第一話
六月第二週の月曜日、夢の葉女学園との合同合宿の日がやってきた。夢の葉学園の一年生約百人に対しお嬢様は六十人弱。この人数が五台のリムジンバスに分乗して目的地に向かう。
何の改造もされていない普通の乗り物だ。乗りたくねえ!
それはさておき合同合宿は両校の親睦を深めるのはもちろん、お見合い的な意味も持つという。超がつくお嬢様に将来有望な結婚相手の候補を物色させるというのが狙いのようだ。
それなら全校生徒を対象とした方が効率的ではないかと思うが、表向きは入園してまだ日が浅い一年生が交流する場を設けるという理由かららしい。実際は上級生のアプローチに下級生が敵うわけがないという考えからだろう。
なお、お見合い相手は女学園の生徒だけではなく、夢の葉学園の生徒同士も対象である。
バスには両学園の生徒がランダム、およそ男女比半々で乗り込むことになっていた。まあ、ランダムとは言っても何かしら思惑がないわけではないだろう。そこに興味はない。
座席はあらかじめ決められているが、例のごとくハラルのハッキングにより最後尾シートの俺の右隣に美祢葉が座る。左隣をハラルが陣取り、ルラハと俺で美祢葉を挟む位置取りとなった。
大きさだけは十分なリムジンバスの最後尾シートは四人で座ってもゆったりしている。これで動かなければいいのだが、移動するための乗り物なのでどうしようもない。
ちなみにハラルとルラハは俺の従者であることと、一学期終了で退園することが決まっているとの理由からお見合い対象からは外されている。
「どうしてレイヤは外されませんでしたの?」
「美祢葉さん」
「何でしょう、ハラルさん?」
「浮気は許さないとのことでしたがもしかしたらもう一人、お嫁さん候補が増えるかも知れません」
「えっ!?」
「もちろん、ただの超お嬢様という毒にも薬にもならない相手なら全力で阻止します」
「は、はあ……」
「ですが皇族やそれに準ずる方の場合はご了承下さい」
「こ、皇族!?」
「ハラル、美祢葉をからかうな」
「か、からかわれたんですの!?」
「レイヤ様、私は美祢葉さんをからかったつもりはありません」
「美祢葉、気にするな。俺はお前たち三人だけで十分だし、学園行事にSPを同行させる皇族なんて面倒なだけだからな」
今回合同合宿に参加する皇族は第三皇女の夏篠宮和子殿下、五人いる皇女の中でも飛び抜けて可愛いと評される美少女だった。海外からも評価が高く、あの○国でさえ男性から"彼女こそ本物のプリンセス"と言われているほど人気がある。
肩までの黒髪に常に笑っているような涙袋のある目元は優しげな印象で、鼻筋が通り唇は薄めだが上品さが溢れているといった感じだ。胸は一見控えめに見えるが、ハラルによると八十六センチのEカップとのこと。そういう情報はいらねえよ。
性格はおっとりした雰囲気で、外に出れば誰にでも笑顔を向けて手を振る気さくさを持ち合わせている。あまり裏表がないのは偵察型ドローンからの情報で分かった。
結論として、和子様は性格まで美少女と言えるだろう。
なお、その和子様は俺たちの乗るリムジンバスに同乗しているが側衛官は乗り込まず、バスの前後を山羊山公園に行った時に弓倉家のSPが乗っていたのと同じ高級国産車センチュラーで追走している。
ちなみに側衛官とは皇族の身辺警護を行う護衛官のことで、皇族版SPと思えばいい。和子様に続いてバスに乗ろうとした彼らを、他の生徒に無駄な威圧感を与えるとして彼女が乗車を許さなかったのだ。
「あんなむさ苦しい殿方がいると私もせっかくの旅を楽しめませんから」
そう言って笑った彼女は確かに可愛らしかった。容姿だけならハラルやルラハといい勝負かも知れない。
『私たちの方が上だと言い切って下さい!』
さっそくハラルから抗議の念話が飛んできた。
『言っただろ。容姿だけならって。それよりフルアクセスモニターやめろよ』
『モニターおふ〜』
絶対に切ってないヤツだ。
『切りましたよー』
『切ってねえじゃねえか!』
またこのやり取りかよ。諦めるしかないのかね。
『どうしてもあの見た目が欲しけりゃドールで再現すればいいだけだしな』
『でも皇族の血ですよ。この国を牛耳るチャンスじゃないですか』
『彼女に皇位継承権はないだろ。そもそも俺は国を牛耳るつもりなんてないから』
『あちらが誘ってきても、ですか?』
『もちろんだとも! てか美祢葉もフルアクセスモニターはやめてくれ』
『もちろんとの言葉、信じてもいいのですわよね?』
『ああ。信じてくれて構わない』
「あのー、皆さんずい分静かなのですね」
声にギョッとして顔を上げると前の座席の背もたれの角にあるグリップに掴まりながら、和子様が俺たちの前にやってきていた。いや、何で?
ハラルの方を見るとクスクス笑っているので、お姫様が近づいてくるのを知ってて俺に教えなかったのだろう。
「わ、和子殿下、どうされました?」
「殿下なんておやめ下さい。和子さんでいいですよ」
「そ、そういうわけには……では和子様で」
「仕方ありませんね。最後尾の四名が揃ってうつむいていらっしゃったので、ご気分でもお悪いのかと心配になり声をかけさせて頂きました」
「それはありがとうございます。少し眠かっただけですから大丈夫。ご心配には及びません」
「和子様は覚えておいでではないと思いますが、お久しぶりです」
「あら、貴女は確か……在原海運の方でしたね。お名前は……美祢葉さん、で合ってますか?」
「お、驚きましたわ。まさか私のことを和子様が覚えておいでとは!」
「お会いしたのは私の誕生パーティーでしたね。目を引く可愛らしい女の子でしたから覚えておりました」
「恐縮ですわ」
「では美祢葉さん、皆さんをご紹介して下さいませんか?」
皇族のお姫様の誕生パーティーに出席しただけの、言わば大勢の中の一人に過ぎなかった美祢葉を覚えていたとはこっちの方が驚かされたよ。しかもそれは単なる社交辞令ではなく、名前まで一致させたのだから確かな記憶力と言わざるを得ない。
美祢葉が俺たちを紹介すると、お姫様はその大きな瞳を輝かせた。
「それではヨウミレイヤさんは美祢葉さんの婚約者なのですね!」
「まだ正式に婚約したわけではありませんが、よいお付き合いをさせて頂いておりますわ」
「まあ! 素敵!」
ハラルが少しずれて和子様に俺の隣に座るよう促すと、彼女は一礼して腰を下ろす。上品な甘い香りがふわっと漂ったが相手は皇族、恋愛感情は元より劣情を抱くなど以ての外だ。
万が一婚約することにでもなったら、日本中から注目を浴びることになる。俺たちの出自上、それは絶対にあってはならないことだった。
『自意識過剰か。そもそも向こうが俺に惚れるなんてことはないだろう』
『そうでもないかも知れませんよ』
ハラルの言葉で、俺は左腕に柔らかな感触が押し当てられていることに気づくのだった。




