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第1話 黒い月

「見つけた」

 

熱狂したオーディエンスが音楽に合わせて銘々飛び跳ねている。

ここは古びたビル地下にあるライブハウス。

ステージの上に立つロックバンドに向かって怒号のような声援が向けられていた。

どうやら暑苦しい男のファンばかりのようだった。


いや、そうでもない。

フロアの一番奥に黒ずくめの女がひとり。

腕組みをして一見不機嫌そうだが、時折口角を上げ笑っているようにもみえる。

サングラス越しにステージをずっと見つめていた。


その先にはマイクを持ったボーカリスト。

叫びなのか歌声なのか分からない雑音で、その周囲を圧倒している。

ただその声はオーディエンスの熱狂と混ざり合い、たしかにリズムを刻んでいた。

 

曲が間奏に入ると全身の力を出し切ったかのように脱力している。

上がった息を整えようと少し先の方を眺めると、逆光のスポットライトの間に

フワリと黒い影が映った。あめ玉くらいの小さな黒い点。

その点が揺れているのか自分自身が蹌踉(よろ)めいているのか、

小さな黒い点は小刻みに震えている。その点を数秒見つめたのち我に返った。

 

焦点がフロアの先にようやく合うと、小さな黒い点はすっかり無くなっていた。

代わりにその奥にいた黒ずくめの女と視線が合った……ような気がした。

まるでその不思議な現象を共有したかのような奇妙な感覚がその場に残った。

「まさかな」

ボーカリストの青年は次の歌い出しの準備をした。

 

 

出番が終わり先程までステージにいたバンドは楽屋で休憩をしていた。

「おつかれ、エージィ!」

「おう」

先程のボーカリストがバンドのメンバーに声を掛けられている。

「今日も最高だったな!」

もうひとりのメンバーも話しかけてきた。

一方でエージと呼ばれた青年は少し浮かない顔をしている。

「なんだ? どうかしたのか。今日の出来は良くなっかたとでも言いたいのか?」

「いや、別に。ただ疲れただけさ」

エージは気怠く答えた。

 

それにしてもあの小さな黒い点を、また見るようになるなんて。

実はエージにとってあの不思議な現象は初めてではなかった。

自身が強く何かに集中している時、稀に丸い影が視界の真ん中に映り込む。

例の小さな黒い点だ。ただ今日見たものは点というには少し大きく、

何か玉のように立体的にも見えたが、いずれにしても正体は分からない。


度々起きるこの現象を周りの親しい人間に相談した事もあったが

ただ単に目眩がしただけだとか、ブラックアウトする寸前に

よく目の前に現れる現象だとか、共感できる話は全く無かったので

この件については聞くだけ無駄だと悟った。


「なんだか調子くるうなぁエージィよ。お前もしかしてあれか?

今日客席にポツンといた女を眺めて、変な想像でもしてたんじゃねぇか?」

「あぁ、たしかにいたな。オレたちのライブに珍しく女のファンが!」

すかさずもうひとりも話に加わる。


「おいおい、ファンかどうかなんて分からないだろ?」

「いやファンに決まってる。こんなシケたライブハウスにくる女なんざぁ

よほどのグルーピーだぜ」

「まぁ仮にそうだとしても、間違ってもお前のファンではないだろうな。

どうせエージィのファンさ」

「なんだとってめぇ!」


コンコンコンッ

そんな他愛もない馬鹿話をノックの音が遮り、楽屋のドアがゆっくり開いた。

驚いたことに噂をしていた女が立っていた。

先程まで口論をしていた男たちが顔を見合わせる。

「なっ?」

「いやぁ!?」


女が口を開く。

「先程ステージで歌っていたボーカルの人ってこちらに?」

「ほらやっぱり!」

「ちくしょう……ちょっと待ってな。おいエージィ、客だぞっ客っ!」


奥で突っ伏していたエージが起き上がる。

「エージくんっていうのね、初めまして」

「……誰?」

「ちょっと話があるの。ここじゃなんだから付き合ってくれない?」

「……どこに?」

「とりあえずお店の外で。数分だけ話が出来れば、それでいいから」

エージは少し胸がざわついた。

この女には従っておいた方がよいだろうと何故か直感で感じた。

「早めにしてくれよ」

内心とは逆の受け答えしながら女に付いて行った。

後ろではバンドのメンバーたちが茶化しながら笑っていた。



エージは人目のつかない路地裏に連れてこられた。

「じゃあ単刀直入にきくわ。あなた"コア"の存在に気づいてるわね?」

「えっ何? コアって、なんだよそれ。それよりおねぇさん名前は?」

「わたしはケイよ。あなたは……エージくんでしょ?」

「あぁ。自己紹介でもしようか?」

「いや結構よ。あまり時間がないから、それは次の機会に」

「次の機会?……おねぇさん何者なの?」

「それもまた別の機会で。今重要なのはあなたが気づいているのか

気づいていないのか。それだけよ」

「何を言ってるのかイマイチ分からないけど、おねぇさんのご期待には

添えそうにもないかなぁ」

「……そう、残念ね」


黙って見つめ合うふたり。

ケイはすっと手を伸ばしてエージに握手を求めた。

それに応え握手を交わすが、その間もじっとエージの瞳の奥を覗いていた。

「じゃあ何かあったらここに連絡ちょうだい」

胸ポケットから黒い名刺を取り差し出した。

しかしそれを名刺と呼ぶのは余りに相応しくないような

メールアドレスが一行だけの只の紙切れだった。


「じゃあね、エージくん。気をつけて」

「おねぇさんも」

ふたりはその場で別れケイは黙々と歩き始めた。

その拳は固く握られ、何か強く意志を感じた。


そして街の外れまでいくと一軒のバーにたどり着いた。

店に入り1番奥の席で飲んでいる男と軽く手で挨拶を交わした。

どうやらここで待ち合わせをしていたらしい。

ケイは席につくと開口一番。

「見つけた」

「……間違いないか?」と向かいの男が念を押す。

「えぇ間違いない、やっと見つけた。ここから時間との勝負ね

なんとしても必ず手に入れるわ」


ーTo the next.

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