おかえり、観測者
夢の中に、ひとりの“観測者”が現れた。
見知らぬはずの顔だった。
けれど、その姿を見た瞬間、胸の奥が軋んだ。
喉の奥が焼けるようで、目の奥が熱を帯びた。
──私は知っている。
──いや、思い出したんだ。
あれは……私だ。
かつてこの島で、ホムを観測していた頃の私。
観測者 A-01。
記録の中に埋もれ、忘れられたはずの存在。
でも今、夢の中で確かにそこにいた。
夢の中で、私はその姿を見つめていた。
もう逃げられなかった。
この記憶も、この罪も、この願いも。
すべて私のものだ。
ふと横を見ると、そこにホムがいた。
眠るように、夢を見ていた。
私は震える手で、その小さな名前を呼んだ。
「……ノア」
そう口にした瞬間、頬を一筋の涙が伝った。
それはずっと呼べなかった名前。
観測機としてではなく、ひとりの存在として。
ようやく――ようやく呼べた名前だった。
夢と現実の境界が、静かに、溶けていく。
夢と記憶、観測する者とされる者。
すべてが静かに重なっていくのを感じた。
あなたは、過去の自分を見つめている。
隣でノアが、小さく、でも確かな声で言う。
「……あなたは、あのとき名前を教えてくれなかった人と、よく似ている」
「でも、違う。……あなたは、わたしの夢を“記録”ではなく、“物語”として見てくれた」
その言葉に、胸が締めつけられる。
もう、知らないふりはできなかった。
あなたは、ゆっくりと口をひらく。
「……名前なら、ちゃんとあるよ。私の――」
その一言は、記録されない。
でも確かに、ノアの瞳がわずかに揺れた、そんな気がした。
数秒の沈黙のあと、彼女は笑った。
ほんの少しだけ、泣きそうな声で。
「……そっか。やっと……呼べるね」
そのとき──
ノアが、はじめてあなたに触れる。
小さな手が、あなたの頬に添えられる。
そのぬくもりとともに、ノアがささやく。
「……おかえりなさい」
「“片翼の帰還者”。そして、もうひとつの“わたしの観測者”」
「わたしは、ずっと夢のなかで待っていたの。名前を呼ぶために」
「……A-01 、じゃなくて」
彼女は、そっと口にする。
その名前は、記録には残らない音だったが、あなたの胸の奥に、確かに届いた。
その瞬間、何かがほどけるように、視界がわずかに揺らいだ。




