第二話
一年一組の教室には男子二十二名、女子九名が在籍している。そこに俺とハラル、ルラハの三人が加わるのだ。
校舎自体は上品な白亜の殿堂と呼べる美しさだが、教室は天井が高く窓にはステンドグラスがはめ込まれた部分もある。教壇は元より生徒の机や椅子も豪華な応接セットばりで、俄には学校の設備とは信じ難い光景だった。
「ハラルさん、初めまして。今度うちでダンスパーティーをやるので、是非ハラルさんとルラハさんのお二人を招待したいんだけど」
「うちは来週、僕の夢の葉学園入学祝いで晩餐会を開くことになってます。よかったらハラルさんとルラハさんもいかがですか?」
とまあ、こんな感じで二人は大人気である。十五歳か十六歳の思春期の男子には、彼女たちの色香はたまらないことだろう。
一方女子の人気をほしいままにしているのは残念ながら俺ではなく、迦陵湊という迦陵財閥の御曹司だった。
卵形の輪郭にサラサラのマッシュヘア。目は切れ長だがキツいイメージはなく、鼻筋が通っているので凛々しささえ感じられる。柔らかく微笑むので、そこがさらに彼の魅力を際立たせているようだ。
身長は高校一年生にしては高く、百七十五センチはあると思われる。中学生の時はバスケットボールをやっていたと、最初の自己紹介で言っていた。
俺は興味がないが、少ない女子をほぼ独占されて男子たちは面白くなさそうである。お前らだって他の女子には目もくれず、ハラルとルラハにばかり寄ってきているではないか。
もっとも大半は話しかける勇気もなさそうで、二人をパーティーやら晩餐会やらに誘う男子を恨めしそうに眺めているだけだった。
「申し訳ありません。私たちはレイヤ様の従者ですので、主を差し置いてお誘いに乗るわけにはいきませんの」
せんの?
「姉の申す通りですわ」
ですわ?
「それに個人的なお招きはヨウミ家を通して頂かなくてはなりません」
「ヨウミ家を通す?」
「どうしてそんなことが必要なんですか?」
「あなた方の家の使用人は主家に無断で他家のパーティーや晩餐会に出席して咎められませんの?」
「私と姉はヨウミ家の使用人ですから、参加にはヨウミ家の紋章を背負う形になりますのよ」
「で、ではヨウミ家に話を通させて下さい!」
「どうすればいいですか!?」
「「レイヤ様にお尋ね下さい」」
ハラルとルラハめ、妙に上品ぶりやがって。まあ、一学期の間そのスタイルを通すのも悪くないとは思うぞ。ボロが出ないように気をつけろよ。
それはいいとして、ハラルとルラハの言葉に二人の男子が俺の前にやってきた。
「よ、ヨウミレイヤ君」
「なにか?」
「聞いていた通りだ。君の家に話を通してもらいたい」
「うちが先だ!」
「何を言っている!? 先に話しかけたのは僕だ!」
「あー、お断りだ」
「「えっ!?」」
「申し訳ないがハラルとルラハには使用人としての仕事があるんでね。パーティーや晩餐会の誘いに乗る暇などないんだよ」
「君は私の父が自由民権党の議員、石原劉護だと知っていて言っているのか?」
「僕の父は大日本帝国陸軍中佐、奥田竜良だ! 議員の息子なんかより格は上だぞ!」
「自由民権党と言えば裏金だとか企業と癒着だとか、禁止薬物を持っていたりとか……」
「そ、それは戸倉議員がやったことだ! 父や党は関係ない!」
「禁止薬物は戸倉議員だけじゃなかったと新聞にあったけど?」
「父は無実だ!」
「ヨウミ家は清廉潔白な伯爵家でね。無実と言われてはいそうですかと、疑惑のある政党の議員と持つ接点はないんだ」
「残念だったね、石原浩幸君」
ライバルの脱落を鼻で笑いながら陸軍中佐の息子、奥田絢啓は浩幸の肩に手を置いた。何とも分かりやすい上から目線である。
「奥田君は陸軍中佐のご子息なんだね」
「そうだ。分かったら大至急君の家に連絡をしたまえ」
「猪塚駿という名前の人をご存じかな?」
「猪塚駿? どこかで聞いたような……」
ついこの間まで中学生だった彼だ。陸将補の名前など、一度や二度聞いた程度では覚えていないのも仕方ないのかも知れない。しかし父親の立場では、それは由々しき問題のはずである。
会社の役職者がナンバーツーの名を知らないのは以ての外、それが軍であればなおさらあってはならないことだろう。
「俺は立場上、猪塚さんとは懇意にしててね」
「だから何だと……」
「お父上に確認された方がいいと思うよ。猪塚駿が誰なのかということを」
「そんな必要はない! いいから早くヨウミ家に連絡しろ!」
「困ったね。では俺から奥田陸軍中佐のご子息から無理難題を吹っかけられているから何とかしてほしいと、猪塚陸将補閣下に相談するけどいいか?」
「なっ!? 待て、陸将補だと!?」
「そう言った。ハラル、猪塚閣下に連絡しなさい」
「はい、レイヤ様」
「ちょ、ちょっと待った! それはマズい!」
「あ、猪塚様ですか? 私はヨウミレイヤの従者のハラルと申します。実は……」
ハラルに飛びかかろうとした絢啓を羽交い締めにしたのは、先ほど彼に鼻で笑われた石原浩幸だった。意趣返しといったところなのだろうが、薄ら笑いが何とも醜い。
それから五分も経たないうちに、絢啓のスマートフォンから着信音が鳴った。彼の顔からは見る見る血の気が引いていき、受け答えもしどろもどろになっている。遠巻きに様子を見守るクラスメイトの中の何人かは、この成り行きに満足げな表情を浮かべていた。
さすがに声を出して笑う者はいなかったが、後で聞いた話では彼らは絢啓の中学校時代の同級生で、普段から身分を笠に着た横柄な態度に辟易していたそうだ。それがやり込められたのだから一気に憂さが晴れたとのことだった。
当然、彼らは俺に対し極めて友好的に接するようになり、ハラルとルラハにちょっかいをかけるようなこともない。その中には女子もおり、昼食時の食堂では一塊の集団を作るようになっていた。




