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第五話

 その日俺は日出(ひで)村村役場の事務員、山岸(やまぎし)琴美(ことみ)を伴って東京都千代田区市ヶ谷にある大日本帝国陸軍の大本営を訪れていた。


 琴美を連れているのは彼女の持つ金色の名刺が必要だったからである。お陰でホテルの高級ディナーを奢らされる羽目になったが、他に手段がない以上は仕方がない。


 訪問先は猪塚(いのづか)駿(はやし)陸将補だ。目的は琴美にも伝えてあるし、彼女は話を聞いて非常に憤慨していた。味方になってくれたのだから、ディナーはある意味安いものと言える。


「こちらでお待ち下さい。猪塚陸将補閣下は間もなく参られます」


 応接室に通された俺たちは、事前に入念なボディチェックと所持品検査を受けていた。さらに部屋には兵士が八人も待機している。警戒は物々しいと言わざるを得ない。


 程なくして陸将補が応接室に入ってきた。ここでまた四人も兵士が増える。彼はまず自分がソファに座ってから俺たちに着席を促した。


「山岸君だったかな。日出村で会って以来だね」

「ご無沙汰しております、閣下」


「うん。それと君はスパの顧問だったね。名前は確かヨウミ君だったか」

「覚えていて下さって光栄です」


「あれだけ我々に貢献してくれたのだ。忘れるわけはないだろう」


 偵察型ドローンを通じた映像とハラルからの念話で、入室前に彼が俺たちの名前を確認していたことを知らされていた。もっとも名前を忘れられていたくらいで目くじらを立てるつもりはない。


「今日は私に何やら相談したいことがあると聞いているよ」

「はい。まずはこちらをご覧下さい」

「カメラのようだね」


 俺は持っていたバッグからボールペンほどの、細長い小型カメラを取り出してテーブルの上に置いた。手に取ることもなくカメラと言い当てたのは、事前に受けたボディチェックでその存在を兵士に知らせていたからである。


「仰る通りカメラです」

「これがどうかしたのかね?」


「猪塚閣下のご要望で建てさせて頂いた道場に仕掛けられておりました」


「待て。私は知らんぞ」

「存じております」


「そうか。その言い方だと犯人が分かっているように聞こえたのだが?」

「高尾駐屯地司令、新高徳(しんたかとく)寛起(ひろおき)大佐閣下です」


 次の瞬間、俺は部屋にいた十二人の兵士から一斉に銃口を向けられた。それを陸将補が手を挙げて制する。


「ヨウミ君、不確かなことを言うと君を生かして帰すことが出来なくなるかも知れないよ?」


「承知の上です。裏付けるための通信記録をお持ちしました。ご確認頂けますか?」

「ふむ。解析に回せ」

「はっ!」


 こちらの世界でも取り扱い可能なデータカードを渡すと、それを持った兵士が応接室を出ていった。


 あのカードにはカメラから送信されたデータと、高尾駐屯地で新高徳大佐が受け取ったデータが記録されている。こちらで遮断したのは画像でのみなので、確認すれば受信先が大佐であることは一目瞭然だ。


「ヨウミ君、解析が終わるまで少し話をしようか」

「はい」


「君の言う通りカメラを仕掛けたのが新高徳だったとしよう。何が望みかね?」

「スパイ行為の摘発です」


「確かに盗撮はスパイ行為に当たる。しかし新高徳は陸軍大佐だ。個人的な行為で罪に問うのは難しいと言わざるを得んのだよ」

「承知しております。良くも悪くもそれが軍の体制でしょうからね」


 再び数人の兵士が銃を構え直した。隣の琴美が怯えている。軍にケンカを売るようなことを言っているのだから当然だろう。もっともいつ引き金を引かれてもいいように、俺は部屋に入る前から彼女ごと包む重力シールドを展開していた。


 ところで陸将補が言ったのは、スパイ罪の定義は多岐に及ぶという意味からである。覗きや盗撮もスパイ罪に含まれるのだが、他企業や他国に機密を漏らしたりしなければ一般的に罪はそれほど重くない。


 個人的な盗撮や盗聴では大した罪には問えないということだ。


 しかし俺は温泉スパの顧問だし陸軍に土地も貸しているので、個人企業と言えるし軍関係者にも当てはまる。そのため俺に対するスパイ行為は罪が重くなるはずだ。陸将補がそこを認識していないとは思えなかったので、身内びいきが働いたのかも知れない。


 もちろんそんなことは織り込み済みである。だから俺は軍が動かざるを得ない決定的な事実を突きつけることにした。ただし、ここから先は琴美を同席させるわけにはいかない。


 軍の重要機密に関わることと伝えて、彼女には別室で待機してもらうことになった。


「重要機密とのことだが?」

「ええ。出来れば護衛の方たちも退室された方がいいと思います」


「彼らは私に近しい者たちだ。心配はいらんよ」

「分かりました。それでは猪塚陸将補閣下、こちらの動画をご覧下さい」


 俺は十二インチ液晶のタブレット端末を取り出し、何度か画面をタップして目的の動画再生を始める。


「これは?」

「まあ、見てて下さい」


 動画はほんの数分間で終わった。しかしその後は陸将補はおろか、周囲の兵士たちすら言葉を失っていたのである。もっともそれも一瞬のことで、陸将補はこれまでにない厳しい表情で口を開いた。


「この者は今どこに?」

「どうやら口の中に毒を含んでいたようで……」


「自決したか」

「はい」

「死体はどうした?」


「保管してあります。出来ればお引き取り頂きたいのですが」

「手配しよう。それと聞きたいことが……」


禁止薬物(自白剤)は使用してませんよ」

「見れば分かる」


 軍が使用していることを認めてしまったようなものだが、俺はあえてツッコまないことにした。そして陸将補は言葉を続ける。


「この者を捕らえたのは君かね? それともハラル嬢とルラハ嬢のどちらかかね?」


 しばらくの沈黙が流れた。

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