第13話:普通の人間として、非凡な謎に挑む
(転生者としての力はなくなったけれど、探究心は健在…)
朝露に濡れた草原を馬車が進んでいく。レイナとシンジは南の国境地帯にある遺跡調査のため、三日間の旅を続けていた。窓外に広がる緑の大地に、朝日が黄金色の輝きを投げかけている。
「あそこに見えるのが国境の町、サウスゲートですね」
地図を確認していたシンジが指差す方向に、小さな町の輪郭が見えていた。
「そう、情報によればダリウスたちはこの町の南にある遺跡で何かを探しているらしい」
レイナは思案する。次元の門が閉じられてから二週間、新世界創造計画のメンバーたちは一時的に姿を消していたが、最近になって再び活動を始めたという報告が入っていた。
「特別な力がない今、どうやって彼らに立ち向かうつもりですか?」
同行していたセバスチャンが心配そうに尋ねる。
「知恵と準備があれば大丈夫」
レイナは自信を持って答えた。
「私たちには前世の知識と、これまでの経験がある。それに…」
彼女が小さな木箱を取り出す。開けると、様々な小瓶と道具が整然と並んでいた。
「科学的手法を取り入れた道具も用意しました」
「錬金術と現代科学の融合ね」
エヴァが興味深そうに覗き込む。
「ええ。魔法の代わりとまではいかないけど、それなりに役立つはず」
レイナは前世の法医学者としての知識と、この世界で学んだ錬金術を組み合わせて、様々な薬品や装置を作り上げていた。
「私も同様のものを」
シンジも鞄から精密機器のようなものを取り出す。
「前世の工学的知識を応用して作った探査装置です。魔力の濃度や異常現象を検知できます」
二人は力を失った後、それぞれの知識を活かした代替手段を模索していた。特別な力はなくとも、知恵は失われていなかったのだ。
サウスゲート、国境の町
南の国境に位置するサウスゲートは、貿易の要衝として栄える活気ある町だった。しかし、一行が到着すると、通常とは異なる緊張感が漂っているのを感じた。
「何か起こっているようですね」
宿屋「国境亭」に荷物を置いた後、一行は町の様子を探るために広場に向かった。
「最近、南の遺跡から奇妙な光が見えるんです」
町の長老、ガルス・ホークが説明する。
「夜になると青い光が空に立ち上り、それと同時に…」
「同時に?」
「町の若者たちが次々と姿を消しています」
レイナとシンジが視線を交わす。
「何人くらいの若者が?」
「この二週間で十二人です。皆、十八歳から二十五歳の若者たち」
エヴァが眉をひそめる。
「若者だけが狙われるのは不自然ですね」
「彼らはどのように消えたのですか?」レイナが尋ねる。
「夜、青い光が見えた後に」ガルスが頭を振る。「翌朝には姿がなく、持ち物も消えています。ただ…」
「ただ?」
「彼らの中には、遺跡に興味を示していた者もいました。特に最近、よく装った旅人たちが町を訪れ、遺跡について質問していたんです」
「その旅人の特徴は?」
「黒髪の痩せた男性と、白髪の老人、そして赤褐色の髪の若い女性」
「ダリウス、テスラ博士、そしてマヤ・クロノスだ」
シンジが確信を持って言った。
「間違いない、彼らがこの町にいたんだ」
サウスゲート郊外、古代遺跡
翌朝、一行は町の南に広がる遺跡へと向かった。石柱と半壊した古代の建物が、草原の中に不釣り合いに聳え立っていた。
「これは…」
エヴァが息を呑む。
「星辰神殿の遺跡!王国最古の文明の一つとされる場所です」
「星辰神殿?」
「星と時間を司る神を祀った古代文明の聖地。約二千年前に消滅したとされています」
シンジが周囲を観察しながら付け加える。
「しかし、興味深いのは、この文明が突然高度な天文学的知識と時間計測技術を手に入れたと記録されていること」
「あなたが言いたいのは…」
「ええ、転生者の関与の可能性です」
レイナが遺跡の中央に進むと、床に複雑な星図が刻まれているのを発見した。
「これは天体の配置…でも、現在の星座とは少し異なる」
「約二千年前の星空の配置ですね」
エヴァが確認する。
「それより、この装置」
セバスチャンが指摘したのは、遺跡の中央に新しく設置されたと思われる機械だった。魔法と科学技術を融合させた複雑な装置で、まさに新世界創造計画の特徴を持っていた。
「これは…魔力収束装置」
エヴァが専門家の目で分析する。
「遺跡から発生する自然の魔力を増幅し、特定の方向に集中させる装置です」
レイナが装置の周囲を調べると、足跡と薬草の痕跡を発見した。
「ここで何か儀式が行われたようですね」
そして、中央の台座に刻まれた古代文字に気づいた。
「エヴァさん、これは読めますか?」
エヴァが文字を調べる。
「古代星辰語ですね…」
彼女が慎重に解読を始める。
「『星の扉が開くとき、選ばれし者は時を超え、知識を受け継ぐ』…これは転移の儀式に関する記述です」
「まさか」シンジが表情を引き締める。「転生の秘密がここに?」
「続きがあります」エヴァが読み進める。「『満月の夜、七つの星が一列に並ぶとき、扉は開かれる。だが、対価なくして渡ることなかれ』」
「対価…」
レイナが考え込む。
「若者たちの失踪、これが対価なのかもしれません」
シンジが別の刻印を発見した。
「こちらには日付が…今夜が『七つの星が一列に並ぶ』夜だ」
「つまり、今夜また何かが起こる」
セバスチャンが警戒心を強める。
「待ち伏せするべきでしょうか?」
「いいえ」レイナが決断する。「まずは遺跡をもっと調べましょう。この装置の目的を正確に把握する必要があります」
遺跡の地下室
半日かけて遺跡を調査した結果、一行は隠された地下への入り口を発見した。
「古代の文明は重要な施設を地下に作ることが多かった」
シンジが松明を掲げながら説明する。
「天災や戦争から守るためです」
狭い通路を下りていくと、突然空間が広がり、壮大な地下室が現れた。天井には精巧な星図が描かれ、壁には無数の古代文字が刻まれていた。
「これは…驚異的です」
エヴァが歓声を上げる。
「完全な形で残された星辰神殿の中枢部!」
中央には巨大な円形の台座があり、その上に水晶のような物体が置かれていた。
「これは…」
レイナが近づいて観察する。
「次元の核に似ています」
「迷いの神殿で見たものと同じ?」
「ええ、でも小さい。おそらく副次的なもの」
水晶の周りには新しい傷跡があり、誰かが何かを設置しようとした形跡が見られた。
「ダリウスたちは、この水晶と地上の装置を繋げようとしているのでしょう」
レイナが推測する。
「でも、なぜ?」
「次元の門を再び開くためかもしれない」
シンジが壁の文字をさらに調べる。
「興味深い…ここには転生のメカニズムについての記述がある」
「何と?」
「『魂は星々を通じて世界を渡る。知識は記憶となり、力は変化する』」
彼が読み続ける。
「『最初の転生者は星からやってきた。彼らは我々に知識をもたらし、文明を築いた』」
レイナの心臓が早鐘を打つ。
「最初の転生者…星から?」
「これは単なる神話かもしれないが」シンジが慎重に言う。「異世界からの訪問者が、この文明に知識をもたらしたという可能性は否定できない」
エヴァが別の刻文を発見した。
「『七つの星の配列が完成する時、門は最も開きやすくなる。その時、選ばれし者は往来することが可能となる』」
「つまり」レイナが結論を出す。「今夜、天体の特殊な配列によって次元の壁が薄くなる。その機会を利用して、ダリウスたちは何かを行おうとしている」
「マグナスを呼び戻そうとしているのかもしれない」
セバスチャンが懸念を示す。
「それか…」シンジの表情が暗くなる。「彼ら自身が次元を越え、より大きな力を得ようとしている」
「いずれにせよ、止めなければ」
レイナが決意を固める。
「今夜、彼らが現れるのは確実です」
満月の夜、遺跡にて
夕暮れ時、一行は遺跡の周囲に身を隠した。レイナとシンジは手製の道具を確認し、エヴァとセバスチャンは魔法の準備をしていた。
「あれを見て」
シンジが空を指差す。夜空に、七つの星が一直線に並び始めていた。
「予言通りだ…」
その時、遺跡の中央から青い光が立ち上り始めた。
「来たわ」
薄暗い中、数人の人影が遺跡に近づいてくる。
「ダリウス・レイヴン、テスラ博士、マヤ・クロノス…」
そして、数人の若者たちが半ば催眠状態で連れてこられていた。
「町の若者たちね」
レイナがささやく。
「彼らは生贄として使うつもりなのか?」
ダリウスが装置の前に立ち、詠唱を始める。
「星々の力により、時空の壁を破れ。古の知識、未来の力、全てを我らに」
装置が作動し、地下室の水晶と共鳴するように青い光が強まる。
「今だ!」
シンジの合図で、一行は隠れ場所から飛び出した。
「止めなさい、ダリウス!」
レイナが叫ぶ。
ダリウスが振り返る。その目は異様な青い光を放っていた。
「また来たか…転生者の残党ども」
「何をしようとしている?」
「見ての通りだ」ダリウスが冷笑する。「次元の門を開き、我らはさらなる力を得る」
「若者たちを犠牲にして?」
「彼らは幸運だ」テスラ博士が平然と言う。「新世界の創造に貢献できるのだから」
「そんなことはさせない!」
セバスチャンとエヴァが魔法を放ち、装置を狙う。しかし、マヤ・クロノスが手をかざすと、魔法が遅くなり、容易に避けられた。
「私の時間操作魔法は健在よ」
彼女が嘲るように言う。
「でも、あなたたちはただの人間に戻ったわね」
レイナとシンジは不利な状況を認識しつつも、冷静に状況を分析していた。
「あの装置を破壊すれば」
レイナがささやく。
「でも、直接近づくのは危険すぎる」
シンジがポケットから小さな球体を取り出す。
「これを使おう。前世の化学知識を応用した閃光弾だ」
レイナも自分の道具箱から薬瓶を取り出す。
「これは煙幕。視界を奪えば、時間魔法も的確に使えないはず」
二人は目配せし、行動に移る。
「今だ!」
シンジが閃光弾を投げ込むと、眩しい光が広がった。同時にレイナの煙幕が炸裂し、遺跡全体が白い煙に包まれる。
「何!?」
敵が混乱する中、セバスチャンが素早く若者たちの救出に向かい、エヴァが再び魔法を準備する。
レイナとシンジは装置に近づき、シンジの探査器で弱点を探る。
「ここだ!」
彼が装置の接続部を指差す。
「この結晶が核心部だ」
レイナが手製の溶解液を取り出し、結晶に注ぎかける。
「やめろ!」
煙の中からダリウスが飛び出してくる。彼の手には黒い剣があった。
「危ない!」
シンジがレイナを突き飛ばすが、剣がシンジの腕を掠める。
「シンジ!」
「大丈夫だ…続けて!」
レイナは決意を固め、残りの溶解液を結晶に注いだ。
結晶が変色し、装置の光が不安定になる。
「何をした!?」
ダリウスが怒号を上げる。
「科学ですよ」
レイナが冷静に答える。
「魔力を中和する化学反応です」
装置が揺らぎ始め、青い光が乱れる。
「撤退します!」
テスラ博士が叫ぶ。
「装置が暴走する!」
マヤ・クロノスが時間魔法を使い、三人は煙の中に消えた。
「みんな!離れて!」
エヴァが警告する。
「装置が爆発する!」
全員が遺跡から急いで離れる中、中央の装置が激しく光り、轟音とともに爆発した。夜空に青い光の柱が立ち上がった後、一切が静寂に戻った。
サウスゲート、翌朝
「若者たちは無事でした」
セバスチャンが報告する。
「催眠状態から回復し、記憶も戻っています」
「良かった」
レイナはホッとため息をつく。シンジの腕は包帯で巻かれていたが、幸い浅い傷で済んでいた。
「我々の勝利ですね」
エヴァが言う。
「いいえ」
レイナが首を振る。
「彼らは逃げましたし、主目的は達成できなかったかもしれない」
「しかし、何か重要なことを学んだはずだ」
シンジが思案する。
「あの遺跡の記録によると、転生のメカニズムは古代から知られていた。そして、最初の転生者は『星から来た』と」
「転生者の起源…」
レイナが考え込む。
「私たちの存在には、もっと大きな意味があるのかもしれない」
国境亭、出発前
荷物をまとめながら、レイナは窓から朝日を眺めていた。
「考えていることは?」
シンジが部屋に入ってくる。
「転生の意味について」
彼女が静かに答える。
「私たち転生者は、ただの偶然ではないような気がします。何か目的があって、この世界に送り込まれたのかもしれない」
「それが『星からの訪問者』の物語の真実かもしれないな」
「でも、私たちは特別な力を失ってしまった」
「それでも、知識と経験は残っている」
シンジが肩をすくめる。
「それが本当の意味での転生者の価値なのかもしれない。超自然的な力ではなく、知恵と経験を次の世界に伝えること」
「そうですね」
レイナが微笑む。
「私たちは普通の人間に戻ったけれど、それでも非凡な謎に挑み続けることはできる」
「そして、ダリウスたちを追い続ける」
「ええ」
彼女が決意を固める。
「彼らがどこに逃げようと、次はどんな計画を立てようと、私たちは真実を追求し続ける」
エヴァとセバスチャンが部屋に入ってくる。
「出発の準備ができました」
セバスチャンが告げる。
「王都からの伝令も届きました。西の山岳地帯で不思議な現象が報告されているそうです」
「次の冒険の始まりね」
エヴァが微笑む。
「力はなくとも、知恵と友情があれば大丈夫」
レイナは窓から見える朝日に向かって静かに誓った。
(アリシア、セオドア、見ていてください。私たちは自分たちの力で道を切り開いていきます)
馬車が国境の町を出発する。
新たな謎、新たな冒険へと向かって。
普通の人間となっても、彼らの物語は続いていく。
真実を追求する情熱は、いかなる力よりも強く、彼らを前へと導いていくのだから。
王都、王宮の秘密の部屋
遠く離れた王都の王宮深くにある秘密の部屋で、一人の老魔導士が古い書物を読んでいた。
「星からの訪問者…転生者の起源…」
ガンダルフ・ウィズダムは深いため息をついた。
「まだ彼らに真実を伝える時ではない」
彼の前には、星辰神殿と同じ古代文字で書かれた書物があり、そこには転生者の本当の目的が記されていた。
「いつか、全ての準備が整った時に…」
窓から夜空を見上げる老魔導士の目には、七つの星が映っていた。
「彼らは知ることになるだろう。この世界の真の姿を、そして転生者の使命を」




