【3】
「サワちゃん、今日みんなでカラオケ行こうって話してたんだけどどうする? 雨も上がったし良かったら」
「あ、……そうだね。行こうかな。いつも気ぃ遣わせちゃってごめんね」
「えー、別に? サワちゃん、雨の日苦手なんでしょ? 誰だってそういうのあるじゃない」
あたしの返事に、大学で同じ学科の朋加があっさり頷いた。
普段から「雨は好きじゃない」って言ってるし、ついこの間も誘ってくれたのに断っちゃったから。
クラスの仲いいグループで連れ立って教室を出る。
教室の中でも、窓ガラス越しに聞こえてた雨の音。ようやく上がったけど、また明日には降り出すんだわ。
だからこそ、梅雨の合間のこの晴れた時間は貴重なんだよね。
せめて雨の日だけは一哉に会いませんように。
このところ毎日のように心の中で願いながら、大学から家に向かってた。実際には帰る時間がかち合うことなんてまずないんだけどさ。
一哉のお母さんが、大学入ってから毎日帰り遅いって笑いながら話してたもんね。
彼はあの後すぐ、水島さんと付き合い始めたらしかった。
同じ大学に進んで、学校で会うだけじゃなくてしょっちゅうデートしてんじゃないかな。
今もラブラブ続いてる、って高校時代の友達からも噂が流れて来るから。
もう二年、……三年? 早いもんだね。
そんなの聞きたくもないけど、みんなあたしと一哉はただの幼馴染みだって思ってるから気にしないし。
ううん、『思ってる』だけじゃなくてそれが事実なんだよね。
ただすぐ傍に住んでるだけの、昔はべったり一緒にいて、いつの間にか疎遠になった幼馴染み。
こうして並べたら、呆れるくらい陳腐でどこにでもあるような話でしかない。
幼馴染みが特別な存在になる、なんて。
そりゃまったくないとは言わないけど、やっぱマンガの世界の出来事なのかもね。夏穂は正しかったよ。
あの子には今も感謝してる。バカなあたしの目を覚まさせてくれたこと。
大学は別になっちゃったけど、夏穂とは今もメッセージはやり取りしてるし休みの日には時々会ってた。
今も変わらず大事な友達。
あの時意固地になってたら、きっと何もかも全部失くしてたって今ならわかるもん。
本当にあれ以上、『顔も見たくない』くらい嫌われる前に立ち止まれてよかった。
少しぎこちなくても、いま一哉と顔合わせたら挨拶やちょっとした会話くらい交わせるのは間違いなく夏穂のおかげだから。
恋人にはなれなかった。これから先も、期待するだけ無駄だって理解してる。早く忘れなきゃ。
寂しいけど、友達かどうかもちょっと怪しい。
だけど、幼馴染みには違いないのよ。それだけでも残せてよかったと思ってる。
確かに楽しかったはずの過去まで、一哉の中でなかったことになったら哀し過ぎるから。
十九歳になったあたしは、あの頃の幼稚だった自分よりほんの少しは成長できたのかな。
この心の痛みも、そのうち消える日が来るわ。上がらない雨なんてないんだから。
いくら梅雨だって、毎日休まず雨が降り続くわけじゃない。今日みたいな晴れ間もある。
──あたしの中の雨も、もうすぐ上がる。そう、信じたい。
心の中で唱えながら空を見上げた。
雲間から差し込む光が、あたしの頬を優しく照らす。長い雨が過ぎ去ったあとみたいに、あたしの心も少しずつ晴れ渡って行く気がした。
「サワちゃん、久しぶりだよね。梅雨入ってからあんまり遊べなかったし」
カラオケボックスへ向かう途中、隣りを歩く朋加が声を掛けて来る。
「うん。もうすぐ梅雨も明けるし、どこでも呼んでよ」
新しい日々が始まることを感じながら、晴れやかな空の下であたしは未来への一歩を踏み出す。
~END~