、心臓を掴んだように生々しく感じた。猛暑の中、俺の心は凍り付いていく。


 胸に湧くのは恐怖でも怒りでもなく、「ああ、やっぱりこうなるのか」という、諦観に近い温度の低い感情だった。まるで、とっくに死刑宣告を受けていた罪人が、執行日を告げられたかのような感覚。

「……もう、投げ出していいか」

誰もいないフロアで、乾いた声が響く。


 高い天井がその虚しい音を跳ね返し、俺の絶望感を倍増させる。




【1:18 段ボールの迷路と異世界の扉】


 思いつく現金化候補は、キャスト衣装や高価なウィッグ、限定コラボの小道具くらいだ。どれも店を始める時に初期投資で買った品だが、今や段ボールの肥やしになっている。


 しかし、倉庫の段ボールを開けても開けても、出てくるのは埃をかぶったドレスや、イベントで使い捨てにした紙製の小道具ばかり。質屋に持っていっても二束三文にしかならないのが目に見えている。

 最後の箱を手前に引き寄せたとき、ズズズ、と妙な振動が足元から伝わった。


 「地震……じゃないよな、こんな時間に」


 段ボールの山を奥へ押しのけると、そこに現れたのは、銀色のドアだった。異様に新しく、溶接痕ひとつない。まるで、最新のCGで描かれたオブジェクトが、現実世界に突然現れたかのような違和感。


 「なんだこれ、ゲームのバグかよ……」


 取っ手はなぜか氷のように冷たい。しかし、絶望で麻痺した好奇心が、俺の背中を強く押した。




【1:20 希望への一歩】


 ガチャ


 ドアが開いた途端、鼻腔を刺すような湿った土の匂いと、甘く香ばしい薫香木の匂いが流れ込んできた。


 †漆黒(ダーク)魔城(キャッスル)†の倉庫を照らす蛍光灯の白光と、ドアの向こうから差し込む月明かりが照らす石畳が、地面で不条理な境界線を作り出している。まるで、世界がそこで分断されているかのようだ。

 スマホを掲げるが、アンテナは一本も立たない。


 「マジか……本当に向こう側があるのか」


 人の気配はない。遠くの方から、微かに鐘の音と、馬車のきしむ音が聞こえてくる。まるで、ファンタジーRPGの世界に迷い込んだかのような、現実離れした光景。あれほど逃げたかった現実が、この不気味な光景の前では、どんどん小さく、取るに足らないものに感じられた。


 半歩、さらに半歩。石畳を踏む感触が、ブーツ越しにリアルに伝わってくる。


 ――その瞬間、かすかな灯りが揺れた。




【1:23 運命の邂逅】


 ランタンの火が地面を照らし、そして、不意に消えた。


 ドン、と何かが倒れる音。


 反射的に駆け寄ると、フードを深く被った小さな人影が、膝をついてうずくまっているのが見えた。


 透き通るような亜麻色の髪がフードの下からのぞき、その下からは、すらりと伸びた長い耳が揺れている。まるで、森の精霊がそのまま現れたかのような、神秘的な姿。


 エルフ。


 そんな単語が、何の抵抗もなく、まるで元々そこに存在していたかのように脳裏に浮かんだ。ゲームやアニメでしか見たことのない存在が、今、目の前にいる。


 「助けて……!」


 切羽詰まった、か細い声。その声に引き寄せられるように奥を見渡すと、たいまつを持った蛮族風の男たちが三人が,こちらへ向かって猛然と走ってくるのが見えた。


 ――選択の余地はない。


 俺は考えるよりも早く、少女の華奢な手を掴むと、来たばかりのドアへ引き返した。


 「いいから走れ! 早く!」


 「え、えっ?」


 混乱する彼女を抱きかかえるようにして、強引にドアの中へ跳び込む。ドアが閉じる直前、兵士たちの怒号が、まるで空間ごと切り裂かれたかのようにギリギリで途切れた。


 次の瞬間、†漆黒(ダーク)魔城(キャッスル)†の倉庫を照らす蛍光灯の白さが、俺たち二人を包み込んだ。倉庫の埃っぽい、どこかカビ臭い空気が、今は妙に懐かしく、安堵すら覚える。




【1:30 缶ココアと星の雫】


 少女はまだ膝立ちのまま、プルプルと肩を震わせている。恐怖と混乱が入り混じった表情だ。自販機で買ったホットココアを取り出し、プルタブを開けて彼女に差し出す。


 「飲めるか? 少し落ち着け」


 震える手で缶を受け取った彼女は、ゆっくりと口をつけた。


 「……甘い。まるで、星の雫みたい」


 たどたどしいながらも、流暢な日本語だった。発音は少し独特だが、意味はきちんと通じる。その言葉に、俺は思わず吹き出した。


 「星の雫? 詩人かよ、お前」


 「詩人……?」聞き慣れない単語に首を傾げる仕草が、やたらと可愛らしい。長い髪が揺れ、透き通るような肌が蛍光灯の下で輝いている。


 「俺は星崎千尋。ここ、†漆黒(ダーク)魔城(キャッスル)†っていう――まあ今は廃墟みたいなもんだけど――の店長だ。不本意だがな。お前は?」


 俺の言葉に、リアナは少しだけ顔を上げて、缶を両手で大事そうに抱えながら、ゆっくりと話し始めた。その声はまだ少し震えていたが、ココアの温かさが、少しずつ彼女の緊張を解きほぐしているようだった。


 「私は……リアナ。リアナ・エルセフィア」


 彼女は、ちらりと俺の顔を伺うように見つめ、それから視線を缶に戻した。


 「…私の故郷は、美しい鉱石が採れることで知られる森の奥深くにある小さな村です。私たちの一族は、生まれながらにして宝石の輝き、その真贋、そして秘められた力を瞬時に見抜く『目利き』の才能を持っているんです」


 そこで一度言葉を区切り、缶のココアを一口飲む。少し落ち着いたのか、声の震えが和らいでいた。


 「でも……その話が、ある欲深い人間の商人たちの耳に入ってしまって…」


 話すうちに、リアナの表情に再び影が差した。あの男たちの追撃を思い出したのだろう。


 「彼らは、私たちの村の秘宝を狙い、盗賊を引き連れて襲ってきたのです。私は、村の長老に言われるがまま、この扉の近くまで逃げてきたのですが、まさか、こんな場所へ繋がっているとは……」


 言葉を選びつつも、その声にはまだ深い恐怖がにじんでいた。彼女の瞳は、まるで磨かれた宝石のように澄んでいて、俺の顔をじっと見つめている。


 その瞬間、俺の頭の中で電球が破裂したかのような衝撃が走った。




 ――キャストゼロのコンカフェ。


 ――“本物のエルフ”が働いたら、どうなる?





 カラカラに乾いた砂漠のような現実に、まさに千載一遇のチャンスが、目の前に転がってきたのだ。新しいビジネスモデルを瞬時に構築する思考回路がフル回転し始める。


 「なぁ、リアナ」


 俺は、彼女の透き通るような瞳を真っ直ぐに見つめた。このチャンスを逃すわけにはいかない。俺の、そしてこの店の未来がかかっている。


 「俺の店で、働かないか?」


 リアナは、目を瞬かせ、缶を両手で抱えたまま、きょとんとした顔で俺を見上げた。その表情は、まるで初めて見るおもちゃに戸惑う子供のようだ。


 「はたらく……? 私が、ここで?」


 彼女の視線が、埃っぽい倉庫の隅から隅へとさまよう。その瞳には、困惑と、ほんのわずかな警戒の色が浮かんでいた。無理もない。突然異世界に飛ばされ、見知らぬ男に「働かないか」と言われているのだから。


 「ああ。もちろん、報酬はちゃんと払う。住む場所も用意する。それに……」


 俺は一歩、リアナに近づいた。彼女の顔が、わずかに強張る。


 「お前が、この世界で不安なく暮らせるように、俺が、絶対にお前を守る。約束する」


 俺の言葉に、リアナの長い耳が薄っすらと桃色に色づき、その瞳に宿っていた警戒の色が、ゆっくりと薄れていくのがわかった。しかし、彼女は、缶を抱えたまま、俯いて黙り込んだ。その小さな肩が、わずかに震えている。


 「……私、この世界のこと、何も知らない。怖い……。それに、私は、宝石の目利きしかできない。こんな私に、何ができるというのですか……?」


 か細い声が、途切れ途切れに紡がれる。彼女の心の中で、故郷を失った恐怖と、この状況への戸惑い、そして、わずかな希望がせめぎ合っているのが伝わってきた。


 「大丈夫だ。お前にはこの店を救う力がある。お前のその『目利き』の才能は、この店にとって何よりも大きな武器になる。それに、お前はここにいるだけで、多くの人を笑顔にできる。俺が全部教える。ここは、お前が安全に過ごせる場所だ。俺が必ずお前を守る」


 俺は、彼女の小さな手をそっと包み込んだ。その手は、驚くほど冷たく、そして繊細だった。


 リアナは、俺の手を見つめ、それからゆっくりと顔を上げた。その瞳には、まだ不安の色が残っていたが、同時に、俺への信頼と、新しい世界への好奇心が混じり合っていた。

 そして、彼女の顔に、まるで夜明けの光のように、小さな、しかし確かな笑みが宿った。その笑顔は、あまりにも純粋で、俺の心を温かい光で満たした。


 「……やってみる。あなたを、信じる」


 その一言が俺の絶望を打ち砕き、新たな物語の始まりを告げた。彼女の小さな決意が、この廃墟寸前のコンカフェに、再び光をもたらすことを確信した。




【2:00 深夜の“転職”面接】


 倉庫をひっくり返し、埃まみれの段ボールの中から、リアナに似合いそうな衣装を探す。


 やがて、俺の目に留まったのは、かつてイベント用に用意したが、結局使われることのなかった深緑色のドレスだった。フリルが幾重にも重なり、薄いマントが付属している。


 「これ、どうだ? お前にはこっちの方が似合うと思う」


 リアナが袖を通すと、深緑の生地が彼女の月光色の髪と透き通るような白い肌を一層引き立て、マントが、神秘的な雰囲気を醸し出した。思わず息を呑んだ。完璧な、まさに“本物のエルフ”の姿だった。


 名札に“リアナ=ナイトレイヴン”と殴り書きする。


 「ナイトレイヴン?」


 リアナが不思議そうに首を傾げる。


 「ああ。日本語で“夜の鴉”って意味だ。ちょっと厨二っぽいけど、こういう方がバズるんだよ」


 「ばずる?」


 「人気になるって意味。たくさんの人がお前のことを見て、話したがるようになる」


 俺の言葉に、彼女の瞳がキラキラと輝いた。


 発声レッスン。


 「じゃあ、まずはこれ。『ようこそ、冒険者さま』」


 「ようこそ、冒険者さま……です!」


 語尾に「です」が付くのが、また可愛い。


 「うん、いいぞ。語尾をもう少しだけ上げると、もっと可愛く聞こえる」


 「か、可愛い……?」


 リアナは長い耳を真っ赤に染め、視線を逸らす。その照れた仕草が、さらに俺の心を掴んだ。


 ――これ、客が見たら間違いなく尊死そんしモノだな。


 すかさずスマホを構え、彼女の長い耳のアップを5秒。その耳は、本当に繊細で、まるで芸術品のようだ。キャプションには《#ガチエルフ降臨》とだけ添える。動画投稿ボタンを押す指が、興奮で震えた。これは、ただの宣伝じゃない。俺の、そしてこの店の、起死回生の一手だ。




【3:30 タイムラインの炎】


 投稿して数分で、通知が雪崩のように押し寄せ始めた。


 「これ特殊メイクだろ?」「いや、耳動くやん!」「どこ!? 住所教えてくれ!」「本物のエルフ?」「秋葉原のどこだよ!?」


 瞬く間にコメントや再投稿が爆発的に増えていく。炎上大歓迎だ。宣伝費ゼロの、最強の広告塔が手に入った。


 「リアナ、覚悟はいいか?」


 俺の声に、リアナは少し怯えたように目を丸くした。


 「かくご?」


 「ああ。明日――いや、もう今日だ。開店と同時に、客がこの店に押し寄せることになる」


 リアナは深呼吸し、不安そうに長い耳を押さえる。


 「耳、動いちゃう……千尋さん」


 「動いたら勝ち確だ。それがお前の魅力になる。大丈夫、深呼吸して。俺が、絶対にお前を守るから」


 俺の言葉に、リアナはゆっくりと背筋を伸ばした。その横顔は、不安を押し殺し、決意を秘めた王女の肖像画のように凛としていた。




【4:00 夜明け前の誓い】


 シャッターの隙間から差し込む光が、紫から橙へと刻々と色を変えていく。夜が明け、新しい一日が始まる。俺はコーヒー豆を計量しながら、もう片方の手で帳簿をめくる。数字は相変わらず厳しいが、リアナが隣にいるだけで、不思議と希望が湧いてくる。


 リアナは新しいメニュー表を読み上げる。


 「“呪いの虚無(オム)ライス”……怖い名前ですわね」


 「はは…。近いうちにもっと可愛い名前に改名するよ」


 乾いた笑いが二人分重なり、店内の淀んだ空気が、わずかに甘く変わった気がした。まるで、新しい風が吹き込んだように。




【8:00 秋葉原のざわめき】


 —秋葉原駅前—


 俺の投稿は、瞬く間に拡散され、「†漆黒(ダーク)魔城(キャッスル)† 復活か?」のスレが匿名掲示板に立ち上がった。そして、その情報は、瞬く間に有名なまとめサイト「アキバ速報」に取り上げられた。


 《本物エルフ爆誕?》《ガチ異世界転生》《誰か実際に確かめてくれ!》


 俺の知らぬところでPVが跳ね上がり、店へ来る途中の客が実況し始めた。世界が加速度的に動き出すこの時間は、かつてバイトとして店を盛り上げていた時の、あの痺れるような感覚を思い出させた。




【10:55 開城五分前】


 シャッターの前、開店を待ちわびる二十人の列は、いつの間にか五十人、百人と膨れ上がっていた。俺は倉庫から埃を被っていたコーンを並べ、額の汗を拭いた。


 常連カメコ“バルラ”が最新のスマホを構え、俺に親指を立ててみせた。バルラの本名は、田中(たなか)雅紀(まさき)。平凡な名前だが、彼はこの店の黄金期を支えた、伝説のカメコだ。そのギャップが、また面白い。


 リアナの喉がゴクリと上下し、長い耳が小刻みに震えている。


 「耳、動いちゃう……千尋さん」


 不安そうなリアナの視線を受け止める。


 「動いたら勝ち確だ。それがお前の魅力になる。大丈夫、深呼吸して。俺が、隣にいる」


 店内の照明をMAXにする。シャッターの鍵を回す。重い金属音が、今はドラムロールのように聞こえる。


「†漆黒(ダーク)魔城(キャッスル)†、開城――!」


 真夏の日差しと、待ちわびた客たちの歓声が、洪水のように店内に押し寄せた。リアナは、緊張しながらも、スカートの裾を摘み、優雅に一礼する。


「ようこそ、冒険者さま――リアナです!」


 その瞬間、彼女の長い耳がぴくっと可愛らしく動いた。同時に、無数のスマホのフラッシュが一斉に炸裂する。


 客の瞳も、SNSの画面も、そして、俺自身も――本物の異世界が、今、目の前に現れた瞬間だった。




【11:01 再生の鐘】


 「すごい売り上げだ…今日だけで借金が返せるかもしれない…」


 開店からわずか数分で、店内は熱気と興奮に包まれていた。

 客たちは皆、リアナの姿に目を奪われ、まるで夢でも見ているかのように、次々とドリンクやチェキを注文していく。リアナは、まだ少し戸惑いながらも、千尋の隣で懸命に接客をこなしていた。


 彼女のたどたどしい日本語と、時折見せる純粋な笑顔が、客たちの心を鷲掴みにしている。フロアには、感嘆の声やシャッター音が響き渡り、かつての黄金期を彷彿とさせる賑わいが戻ってきていた。

 満面の笑みで客を迎えるリアナの背中を見送りながら、俺は静かに呟いた。


 「やれば出来るんだ…俺なら。…いや、俺たちなら、か」




 遠く離れた王都では、エルフの少女の失踪を告げる緊急書状が走り、秋葉原の裏路地には、リアナを追う黒ローブの影が潜んでいた。

 栄光と闇は常に表裏一体――そのことを、俺はまだ知らない。


第二章に続く

 こんにちは、作者のはりのせです。初めての執筆になります。

 元々この作品は、ゲーム用のシナリオとして考えていたものです。コンカフェを経営する主人公が、癖の強いキャストを育てて成り上がるというゲームを考えていました。

 しかし、練っていくうちにゲームでは収まらないボリュームになってしまいそうなので、いっそ小説として公開しちゃえ!と書いたものです。


 小説化にあたり、登場人物の背景やイベントを練り直している最中なので、執筆ペースはやや遅れるかもしれませんが、ぜひ応援してください!

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