第十一話
俺の部屋に集まったのはハラル、ルラハの二人と在原美祢葉だ。ただ、彼女の表情を見る限り楽しい話ではないようである。
「で、相談って?」
ルラハが淹れてくれた紅茶を一口啜ってから、俺は努めて明るく声をかけた。
「私の父が在原海運の社長ということはご存じだと思います」
「うん、知ってる」
「その父が申しましたの。去年、一週間ほど東京湾と周辺海域が封鎖されたことがあったそうです」
(○国の潜水艦が海軍の潜水艦に撃沈された時のことだろう)
「それで?」
「封鎖の理由を海軍に問い合わせたのですが、軍事機密とのことで回答を得られなかったそうですわ」
「なるほど」
「ですが在原海運は海軍の仕事も請け負っております。その伝である情報が得られたのです」
「情報って?」
そこで美祢葉は姿勢を正した。
「そのお話をする前に、お聞きしたいことがございますの」
「うん?」
「レイヤさんのご実家は同盟国ドイツの伯爵家でしたわよね?」
「そうだけど?」
「ご実家からドイツ海軍に働きかけることは出来ますでしょうか?」
「海軍に? 何を?」
「海賊を装った○国の軍艦の撃沈ですわ」
彼女が言うには接続海域の外、どの国からも影響を受けない公海で在原海運に所属する船が、○国から執拗に海賊行為を受けているそうだ。
その事実は偵察型ドローンからの情報で把握していたが、介入するわけにはいかないので放置していた。
「何故ドイツ海軍に? 帝国海軍に助けを求めればいいんじゃないか?」
「公海上で○国の船を沈めたり拿捕したりすると、帝国と○国の緊張が高まって戦争に発展しかねないので対応は不可能と言われたそうなのです」
潜水艦の撃沈は相手も表沙汰に出来ないから可能だったってことか。それにあの時は軍の威信もかかっていたからな。在原海運は大手とは言っても所詮は民間の会社だ。そう簡単に軍が動くわけにもいかないのだろう。
「ドイツ海軍も同じだと思うよ。それに公海とは言え帝国に黙って艦艇を送ることは出来ないだろうし」
「ドイツ海軍にはUボートという優れた潜水艦があると聞きましたわ。潜水艦なら……」
「あー、詳しいことは言えないけど、ドイツの潜水艦は実は現在危機的な状況にあってね。とても日本近海で作戦行動を取る余裕はないんだよ」
「そうなんですの?」
「うん。○国に抗議はしたの?」
「我が国に海賊行為を行うような国民はいない、とけんもほろろだったそうですわ」
「ふーん。じゃ帝国海軍が出張っても戦争にはならないんじゃないか?」
「それでも取り合って頂けなかったと父が申しておりました」
「そう……」
そこで俺は彼女に、いや、在原海運にビジネスの話を持ちかけることにした。
「在原さん、これから言うことは君と君のお父上以外には絶対に漏らさないと誓ってほしい」
「な、何か手がありますの!?」
「うん。ただ誓いを破れば秘密を知った人全員が死ぬことになる。もちろん君と君のお父上もだ」
「何だか恐ろしいですわね」
「あと、結構な額の金も必要だ」
「いかほどですの?」
「百億」
「ひゃ……海軍にお支払いするために用意したお金は十億と申しておりました。使われませんでしたが」
「それで○国相手だけでなく、在原海運に所属する全ての船に公海上の安全を保障しよう。一年間の期限付きだけどね」
「全ての船に、ですか? 保障はレイヤさんのヨウミ家が?」
「いや、俺個人が保障する。任せるというなら俺の資産を公開するよ」
「レイヤさんの資産……お返事は父上に伺ってからでもよろしいでしょうか?」
「もちろん構わない。ただしこの件もお父上以外には秘密だよ」
「分かっておりますわ」
美祢葉がふっとため息をつく。
「先ほどレイヤさんは全ての船と仰いましたが、私が知る限り在原海運は国内外に七百を超える船を有しておりますのよ」
「保障するのは公海上だ。各国の排他的経済水域、EEZに入った船は対象外だよ」
「それでも……」
「在原さんは何故俺のような若僧が大日本帝国陸軍のナンバーツー、猪塚陸将補閣下と立場が対等だと思う?」
「はっ! まさか陸軍は……!?」
「何を思ったのかは分からないし聞く気もないけど、これだけは言っておく。陸将補閣下は俺を恐れているんだ。このことも絶対に口外しないでね」
「もしかして私はとんでもない方に相談を持ちかけてしまったのでしょうか……」
「余計なことを言わなければ、俺ほど心強い味方はいないと思うよ」
「味方、でよろしいのですわよね?」
「もちろん! クラスメイトだしね」
「はー……」
彼女のため息がより一層深くなったが、ちょうどその時部屋の扉がノックされた。脳内チップに送られてきた偵察型ドローンからの映像は若林遥だ。
「どうぞ」
「失礼します。あら、在原さんもこちらにおいででしたか。アパッチ見学組が戻ってきました。九時五十分に入浴の準備をして出張所入り口にお集まり下さい。スパにご案内します」
「分かりました。それでは私はお部屋に戻って支度しますね」
「俺も支度しよう」
何やら若林がニヤついていたが、部屋にはハラルとルラハもいるのだ。期待するようなことは何もなかったと言いたい。言いたかったが彼女はさっさと行ってしまうのだった。




