観測される私
夢の記録が終わると、端末の画面はしばらくのあいだ、何も映さなかった。
──無音。
風の音も、鳥の声も、止んだようだった。
私は思わず背後を振り返った。けれど、そこには何もなかった。
……本当に、何も?
静寂が妙に肌に張りつくような感覚だった。まるで夢の続きを現実がなぞっているみたいに。
端末の明かりだけが、心細く揺れていた。
画面に、突然ノイズ混じりの文字が浮かび上がる。
【観測者ID:不明】
【記録時刻:不定】
【現在地:観測エリア外】
【……データ不整合。再構築を開始します】
視界の隅で、何かが揺れた気がした。
振り向こうとしたけれど、体が動かない。
冷たい何かが、背中に触れた気がした。
私は、深呼吸するように目を閉じた。
これは、ただの錯覚。……夢を見すぎただけ。
そう思おうとしたのに──
──それでも、ひとつだけ確かだったのは、
「この場所は、どこかおかしい」という感覚だった。
私の記憶にある“研究島”とは、何かが違っていた。
扉の位置も、見える風景も、少しずつズレている。
まるで、「私の記憶を元に構築された、よく似た夢の中」にいるみたいだった。
もう一度、端末に触れる。
画面には、ふたたびログ再生のアイコンが現れていた。
だがその下に、小さく表示された見慣れない項目がひとつ──
【記録対象:HOM-04】
【夢の記録ではありません】
【──これは、“あなたの夢”です】
……私の夢?
違う。ノアの記録だったはず。
他者の夢を観測していたはずなのに──
「私」が夢の中にいた記録、なんてあっただろうか?
それとも──
記録されていたのは最初から、
“観測されていた私”だったのだろうか?
端末の光が一度だけ、強く脈打った。
次の記録が始まろうとしていた。




