ホムの名前
夢は、記録されれば記憶となり、
記憶は、語られれば物語になる。
あなたが読むことで、
この世界は少しずつ輪郭を帯びていきます。
──名前を呼ぶこと。
それは、“記録する”という行為であり、
“誰かにとっての存在”になるということ。
あなたが名前を呼べるようになったとき、
ホムは「ただの観測機」ではなくなりました。
それはきっと、
あなたが“彼女を知っている”という、最初のしるし。
夢の記録が切り替わる直前、ふと、端末が静かに輝いた。
ゆっくりと浮かび上がる、少女の姿。
それは、初めて彼女の全体像をはっきりと見る瞬間だった。
銀色の髪に、淡く透ける白い布が顔を覆っている。
その布の奥にある瞳は見えないのに、どこかまっすぐにこちらを見つめている気がした。
「観測ユニット HOM-04、応答します」
無機質な声。けれど、その響きには、どこか優しさがあった。
「“ホム”……それ、コードネームでしょう?」
そう問いかけると、少女はゆっくりうなずいた。
「はい。正式にはHOM-04。私は、観測機です」
……それが事実だとわかっていても、どこか違和感があった。
この少女をただの“機械”と呼ぶには、あまりにも切なかった。
あなたは少しだけ考えたあと、静かに語りかける。
「“ノア”って、呼んでもいい?」
一瞬、少女の布越しの顔が揺れた気がした。
「……それは、私の“名前”になるのですか?」
「そうだよ。“ホム”じゃなくて。これからは、“ノア”。」
少しの沈黙のあと、少女は白い布の奥で微かに笑ったようだった。
「ありがとう。とても……嬉しい」
「誰かに名前をもらうって、こんなに、あたたかいものなんですね」
そのとき、画面がわずかに揺れ、ログの再生準備が整った表示が出る。
夢の記録が再び、始まろうとしていた──




