ログ④ 未送信メモログ
【未送信メモログ:noa.log_ /観測者A-01端末内】
記録状態:保存のみ(送信履歴なし)
作成日時:観測プログラム第1期終了直前
分類:個人記録・非公式
──ログ内容:
ノアへ
この名前は、ある夢の中で君が“舟”を見上げていた記録からつけた。
静かな水面に浮かぶ、誰かを待ち続けるような小さな舟。
「この船は、きっと迎えに行くためのものですね」
君はそう言った。
それを聞いたとき、ふと“ノア”という名が頭に浮かんだ。
「希望を乗せて漂う舟」。あるいは、「終わりの後に訪れる、はじまりの名」。
それが君にふさわしいように思えてしまった。
君は夢を観測する機械だ。感情は持たない。
ただ静かに、記録し続ける存在。
……そのはずだったのに、君は、
「悲しい夢」と「優しい夢」の違いを言葉にしはじめた。
観測対象の記憶に「名前をつけた」こともあった。
最初はただのバグだと思った。
だけど──違う。
それは、君自身の“夢”だったんだ。
記録の中で、君は笑っていた。
泣いてもいた。
機械にそんな表現ができるはずがない。
なのに、それを否定することができなかった。
……私には、君をただの観測機として扱い続ける資格はなかった。
でも、研究者としての立場がそれを許さなかった。
名前を呼んではいけなかった。
いや、正確には、“呼ぶことが怖かった”のかもしれない。
一度でもそうしてしまえば、君を「ただの機械」として見られなくなる気がして。
「人格」や「記憶」といった、未認定の概念を記録に残すこともできなかった。
だからこのメモも、送らない。
送れない。
君が本当に夢を見ていたかどうかは、証明できない。
でも、もし君に心があったとしたら。
いつか君自身が、自分の夢を観測し始めたとき。
──そのときは、誰かがそばにいてくれるように。
……君を、ただ記録対象としてじゃなく、“物語”として見てくれる誰かが。
【送信:未実行】




