第十話
「改めて聞くがジェームズ、見て分かった通り優羽は生きている人間と見分けはつかないが人工頭脳で思考するドールだ。それでも彼女を愛せるか?」
日出村の俺の家、居住用ポッドではなく村の自警団が中心となって建てた方の居間で、テーブルを挟んで俺とジェームズ、優羽の二人が向かい合って座っていた。
優羽が何者であっても愛せるかとの問いに、彼は心から愛していると答えた。しかしそれは彼女が人間であるとの常識に基づいているはずだ。血の通う人間ではないと知った今なら答えが変わるかも知れない。
そうなれば記憶を消すしかないだろう。俺はジェームズに真剣な表情を向けた。ところが――
「もちろんだ、ボス。ただ、優羽に一つ聞きたイ」
「何かしら?」
「君は……私のことを本当に愛してくれているのカ?」
『ジェームズ、これは貴方にだけ送る念話よ』
『ン? ああ、うン』
『マイマスターは貴方に私がドールであると告げたわね』
『うン』
『私の思考は感情型というタイプなの。だから愛しているというのは本当よ。正確には愛しているというデータが蓄積されていくのだけど』
『データ?』
『セックスもそう。気持ちいいというデータがどんどん増えていくの。そのデータがロードされて体が反応するというわけ。演技をしているわけではないのよ』
『理解するのは難しいけど演技じゃないならそれで満足だよ、優羽』
「優羽の気持ちは分かったよ、ボス」
「ああ、念話が終わったのか」
「二人だけの念話だト……」
「勘違いするな。言葉を交わしてないのにいきなり気持ちが分かったなんて言われたら、念話で話してたんだってことになるだろ」
「あ、そうカ。そうだナ」
「ジェームズ、優羽は強いぞ」
「コンバットナイフで胸を突かれて死なないんダ。それくらい分かるヨ」
「あとさすがに子供は産めん。子供が欲しければ他に妻を娶れ」
「なッ! いくらボスでもそれは聞き捨てならなイ! 私には優羽がいればそれで十分と言ったはずダ!」
「そ、そうか、それは悪かった」
俺はジェームズに自分たちがパラレルワールドからやってきた事実を伝えるかどうかで悩んでいた。
何故ならこのままドイツの元貴族として通しても、特にメリットもデメリットも感じられなかったからである。
しかしどうやら彼は本気で優羽に惚れている。つまり後で彼女がこの世にはない技術で造られたことを知った時にショックを受けないかということだ。
『ハラル、どう思う?』
『優羽がドールである事実と比べたら些末なことだと思います』
『確かにそうだな』
『ですが光学迷彩スーツや重力シールド、ポッドなどを使わせるのでなければ、わざわざ知らせる必要もないかと』
それらの使用方法は脳内チップに送れば問題ない。しかし泳法を知っていても泳げない者が、水着を着たからと言っていきなり泳げるようになるわけではないのと同様、訓練は必要なのである。
訓練用シミュレーターは宇宙船にあるが、俺はリソースを割いてまでやる意味を見出せなかった。
『この件はいったん保留だな』
『かしこまりました』
「ジェームズ、今夜はここに泊まっていけ。優羽のメンテナンスを済ませておく」
「メンテナンス?」
「精密なドールだからな。月に一回は里帰りさせろ」
「分かった。長くかかるのか?」
「心配しなくても特に異常がない限り……胸に傷があるが二時間もあれば済む。一人で寝させるなんて野暮なことはしないさ」
「感謝する、ボス」
その夜はさすがにジェームズも我慢したようだった。
◆◇◆◇
[自由民権党戸倉鎮岳議員、多額の裏金疑惑]
[戸倉議員と樽菱商事の癒着が発覚]
[自由民権党に大激震! 議員が禁止薬物所持か?]
戸倉議員と樽菱商事の雪車水久雄専務取締役を憲兵隊が連行したと大本営から公式発表があった。新聞各紙の一面は、現在その件に関する記事が踊っている。
「これで戸倉も終わりだな」
大日本帝国陸軍陸将補の猪塚駿は、市ヶ谷にある大本営の執務室で大型画面に映し出された新聞各紙の見出しを見て口元を緩めた。
特務機関のジェームズが入手した情報は、新聞の見出しにはないが戸倉議員と○国との明らかな結びつきであった。敵性国家と巨大与党の次期総裁と目されていた政治家のこれらの証拠は、党自体を揺さぶるのに十分な効果を発揮するだろう。
樽菱商事の専務取締役である雪車水が○国のスパイだったという事実も大きい。何と言っても大日本帝国最大手の樽菱商事に斬り込む糸口が見えたのだ。
巨大与党と帝国最大の商社を軍が牛耳るということは、新たなる帝国主義の幕開けと言っても過言ではない。
高尾駐屯地の新高徳大佐が○国と繋がっていたのは痛かったが、後任人事も滞りなく終えた。ヨウミレイヤの尋問に素直に答える様子は実に興味深かった。
目を見開き、頬を痙攣させて何とか口を噤もうとしているのが、表情から手に取るように分かったのである。その本人の意に反して自白させられる罪状の数々。
大佐の身柄は約束通り生きたまま軍に引き渡されたので、軍法会議にかけて国家反逆罪により処刑。一族も連座制により同様の扱いとなった。大佐の遺体は即座に解剖に回したが、何かされた痕跡は見つけられなかったそうだ。
軍から○国のスパイを排除出来たことは本来なら賞賛に値する功績である。しかし陸将補は何とも微妙な気分だった。
「あの技術を何とか手に入れられないだろうか」
尋問の方法はもちろんだが、闇に閉ざされたはずの深海で潜水艦同士の戦闘を鮮明に映し出して見せたあの技術だ。しかも音声まで拾われていた。
交わされていた会話も海軍の記録と照らし合わせた結果、寸分違わぬものだったという。つまり見せられた映像や音声は創作物ではなかったのである。
「ヨウミレイヤか……」
彼は陸軍など足下にも及ばない目を持っていると考えて間違いないだろう。あれが同盟国の技術だとすれば大日本帝国は数十年、あるいは百年以上遅れていることになる。
ところがそこで腑に落ちない事実があった。ドイツの現在の最新型潜水艦は212A型だが、故障などにより現実にはほとんど稼働していない。つまり驚くような技術を持っているとは考えにくいのである。
だとすればヨウミレイヤが出身国を偽っているか、ヨウミ伯爵家独自の技術という可能性も視野にいれなければならない。
とは言え後者は現実的ではないだろう。ヨウミ家が途方もない資産を有していたとしても、世界で最先端を行く日本の何十年も先の技術など持てるはずがないのだ。
ヨウミ家の資産――
そこで猪塚はあることを思い出した。レイヤの数百億円の資産である。彼はヨウミ家の三男だから少なくとも兄が二人いることになる。他にも兄弟姉妹がいる可能性は高い。
三男にそれだけの資産を分け与えるだけの財力があるとすれば、国家予算とはいかないまでも相当の蓄えがあると見た方がいいだろう。
どうにかしてあの技術を手に入れたい。いくら考えても答えなど出ることはないと分かっていながら、猪塚陸将補はその先を想像せざるを得なかった。




