第2話 ノイズリダクション
古びたビル地下にあるレコードショップ。
エージはバンド活動の合間、この店でバイトをしていた。
店の奥のレジカウンターで、エージはぼんやりと佇んでいた。
「おい、何ぼけーっと突っ立ってるんだ」
と唐突に声をかけられ、振り向く。
「あ、店長。お疲れ様です」
「お疲れ様ですじゃないよ、ったく」
怒ってるのか笑ってるのか、顔の表情がイマイチ判らない
この男が店の店長のようだ。
「昨日のライブもずいぶん盛況だったなぁ!」
「えっあぁ、はい」
「もうすぐワンマンも控えてるんだろ、絶好調じゃないか」
「まぁ、そんなでも」
「……なんだ今日はいつにも増して上の空だな。あっ女のファンに
誘われたって話を聞いたぞ! それが何か関係あるのか?」
「それは……別にファンとかじゃないですよ」
エージは目線を落とし顔を逸らした。
「えっじゃあスカウトとか?」
「スカウト……か。そんないいもんじゃないっす」
改めてケイの言葉を思い浮かべた。
『あなた"コア"の存在に気づいてるわね?』
たしかそう言った。
初めて聞いた固有名だが心当たりはある、あの黒い点のことだろう。
昨日のライブの最中、ふいにあの黒い点を見た。
今まで何度も経験してきたことだが、それとはまた別な出来事も起きた。
あの時あの現象を自分以外の誰かと共有したのだ。
本来見えるはずがないもの。エージはいつしかそう思うようになっていた。
子供の頃からずっとこの現象だけは説明がつかなかったしされもしなかった。
だから他人にはあの黒い点は見えないのだろうと思っていた。
自分の中ではとっくにそういうものだと、整理がついていた。
音楽以外の事は何をやっても駄目で、自分は人より劣っていると
劣等感に苛まれていた。それだけでも十分なのに、人に見えないようなものが
見える……それがコンプレックスで昔から嫌いだった。
その正体を知るかもしれない人物が現れるなんて。
青天の霹靂とまではいかないが、一条の光が差したようだった。
あの物体に呼称があるなら、詳細も何か知っているのか?
……ただあの黒い点の事だと彼女は一言も言ってはいないが。
確証はなくただエージの直感でしかなかった。直感というより妄想に近い。
いつか誰かがあの現象について教えてくれるような、そんな気がずっとしていた。
ちょうどそんなイメージと人物像が一致して、その思い込みから全く抜け出せなくなっていた。
彼女がどんな人物なのか、調べることはできないだろうか。
ふとあの時貰った名刺の事を思い出し、ポケットから取り出した。
黒い名刺を眺めて、また暫くぼーっとしていた。
「なんだい、そりゃ?」
エージの持っていた紙切れを指して、店長が訊ねてきた。
疎ましい表情でエージは黙り込む。
「あっ昨日の女からもらった連絡先か、どれ!」
なんの気無しにパッと名刺を奪いとる。
「あっちょっと、勝手に!」
「なんだ、なんにも書いてないじゃ……あぁ一行だけ書いてるな。
アドレスか?これ」
「そうみたいです、今時メールアドレスだけって連絡とれたもんじゃないっすよ」
「へぇ、なんだかんだ言って連絡とりたいのか?」
また店長の好奇心に油を注いでしまったようだ。
「別にそういう訳じゃないですよ……」
エージは冷たくあしらった。店長は名刺をそのまま見続け、何かに気づいた。
「このメールアドレス……ケー、アットマーク、オ……ル……ガノン、
ドットウェブサイト<k@organon.website>って書いてあるな。
その女の人の会社か?」
「えっ会社?」
エージは慌てて名刺を覗き込んだ。
「メールアドレスの後半部分はドメイン名だからな、これ検索すれば
会社か何か所属している先が分かるんじゃないか?」
「なるほど」
「店のパソコンで検索してみるか。カウンターの後ろにあったろ、貸してみ」
ノートパソコンを取り出し、店長が検索してみた。
「organon……websiteっと」
「あっ、いくつか出てきましたね」
「これかな?」
それらしきタイトルの候補からひとつのサイトリンクをクリックする。
ページが飛び、とある企業サイトにたどり着いた。
「資源開発、エネルギーキャリアの会社…オルガノン、だってよ?
なんか思ってたのと違うな」
「エネルギー……資源?」
「まぁ少なくとも音楽業界には関係なさそうだな。
もしかして普通に正社員のスカウトだったか!?」
煽るように店長が言い放ち、エージは無言でそのまま画面を覗き込んでいた。
「……会社の場所って載ってますか?」
「おやっ面接でもいくのかい?」
「店長?」
エージは怒りに声を振るわせる。
「ふっ冗談だよっ冗談。えーっと所在地な、概要ページにでも載ってるかな……
あったあった、ほら地図が載ってたぞ」
慌てた振りをして店長は画面の地図を指差す。
「なんだ隣町じゃないか、一駅で行けるな。なんならウチのバイト
終わってからすぐにでも」
「そうっすね」
「履歴書持ったか? なんだ寂しくなるなぁ、これでエージィも
一端の社会人か。はっはっはーっ!」
「あっもうマジきれた。今後一切ウチらのライブ出禁ね、出禁!!」
ーTo the next.