第一話
「レイヤ様、よろしいでしょうか」
俺は天然温泉スパリゾート日出村の総支配人でドールの下曽我勉から呼び出されて、総支配人室を訪れていた。何やら問題が起こったとかで、最終的な対処の是非を判断してほしいとのことだ。
その問題とは、清掃業者の委託を受けた作業員が廃棄された使用済みチケットを不正に未使用状態にして、チケット販売業者に売っていたというのだ。枚数は千枚強で、被害額は数百万円に上る。
これはチケット代だけの額だから、余計にかかった人件費などの経費を加えればさらに被害額が増えるということだ。
また、入手困難のためチケットにはプレミアもついており、フリーマーケットサイトでは実に十倍以上もの価格で取り引きされたこともあるという。
これにはさすがに腹が立ったので、ハラルに転売ヤーの銀行口座を凍結させた。むろん販売用に購入されたチケットは無効化し、購入者には今後は二度と正規のルート以外から買わないようにと厳重に注意したのである。返金などするわけがない。
その後大々的に転売チケットは全て無効になると宣伝を打ち、世間から高く評価されたのは言うまでもないだろう。
なお、転売ヤーはブラックリスト入りで、その家族も含めて二度とチケットを購入することは出来ないようにした。もちろん強くクレームを言われたが、スパは帝国陸軍も利用しているので、これ以上は軍に通報すると言ったらすんなり引き下がったというのが事の顛末である。
「清掃業者に苦情は入れたんだな?」
「はい。当該作業員は懲戒解雇し、警察に突き出したそうです」
「ドローンでも確認した」
「損害も全額賠償するとのことで、契約の継続を強く希望しております」
「あそこはスパと契約していることを売りにして事業拡大してたんだったか」
「はい。今やこのスパは全国的に有名ですし、販促用の非売品チケットを卸販売したこともございます」
「従業員の管理が甘いな」
「私も同じ意見です。ただ……」
「ただ?」
「契約を解除するとかなり多くの何の問題もない従業員とその家族が路頭に迷う可能性があります」
「そこまでうちが考えてやる必要はない、と言いたいところだけど寝覚めは悪くなるよな」
「私共ドールにはそのような感情はございませんが、レイヤ様のことを思いますと……」
「ありがとう。業者の仕事はどうなんだ?」
「そこは優秀と言えます」
「なら今回だけ賠償で許してやるか」
「かしこまりました。そのように取り計らいます」
どこにでも悪事を働く者はいるものだ。今後は使用済みチケットは外部の者には触らせず、その日の夜に焼却することが決まった。
◆◇◆◇
「出身国はドイツで実家は貴族、弱みはやはり双子の姉妹か」
大日本帝国陸軍高尾駐屯地司令の新高徳寛起大佐は、ジェームズからもたらされた情報に微妙な表情を浮かべていた。満足出来なかったのは、多くがすでに分かっていた内容だったからである。
そこは高尾駐屯地の小会議室で、会議室は大小に関わらず盗聴や盗撮対策に最も優れた部屋だった。向かい合って座っている相手はジェームズ、子飼いの特務機関員である。
「そう言えば珍しく女と会わなかったと聞いた。気に食わなかったか?」
「ええ、まア……」
優羽が横入りしたので、大佐が用意した女性はすっぽかされたということである。
「まさかそのせいで手を抜いたわけではあるまいな」
「ご冗談ヲ。たかが女ごときで仕事に影響なんて出しませんヨ」
「最低限の情報は掴んだようだが、貴族だったという以外はどれも知っていた内容だ。次はタダ働きでもしてもらわんと割に合わんな」
しかも新高徳は、レイヤが貴族であったことなど何の役にも立たないとまで言い放った。
「そうですカ。それでは大佐との関係もこれっきりとさせて頂かなくてはなりませン」
「何だと!?」
「報酬は最低限、用意される女は場末の酒場で客を取っているような三流、四流ばかリ。そろそろご縁を切らせて頂きたいと思っていたので、ちょうどいい頃合いでス」
「ま、待て! 女はもう少しマシなのを選ぼう。タダ働きというのも冗談だ。報酬も上げようではないか」
「いえ、女はもう必要ありませン」
「な、なに!?」
「それより大佐、アンタッチャブルはやはりアンタッチャブルでしたヨ。身辺にご注意なさった方がよろしいでしょウ」
「どういうことだ!?」
「さア。では私はこれデ」
にべもなく退室するジェームズを留めることも出来ず、大佐は歯軋りするしかなかった。
それはそうとジェームズの最後の言葉は聞き捨てならない。アンタッチャブルはアンタッチャブル、身辺に注意しろということの意味が問題だ。
考えてみれば元中尉の佐伯智徳といい岡部といい、ヨウミレイヤにちょっかいを出した者は不幸な目に遭っている。
佐伯に至っては拷問の末に処刑され、叔父の佐伯孝征元中将まで巻き添えを食って退役。名門と謳われた佐伯家は衰退の一途を辿ることになるという。
先日彼は画像がない空ファイルだけをもってスパイ行為だと言ってきた。それを猪塚陸将補に伝えると脅してきたのだ。
陸将補は身内だからといって目こぼしするような人物ではない。万が一にもあの件が知られれば、確実に自分は裁かれるだろう。
空ファイルはサーバ上の通信記録も含めて全て削除した。たとえ送信側の記録を持っていたとしても、知らぬ存ぜぬを貫き通せば切り抜けられるはずだ。
それでも安心は出来ない。
もはや双子の姉妹に構っている余裕はないだろう。彼は再び高度に暗号化処理された電波を飛ばす携帯端末を手に取るのだった。




